第56話 顔


「え……? 舞さん、アオハルにいたんスか?」

「うん、四年生までだけどね……知ってるの?」

「知ってるっスよ!! あーしも、三年生の夏までアオハルにいたっスから! セイシュンじゃなくてアオハルと読むのが珍しいんスよね。そのくせ、なぜか校歌の歌詞はセイシュンって歌う謎のセンス」

「そうそう、懐かしいなぁ。引っ越してきてから小学校の友達と会うこともなくて……私たち学年一つ違いなら、会ったことがあるかもしれないわね」


 自動販売機前の休憩スペースで、子供の頃の話をしていた鳥町と舞。

 偶然にも二人は同じ小学校に通っていたことが判明し、懐かしい話に盛り上がった。


「おい、鳥町。女子会なら他所でやれ。ここはカフェじゃねーんだぞ」

「なんスか、ちょっとくらいいいじゃないっスか、伊振警部。ここは部署関係なく使える休憩スペースっすよ? 捜査一課の目の前にあるからって、でかい顔しないでください」

「あのなぁ、お前らの呑気な笑い声が聞こえたら士気が落ちるだろうが……————というか、こちらのお嬢さんは誰だ? 芸能人か?」


 鳥町には露骨に嫌そうな表情をしていたのに、伊振は舞の顔を見て目を見開いている。


「なんスか!? 確かに舞さんは美人ですけど、その顔は!! 奥さんいるでしょう、不倫ですか!?」

「バカ言え!! いつの話をしてるんだ!! 女房とはとっくに離婚してるわ!! そうじゃねぇ、どっかで見覚えがあるような気がしただけだ!」

「あ、そーでした。さーせん、奥さんが新しい男作って出て行ったんでしたね」

「だから……!! もういい。それで、えーと、どこかで会ったことないか?」

「あります?」


 伊振の顔を指差しながら、鳥町が尋ねると舞は首を横に振った。


「警察にお世話になったことはないです……運転免許の更新ぐらいしか」

「……え、伊振警部刑事デカ一筋ですよね?」

「当たり前だろう。刑事デカになって二十六で当時の一課長に引き抜かれてからもう十四年経つ」

「それじゃぁ、もしかして、お母さんの方じゃないっスか? 実はヤンキーだったとかじゃないっスよね?」

「まさか! まぁ、勉強はできた方じゃなかったけど、真面目に普通に生活していたわよ。十四年ってことは、ママが事情聴取を受けたあの事件とも関係ないでしょうし、きっと他人の空似でしょう? 世の中には似ている人が三人いるって何かで聞いたことがあるし」


 鳥町も伊振も、そうかもしれないと納得した。

 はっきり思い出せないということは、かなり昔の記憶のようだし、そんなに昔なら舞が子供の頃の話ということになってしまう。

 舞も子供の頃に警察に世話になるようなことがあれば、記憶に残っているはずだと思っている。


「それで、結局誰なんだ?」

「兜森さんの妹さんです」

「兜森の……? 全く似てないじゃないか」

「あはは、よく言われます。血は繋がってないもので」

「なるほど……それで、兜森はどうしたんだ? なんでこんなところで妹を放置してる?」

「放置というわけでは……ほら、あのあーしらが捕まえた金メダリスト殺人事件の容疑者が過去に起こした事件にも関与してるみたいで、面通しのために兜森さんのお母さんが来てるんスよ。それで————……」


 鳥町が伊振に事情を説明していると、そこへ捜査一課の他の刑事が血相を変えて出てくる。


「伊振警部!! 大変っス!! 今、機捜きそうから連絡があって、都内各所で強盗事件が同時多発的に発生しています」

「同時多発的?」

「今確認取れてるだけで30ヶ所以上あるんです!!」

「さ、30ヶ所!?」

「通報を受けて機捜が現着してはるんですが、同じような通報が次々と……!! とにかく、すぐに捜査員は全員現場に急行するように上から指示が出てます」


 捜査一課の刑事たちは慌ただしく現場へ急行。

 鳥町は誰もいなくなった捜査一課の部屋にこっそり入って、無線を聞くと、銀座や丸の内の宝石店、六本木や新宿のブランド品ショップ、秋葉原のカードショップまで、とにかく都内各地で強盗事件が相次いでいるようだった。

 そして————


『至急至急、警視庁から各局、110番入電中。麹町にて強盗事件発生。マル被は黒のニット帽にライダースーツの男。若い男性。手にバールのようなもの。三名。なお————……三名とも同じ顔をしているとのこと』


「……三名とも同じ顔…………?」


 相次いで被害者や目撃者から犯人についての入電があったが、皆同じことを言っているようで、通信司令室でも戸惑っているようだった。

 さらに————


『至急至急、機捜303から警視庁』

『機捜303どうぞ』

『逃走中のマル被の顔確認。三名とも黒のニット帽にライダースーツ、身長や体型はバラバラですが……顔が…………三名とも同じ顔です』


 現着した捜査員からも、まったく同じ無線が入った。

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