第60話 ピース


「————喜奥肇?」


 真日本人教のホームページ。

 現在はTwitterに移行しているようで、あまり更新されていないが、五年前の広報ブログに、異能者Kこと喜奥肇の顔写真が載っているのを鳥町は見つけた。


 彼は異能とは何か、日本神話の真実、日ユ同祖論などについて語る講演会を頻繁に行っている。

 今夜も、異能者向けの講演会が今まさに行われている最中だった。


(全員この顔の理由は……? 幹部の男の顔にして、なんの意味がある?)


 強盗犯が全員、喜奥肇の顔をしているのなら、本人にも何かしら今回の事件に関係していると思われておかしくない。

 何よりもイメージ戦略を大事にしている教団側が、幹部の人間の顔を使って犯罪を犯すなんてするはずがない。


(八咫烏は、教団より過激な思想をもった若い異能者たちの組織だと思っていたけど……違う? 狙いは何?)


 真日本人教はここ数年、異能者への偏見や差別撤廃に向けて動いている。

 異能は日本人なら誰もが持っている力で、何もおかしいことではない。

 何も怖いものではない。

 本来の日本人に戻ろうと……そういう思想が強い。

 どちらかといえば、近年はじっくりこの思想を広げていこうとしている。

 一方、八咫烏は、異能者の力を誇示するような事件を起こしていた。

 今回の事件もそうだ。

 異能者こそが正義、異能者こそが世界的な強者であると示すような……


「ああ、わっかんねぇ!! とにかく、舞さんのところ行こう!! どーせ、異能者関連だから最後は《異能ウチ》に回ってくるっしょ!!」


 ここで考えていても意味がないと、鳥町は切り替えて舞の病室へ。

 医師の話では、精神的ストレスか強い緊張状態による過呼吸。

 今は落ち着いているが、念のため他に異常がないか小間瀬警視総監の手配で色々と検査をしているところだった。

 急遽入院となったが、VIP専用の個室。

 舞が戻ってくるのを、小間瀬警視総監は椅子に座って待っていた。


「検査入院……っスか? ただの過呼吸じゃないってことっスか?」

「それはまだわからないわ。ただ、心配だからこの際診てもらったらどうかと勧めたのよ。費用なら私の方で出すからと……それで、ご家族には連絡したの?」

「あー……それが、兜森さん電話に出なくて……一応、LINEは送っておいたんスけど。あとで舞さん本人のスマホから連絡入れてもらいましょう」


 鳥町は拾った舞のスマホを握りしめたまま、小間瀬の方をちらりと見る。


「…………何?」

「いえ、その……やっぱり、似てる……から、心配っスよね」

「……そうね。あなたもそう思った?」

「そりゃぁ、まぁ。なっちが生きてたら……きっと、こんな感じだったんだろうなって、思いはしました。まぁ、やっぱり一番似てるのはおばさんっスけど」

「親子だもの。当たり前よ。まぁ、あの頃よりだいぶ歳はとったけどね」

「そうっスね……」


 事件から十六年。

 もともと警察のキャリア組だった小間瀬聡子は、当時も大きな警察署の副署長という立場ではあったが、娘を異能者による犯罪で失ってから、さらに必死に上を目指し女性初の警視総監まで上り詰めた。

 異能者による犯罪を正しく取り締まることを目標に掲げ、《異能》犯罪対策室を新設させた彼女は、鳥町が異能者であることを知りながら警察官に採用した張本人だ。


「それにしても、兜森巡査部長の妹が、どうして捜査一課の前に? 何か事件の被害にでもあった?」

「ああ、いえ。その、舞さん自身はあってないんですが、お母さんの方が例の金メダリスト殺人事件の被疑者が起こした別件の被害者の関係者だったので……一緒に来てたんですよ」

「別件?」

「えーと、確か平成七年に起きた事件で……薬物使用と集団暴行で甲子園出場が決まっていた野球部員が死んだ事件なんすけど」

「甲子園……? それって、まさか————八手内夏生くんの?」

「え……? 知ってるんスか?」

「知ってるも何も、私が警部だった頃の最後に担当した事件よ」


 意外な事実が判明し、鳥町はスマホを落としそうになった。


「え!? マジっスか!?」

「マジよ。それに、あの時殺された八手内くんの彼女だった麹屋美香子さんとは菜々の事件の時に再会したから、よく覚えているわ。あ、結婚したから苗字は薬師丸に変わっていたけど……」

「……なっちの事件? え?」

「薬師丸美香子さんの娘さんも被害者だったの。ほら、あの事件で監禁されていたのを救助されて、一人だけ助かった薬師丸舞ちゃんのお母さんよ。あなたも一度会ったことがあるでしょう?」

「そう、でしたっけ……?」


(待って……薬師丸舞ちゃんって言った? 舞ちゃんって、舞さんと名前が……————え? じゃぁ、さっき、舞さんのお母さんに会ったことがあるような気がしたのって、これ?)


 鳥町の頭の中で、綺麗にピースがはまり始める。

 あの事件で被害にあった女児は、皆似たような顔つきをしていた。

 それは、上部の好みの顔だったからだ。

 鳥町が兜森に舞を紹介された時、菜々に似ているような気がしたのは、間違いじゃない。

 美香子に会ったことがあるような気がしたのも、上部の逮捕に協力してくれた鳥町にどうしても直接会ってお礼が言いたいと言われ、その時一度だけ会っている。

 苗字が違うのは、再婚したから。


(舞さんのお母さんが、異能者を嫌っている理由って……まさか————)


「あの……どうして、私の前の苗字を知っているんですか?」


 その時、検査を終えた舞が看護師に車椅子を押され、病室に戻ってきた。


「それに、私が、被害者だったって……————どういうこと?」




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