第57話 同時多発的強盗事件
後に同時多発的強盗事件と名付けられたこの事件が起きたのは、平成三十五年十一月二十二日水曜日の午後六時三十分から午後八時までの1時間半の間の出来事である。
都内各所にある宝石店、高級ブランド店、高価買取店、カードショップ等高額商品を扱っている店舗が被害にあった。
犯人は営業中、閉店準備をしていた店舗に黒のニット帽、黒のライダースーツという出で立ちで、手にはバールと大きなボストンバッグを所持。
三人一組で一斉に店舗内のガラスケースを叩き割り、商品を強奪。
被害者や目撃者による通報が相次いで寄せられ、機動捜査隊や巡回中のパトカー、近辺の警察署から警官が駆けつけたが、どの現場も奇妙なことに逃走した容疑者の顔が全く同じだった。
被害にあった店舗は合計で35店舗。
事件当日に五十人も現行犯逮捕されたのだが、その五十人が全員同じ顔をしているのだ。
声や身長、体型は全く違うのだが、顔だけは、眉間に直径1〜1.5ほどの大きな黒子があり、眉は丸みのある地蔵眉、目は一本線を引いただけのような切れ長で、耳の大きな丸顔。
50代くらいの男性の顔をしている。
現場は混乱したが、逆に言えば容疑者は全く同じ顔をしている男ということになる。
残りの容疑者もその同じ顔ということで次々逮捕されたが、所轄と連携しても捜査員の数が足りず課を超えて応援に行ったため、警視庁刑事部がある六階はその数時間の間、ほとんどもぬけの殻となっていた。
パトカーが何十代も都内を走り回り、検問による交通規制が行われ、電車も停まる。
帰宅ラッシュの時間とも重なっていたため、東京はパニックになった。
「あー……電車も停まってるっスね。これじゃぁタクシー呼んでもこれないか……」
無線から状況を把握した鳥町は、異能者による犯行だとすぐに察しがついた。
だからこそ、自分も現場に行くべきだと思ったのだが舞を送り届けなければならない。
ところが、捜査員同様に捜査車両もすべて出払っている。
電車通勤で捜査車両を自ら使うことはほとんどない鳥町が車の鍵を持ち歩いているわけもなく……
「うーん……あ、そーだ! 舞さん、ここでちょっと待っていてください。室長か兜森さんに鍵借りてくるんで」
「え、ええ」
舞は別に送ってもらわなくても一人で帰れると思っていたが、流石に徒歩で帰るのは距離がある為、捜査一課の前にある休憩スペースで待つことにした。
鳥町が《異能》犯罪対策室の方へ走って行く後ろ姿を見送り、数分後、入れ違うようにこちらに向かって歩いてくる女性がいた。
その瞬間、舞の記憶がフラッシュバックする。
赤いまな板の上。
切り離された子供の腕。
肉と骨を断ち切る大きくて分厚い包丁。
生臭い鉄と肉の匂い。
冷蔵庫。
冷凍室の引き出しの中から取り出した女の子の頭に頬ずりする男。
縛られた腕。
首につけられた、首輪と鎖。
頭を撫でる大きな手。
体を這う、太い指の感覚。
怖い。
痛い。
気持ち悪い。
汚い。
臭い。
気持ち悪い。
痛い。
痛い。
苦しい。
怖い。
「…………っ……は……っ……ぁ……はっはぁ……っ」
手が、指が、硬直して動かない。
体が、いうことを聞かない。
呼吸の仕方が急にわからなくなって、苦しくて、苦しくて、舞はその場に倒れこんだ。
*
「どうして、あんたが……!!」
「あら、私言いませんでしたか? 異能のおかげで記憶力が普通の人間とは違うんですよ。特に一度見たものは忘れません。お互い、少し年を取りましたわね。薬師丸さん」
恵は、自分が恨まれていることを全く気にもとめていなかった。
美香子からしたら、犯人に味方をした悪い弁護士。
憎むべき相手だ。
それも、美香子は過去のこともあり異能者が心底嫌いである。
「気づいたらしわがこんなに増えちゃって。まぁ、あなたはあの頃よりむしろ少し若々しくなられたんじゃないですか? うふふ」
まるで懐かしい思い出話でも語るように笑う恵が、気持ち悪くて仕方がない。
悪寒がして鳥肌が立つ。
そして、こみ上げる怒り。
「どうして笑っていられるのよ……ふざけないで!!」
美香子が恵に摑みかかろうとしたのを、兜森が間に入ってやんわりと静止する。
「もう話は終わったんですか?」
「ええ、終わりました。だからこうして、出てきたんじゃありませんか」
この時点では、誰も実母と継母の間に息子が挟まれているなんて、誰も知らなかった。
本人たちが全く気がついていないのだから。
ところが、そこへ鳥町が戻ってきたことにより、変化が生まれる。
「室長! 舞さん送って来るんで、車貸して欲しいんスけど」
「車? ああ、ごめん。僕今日バイクで来ちゃったんだよね」
「マジすか? じゃぁ、兜森さん貸してください」
「あ? ああ」
兜森はポケットから車の鍵を取り出すと、鳥町に投げて渡した。
「あざーす!」
キャッチした鳥町は、また慌ただしく舞のところへ走っていく。
それから視線を恵の方に戻すと、先ほどまで気持ちの悪いほど笑みを浮かべていた恵の顔から笑顔が消える。
目を大きく見開き、兜森の顔を驚いた顔で見ている。
「か……かぶと、もり……?」
「喜奥弁護士、こちらとしても足壁には聞きたいことが山ほどあるんです。もう用が済んだなら、さっさと帰ってもらえますか?」
恵と美香子に因縁があるとわかって、兜森も嫌悪感をあらわにするような態度だった。
これ以上、同じ空間に居て欲しくない。
しかし、目の前のこの刑事の苗字が、兜森と知って恵が黙っていられるはずがない。
「兜森……? あなた、兜森って、いうの?」
「え? そうですが……?」
恵は異能に目覚める前に出会った人々の顔は思い出せない。
だから、夫だった敬によく似た男に成長した兜森の顔を見ても、気づくことはなかった。
だが、名前と赤ん坊の時の写真の顔はっきりと今でも覚えている。
「————圭ちゃん……?」
「え……?」
恵に急に下の名前で呼ばれ、手を掴まれる。
「あなた、圭ちゃんなの……?」
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