第62話 行方
「……————だから、私は何も知らない。むしろ被害にあったのは私の方です。勝手に顔を使われたのですから……」
同時多発的強盗事件のニュース、そして、目撃者たちの動画はSNSで拡散され、その顔が喜奥肇のものであることが話題になるのに、そう時間はかからなかった。
翌日、警察の事情聴取に応じた喜奥肇は、巻き込まれただけだと強く主張する。
強盗の実行犯たちとは面識は一切なく、もちろん、この大規模な強盗事件を計画した犯人にも心当たりはない。
鳥町は捜査一課から回ってきた資料をざっと読んだ後、喜奥肇に容疑者としてではなく、真日本人教の幹部としてはどうか尋ねる。
「それじゃぁ、他人の顔を自由に変えることができる異能者を知らないっスか?」
予想通り事件は異能が絡んでいるということで、捜査一課から《異能》犯罪対策室に回って来ていた。
昨夜から当日の朝までかかった実行犯たちの事情聴取の結果によれば、彼らは互いに面識はない。
金に困っていた彼らはSNSで副業の話に食いつき、指定の場所に行くとそこにいた女に顔を変えられてしまったそうだ。
元の顔に戻して欲しければ、指定された日時に黒のニット帽とライダースーツを着て強盗に入るように命じられ、仕方がなく犯行に及んだ————ということらしい。
「……自分の容姿や体の形状を変える異能であれば、知っています。一人は元は教団幹部であった足壁登。昨日、逮捕されていましたね……もう一人は、刑事さんはお若いから知らないかもしれませんが、上部健という男です。十五年ほど前に逮捕されていますが、確かもう刑期は終えて出所しているでしょうし、この男の現在の行方に関しては我々より、あなた方警察の方が詳しいのではないでしょうか?」
実行犯たちが顔を変えられたのは、足壁が逮捕される五日前。
上部健は容姿を変えることが自在にできる男だ。
女に変わっていてもおかしくはないが、性犯罪者は再犯の可能性が極めて高い。
一昨年の平成三十三年から施行された法律により、性犯罪者と殺人者には手の甲にマイクロチップが埋め込まれるようになった。
韓国でGPS機能がついている足輪を装着することになっているのを参考
に、日本でも導入されたシステムだ。
手の甲に埋め込まれているため、自分では取り出すことができない。
上部に不審な動きはなく、足壁には他人の身体の形状を変えることは不可能。
「異能は人それぞれ違います。個性がある。私のような未来や過去を知ることができる異能や、物理的に何かを壊したり、物質自体を変化させてしまう力。一番多いのは霊視と言われていますが、霊視の中にも細かく分ければ、死者の幽のみが見える者やオーラだけが見えるものもいます。その効果範囲や欠陥も様々です。私は数多くの異能者と出会ってきましたが、他人の顔を自由に変えることができるような異能者とは出会ったことがありませんね。少なくとも、真日本人教の信者の中にはいません」
「じゃぁ、教団とは関わりなく異能に目覚めた人の犯行って事っスか?」
喜奥肇はゆっくりと頷いた。
「八咫烏という組織をご存知でしょうか? 私は、彼らの仕業ではないかと思っているのですよ」
「なぜ?」
「あの最近テレビに出ている若い男があんな風に話しているせいで、真日本人教を同一視されている方も多いのですがね、彼らは我々とは全く関係のない組織なんですよ」
「関係ない? いや、だって、真日本人教の子供や孫世代の過剰な思想を思ったテロ集団だって……」
「そこが、間違いなのです。我々は、彼らを認めていません。真日本人教は、異能者がこの日本で本来の生活を送れるように活動しているのです。偏見や差別されることもない社会にしようと……それなのに、異能を利用した犯罪行為なんて、するわけがないでしょう? マイナスのイメージの方が大きくなってしまう」
あくまで真日本人教は、日本人が本来もって生まれた異能の力を肯定するのが目的だと喜奥肇は主張する。
異能を持って生まれること、異能に目覚めることは何もおかしなことではない。
日本人なら自然なことだと。
「これまでも、たまたま犯罪を犯したのが異能者であったというだけの話です。異能者が全員犯罪者ではない。それは、刑事さんだってわかっているでしょう?」
「それは、そうっスけど……」
「でもね、彼らのような一部の危険な思想を持つ人間がいることも事実。なぜ犯罪を繰り返すのか、こうも異能者への風当たりが悪くなるようなことをするのか、私にはその理由が皆目見当もつきませんが……今回のことも、きっと、彼らの仕業に違いないですよ」
鳥町の目には、喜奥肇が嘘をついているようには見えなかった。
本当に心の底から、八咫烏を嫌っているように見える。
被害にあっているのは、自分たちの方だという主張も納得がいった。
「今のこの状況は、とても腹立たしいことです。何より、これまで異能者への理解を広めようと必死に活動されてきた教祖様は、悲しんでおりました。せっかく積み上げてきたものが、あんな何もわかっていないような若者一人の言葉で崩れようとしているのですから。何より腹がたつのは、あの若者の顔です。名前もそうですが……亡くなった教祖様のお孫さんにそっくりなんです。こんな悲しいことがありますか?」
「え……?」
(亡くなった……?)
「もしかして、あの顔も、顔を変えることのできる異能者の手によるものなんじゃないですか?」
「ちょ、ちょっと待ってください!! 孫が……亡くなった?」
鳥町は喜奥肇の口から予想外の言葉を聞いて、理解できなかった。
(それじゃぁ、あのテレビに映っていたのは、あの聖典じゃない……?)
八咫烏のリーダーだと思われてきたセーテンとも、別の人間ということなのか、わけがわからない。
「あぁ、亡くなったというのは語弊があるかもしれませんが……高校を卒業した後、行方不明になっているんです。趣味だった登山に出かけていって、そのまま————……」
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