第58話 面影
「どうして……俺の名前……」
「圭ちゃん、やっぱり、そうなのね? ああ……よく見たら、面影があるわ…………」
(な、なんだ……?)
兜森はとにかくわけがわからなかった。
今日初めて会った容疑者の弁護士————それも、真日本人教の法務部という、兜森家にとっては敵と呼べる立場の女が、瞳を潤ませながら勝手に手を握られ、さらに頬を撫でられたのだ。
ゾワっと鳥肌が立って、一歩後ろに引いたが、それでも恵は続ける。
「こんなに大きくなって……圭ちゃん。私の圭ちゃん」
「ちょっと……!! 離してください……!! 一体、なんですか!?」
その手を振り解くと、今度はとても悲しそうな表情に変わる。
「どうして、圭ちゃん。わからないの?」
圭ちゃんと呼ばれるたび、悪寒がする。
(気持ち悪い……なんだこいつ)
「わからないもなにも……!! あんた何なんだよ!?」
「……ママよ」
「は……?」
「あなたのママよ。わからないの? 圭ちゃん」
『圭ちゃん、圭ちゃん、私の圭ちゃん、ママだよ』
その瞬間、兜森の脳裏にあの日、冷上慧留が言っていた黒い女の人の話が頭をよぎる。
生き霊。
あの夏の日、どんなに探しても見つからなかった、生き霊の正体。
自分を捨てた、本当の母親。
「う、嘘だ……!! そんなわけ……————」
『お前の母ちゃんはそんなお前のことより、世界がどうとか、人類が滅亡するだとか、そんなことばかり言っていたんだ』
けれど敬の言葉を思い出して、自分の本当の母親は、オカルトや都市伝説の類に傾倒するタイプの人間だったことを思い出す。
『お前の母ちゃんは、異常だった』
(真日本人教……)
真日本人教は、オカルトや都市伝説の類に傾倒するタイプの人間なら、避けては通れない。
むしろ、そこへたどり着く。
日本人なら、なおさらのことだ。
彼らは憧れる。
彼女らは求める。
霊能力、超能力、超自然現象————異能を。
自分は特別な人間であるという、優越感を————
*
一方で、兜森から車の鍵を受け取った鳥町は、舞のいた場所まで戻った。
すぐに舞を送り届けて、その足で現場の様子を見に行こうと思っていたのだが……
「……え? あれ?」
自動販売機の前。
休憩スペースで待っているはずの舞の姿がどこにもない。
帰ってしまったのかと思って首を傾げていると、着信音が休憩スペースの椅子の下から聞こえてきた。
画面に表示されている名前は『愛翔』。
渦中のメジャーリーガーからの着信。
それが舞のスマホであることはすぐにわかった。
(さらわれた……? いやいや、警視庁内でそりゃないでしょう)
しかし、スマホがこんなところに落ちているということは、舞の身に何かあったとしか思えず、鳥町は本庁内部の監視カメラの映像を確認しにいった。
すると、そこには舞に起きた一部始終が記録されている。
鳥町が鍵をもらいに舞から離れたあと、カメラに映ったのは誰かを見てその場に倒れた舞の姿と、そんな舞に駆け寄った警視総監・小間瀬聡子とその秘書官だった。
映像で見る限り、過呼吸を起こしている。
秘書官が舞を背負って、エレベーターで下へ。
すでに六時を過ぎていることから、どこか近くの緊急外来に運んだのだと気がついて、鳥町は警視総監に電話をかけた。
「小間瀬警視総監、鳥町です。今、どこの病院に向かって居ますか?」
『え? ……どうして、病院に行ってるとわかったの?』
「監視カメラを確認しました」
『なるほどね……あなた、この子と知り合いなの?』
「はい。うちの……《異能》犯罪対策室の兜森圭巡査部長の妹さんです」
病院を聞いた鳥町は地下駐車場まで走り、その兜森から借りた車に飛び乗った。
すぐに病院を目指して走り出すと、多くのパトカーとすれ違う。
強盗事件の犯人を乗せた警察車両が、次々と最寄りの警察署に運ばれていたのだ。
そして、パトランプをつけて猛スピードで走っていたが、交差点を右折したところで急に飛び出してきたバイクと接触しそうになった。
「あっぶな! しかも、乗車用ヘルメット着用義務違反!!」
ギリギリのところでお互い停まったために怪我はないが、バイクに乗っていた男はヘルメットをかぶっていない。
黒いニット帽に黒のライダースーツ、そして、眉間には黒子。
「……あ、あれ?」
(もしかして、無線のマル被!?)
散々、無線で聞いた同じ顔をしているという強盗の特徴にあまりに酷似していて、鳥町はノーヘルのその男が方向転換して逃げていったことに気づくが少し遅れてしまう。
「いやいや、ちょっと待って!! 追うべき……って、いや、でも、舞さんが————いや、舞さんには警視総監がついてるから大丈夫か!! あーしは刑事だし!! 犯人逮捕が優先っしょ!!」
鳥町もハンドルを切って、逃走したバイクの後をつける。
(でも、今の人の顔————どっかで見たことがあるような……?)
最近見た誰かの面影を感じつつ、犯人を追いかける。
しかし、すぐにその犯人は別車両の刑事が逮捕したのを見届けると、またハンドルを切って、今度こそ舞が運ばれた病院へ向かう。
「あっ!!」
病院の駐車場に車を停めた瞬間、鳥町は突然思い出した。
スマホを取り出し、YouTubeの閲覧履歴をたどる。
「これだ……!! この人に似てる!!」
鳥町が確認したのは、平成十年、御船百合子がメディアに出始めた頃のテレビの映像。
違法にアップロードされたその動画で、御船百合子や異能者Aとして映っていた足壁の他に映っていた、異能者Kという男。
その異能者Kの顔が、先ほどの犯人の顔に似ている。
二十五年も前ということで、だいぶ若いが、面影がある。
眉間の黒子も同じで、目撃者の情報通りの丸い地蔵眉で目も細い。
「でも、なんで……?」
異能者K。
当時の映像で名前や年齢は公開されていないが、御船百合子とこの時点で行動を共にしているということは、真日本人教の幹部のはずだと鳥町は思った。
「どうして、異能者Kの顔? これも、八咫烏の……セーテンの犯行なら、なんで真日本人教の幹部の顔?」
そんなことをしたら、真日本人教が黙っていないはずだ。
鳥町には、聖典の狙いが全く理解できなかった。
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