第59話 見覚え


 鳥町は舞のいる病院へ、兜森が二人の母親に挟まれているその間、聖典は皇居の周りを走っているランナーに紛れ、軽く走っていた。

 聖典の異能である覚りは、照準を定めてしまえば一人に絞ることができる。


「璃子ちゃんまでいなくなったのは誤算だったなぁ……」


 強盗事件を起こし警視庁内にいる人数を大幅に減らしたことにより、兜森の心の中を覗くことは簡単だった。

 愛してやまないの相棒が、どんな男か知っておきたい。


 単純に興味があった。

 実母と継母、どちらの味方をするのか。


 秘書の彩香の調べでは、この二人には因縁がある。

 それも、あの事件————聖典が鳥町と離れ離れになってしまったきっかけになった、あのおぞましい事件の犯人に味方した弁護士の息子だ。

 聖典はあの男が死刑になろうが、無罪になろうが、どうでも良かったが、あんな事件さえなければ、今も鳥町の隣にいることができたのではないかと、今でも時折、恨むことがある。


 それに自分の愛してやまない璃子ちゃんに、悪い虫がついたら困ると思っていた。

 鳥町自身は、色恋沙汰にはまるで興味がないとしても、相手はわからない。

 これまでも、鳥町に好意や下心を持つような男はことごとく排除してきた。



「さぁて、どんな男かなぁ? 兜森圭……」



 心を読み、刺激して内側から崩壊させる。

 それが聖典のやり方だ。




 ◇



 兜森は自分の母親だと名乗る恵に、まるで見覚えがない。

 しかし、過去の父の発言、そして、母親の生き霊が見えると言っていた慧留の言葉を思い出し、すぐに「違う」と否定することもできない。


「圭ちゃん、一体どういうこと……?」


 美香子は戸惑いつつも、兜森に尋ねた。

 恵の言っていることが、全く理解できない。

 美香子にとって、恵は娘に酷いことをした犯罪者側の人間だ。

 それが、兜森の母親だと言っている。

 兜森家に嫁いで十四年。

 家族になって十四年経つが、離婚した嫁の話は一度も話題になったことがない。

 再婚前、性格の不一致で離婚し、それから消息は一切知らないし、知りたくもないと敬は美香子に話していた。

「二度と関わるつもりもないし、圭にあわせるつもりもない」と……


 美香子も兜森を気に入っていたし、息子ができて頼もしいとさえ思っていた。

 それが、この憎い弁護士の————異能者の息子だなんて、信じられない。


「あら、何? 圭ちゃん、薬師丸さんとお知り合いなの?」

「え……? あ、いや、その……」

「うちの圭がお世話になっております」


 恵は美香子に笑顔で会釈した。

 まるで、「うちの自慢の息子なんです」っという表情をして。

 なんだか勝ち誇っているような、マウントを取っているような……

 兜森にはそれが耐えられない。


「喜奥弁護士……!」

「あら、やだ、圭ちゃん。ママでいいのよ? そんなに改まった言い方しなくたって……」

「証拠はあるんですか?」

「証拠……? 何言ってるの?」

「あなたが母親である証拠を提示してください。弁護士ですよね? 一体、何をどう勘違いされているのかわかりませんが、俺はあなたの息子ではありません」

「……何言ってるの? 私がママよ? ほら、見て、これ……あなたが生まれた頃の写真よ。可愛いでしょう?」


 恵は手帳型のスマホケースの中から、古い一枚の写真を出して兜森に見せる。

 産婦人科のベッドで、生まれたばかりの男の子を抱きかかえている恵の写真だった。


「それのどこが証拠になるんですか? それに……————」


 兜森はしつこい恵の手を振り払い、美香子の横に立つ。


「たとえ、俺を生んだのがあなただとしても、俺の母親はこの人です。余計な話はこれ以上したくありません」

「え……? 何言ってるの? 圭ちゃん……?」


 圭は恵を冷たく突き放し、無表情のまま話を切り替える。


「それより、話が終わったなら帰ってください。捜査の邪魔です。それでは」


 そう言って、美香子を取調室の横の部屋に連れて入った。

 面通しをさせるため、取り調べの様子が見える部屋に————



「……ちょっと、待ってよ、圭ちゃん!!」


 恵は兜森を追いかけようとしたが、それを千が止める。


「待ちなさい」

「なんです!? あなたは関係ないでしょう!?」

「関係ないのは、あなたです。話が済んだなら、お引き取りください。あなたは足壁の弁護士としてここに来たんでしょう?」

「それは、そうですが……!! でも、圭ちゃんが……!!」

「ご家庭の事情はわかりませんがね、今、職務中なんです。邪魔をしないでいただきたい」

「でも……」

「お引き取りください。あなたのその大事な息子さんに迷惑がかかっていること、わかりませんか?」

「……っ!」


 恵は苦虫を噛み殺したような顔をして、渋々帰ることにした。

 ここで働いていることがわかったのだから、もういつでも会うことができる。

 そして、エレベーターで下に降りながら兜森と暮らす日常を妄想して一人笑っていると、ちょうど一階についた時、次々と刑事たちが容疑者を連れて警視庁に戻って来ているところに遭遇する。


「さっさと歩け!!」

「だから、俺はやってないんだって言ってるじゃないっすか、刑事さん!!」

「うるさい!! その顔で、何言ってんだ!!」


 何か大きな事件でもあったのかと、興味本位ですれ違う犯人を見ると、全員黒いニット帽とライダージャケットを着ていることに気がつく。

 そして、全員が同じ顔であることにもすぐに気がついた。

 気がつかない方がおかしい。


「————肇さん……?」


 それが真日本人教の創設時から、幹部として教団を支えてきた自慢の夫の顔なのだから————







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