Case7 同時多発的強盗事件

第55話 タイプ


 御船聖典は、薄暗い自室のPCで秘書の福来彩香から送られてきた資料を読み、眉間に深いシワを寄せる。


「兜森圭、平成七年四月十一日生まれ、二十八歳。独身……————異能はやっぱり物質変化系か。なんでも水に変えちゃうなんて、またおかしな異能だね」

『はい、それも、臭いそうです』


 八咫烏独自のアプリを使った通話。

 スピーカーから聞こえるのは、彩香の声だ。


「臭い?」

『臭い水に変わるんだそうで……』

「それって、元には戻せるの?」

『いえ、不可能かと』

「ふーん……それじゃぁ、もし人間に使われたら、一瞬で確実に死ぬね」


 覚りの異能を持つ聖典にとって、このタイプの異能者はとても面倒。

 念じるだけで、水に変えられてしまうなんて、下手をしたら一瞬で殺されてしまう。

 聖典の異能が使える範囲内に兜森がいたなら、心を読めば対応は可能かもしれないが、範囲の外側からやられてしまえばひとたまりもない。


「目視しないと使えないような距離なら、隠れてしまえばいいけど……はぁ、めんどくさい。璃子ちゃんの相棒がこんな男だなんて。あとさぁ、気になったんだけど、これって本当?」

『これとは……?』

「兜森圭の本当の母親だよ。教団側の人間————しかも、法務部のあの女だろう?」

『ええ、間違いありません。母親のは、平成六年から平成十年の間に兜森圭の父親と婚姻関係にありました。離婚で親権と養育権の両方を失った後、司法試験に合格し、平成十三年に弁護士として教団の法務部に入っています。そして平成十五年に教団幹部の喜奥はじめと再婚しています』

「うわー何それ、きっも。よくあんなおっさんと再婚しようなんて思えたね」


 喜奥肇は、御船百合子がテレビにで始めた時に一緒に出演していた男だ。

 アカシックレコードにアクセスできる異能を持っている。

 聖典も喜奥肇と何度か会ったことがあるが、あの男は小児性愛者。

 信者の子供達が被害にあっていたのを聖典は知っている。

 流石に教祖である百合子の孫の聖典に手を出すことはなかったが、会うたびにいやらしい目で見られ、心の中はそういう思考で溢れている。

 実に気持ちの悪い男だった。


『それと今回の金メダリスト殺人事件、八咫烏によるものとされていましたが、実際は元教団幹部だった足壁によるもののようでして……』

「ああ、やっぱりそうなんだ。おかしいと思った、僕の指示をしていないところで殺人が起きたから————というか、何? また内輪揉めでも始めた?」

『詳しくはわかりません。ただ、その足壁の弁護に法務部が動いたようです』

「……まぁ、異能者はこの国の宝だからね。教団が動くのはわかるけど、そうなるとまた無罪放免かな? 八咫烏としては、勝手に暴走してくれてありがたいけど……教団が関わっているなら、報道ももみ消されそうだなぁ」


 聖典は画面を資料から、最近盗撮した璃子の写真に切り替え、端に映り込んでいる兜森を見てニヤリと笑う。


「正しく報道されなければ、意味がない。仕方ない。一度、会いに行ってみようかな?」

『……鳥町璃子にですか?』

「いや、璃子ちゃんじゃなくて、こっちの新入りの方。璃子ちゃんは僕の異能を警戒してるだろうから……弱みの一つでもないか、探ってみるよ。心の中さえのぞいてしまえば、あとはどうとでもなる」


 焚き付けて、足壁を弁護する教団側と兜森を衝突させるつもりだ。

 実の親子による対決。


「さて、刑事として生きるか、息子として生きるか……どちらを選ぶタイプかな?」



 ◇



「舞が、事件の被害者……?」


 兜森は全く知らなかった驚愕の事実に、空いた口が塞がらなかった。

 平成十九年ということは、舞が小学四年生の頃の話だ。

 舞と家族となった当初、兜森は記憶力がよく、勉強はできる方だったため舞の勉強を見てやっていた。

 その時、どこからわからないのか遡ってみると、小学四年生の頃に授業で習うはずの部分がすっぽり抜けていることに気づく。

 舞自身は、小学四年生の頃に大きな事故にあって、その後遺症で四年生の時に起きたことは何一つ思い出せないと言っていた。


「事故にあって、記憶を失ったって————……」

「そうよ。警察に保護された後、病院で診てもらったらあの子、あの男に何をされたか全部忘れてしまったの。そうすることで、自分の心を守ったのよ。だから、私も無理に思い出させようとは思わなかった。でも、そのせいであの男の刑が軽くなってしまったかもしれないと思うと、他に被害にあった子達のご両親には、申し訳ないことをしたと思っているわ」


 事件当時は、両親が離婚調停で争っていた時期で、舞はどうしたらいいかわからなかった。

 離婚なんてしないでほしい。

 でも、父親は母親を捨てて新しい女と暮らそうとしている。

 どうしたらいいかわからなくて、悩んでいた時に相談したのが、卓球クラブの顧問だった上部健。

 相談に乗ると言って、舞に近づき、監禁。

 舞は何も覚えていないが、上部から性的暴行も受けている。


「何をされたか、一つ残らず思い出せなんて言えるはずがないわ。それに、真日本人教団の弁護士————あの女が、死刑か無期懲役が妥当とされていたのを懲役十五年に減刑したの。たった十五年よ? あんな残酷なことをしておいて、たった十五年で……」


 その弁護士が、今、足壁と話をしている喜奥恵弁護士だ。


(そうだ……思い出した。確か、あいつの…………慧留の事件の時、偶然、同じ警察署内にいた弁護士の名前————)


 まさかその弁護士が、兜森の実の母親だなんて誰も知らなかった。

 敬は離婚後一切、恵とは会っていない。

 司法試験に合格して弁護士になったことも、再婚して苗字が変わったことだって知らなかった。


「————あら、どこかでお会いしたような気がしたと思ったら、薬師丸さんじゃないですか」


 足壁との話が終わったのか、取調室から出てきた恵はニッコリと笑みを浮かべながら美香子に近く。

 そして、実の息子がこんなに近くにいることにも気づかずに、悪びれる様子もなく尋ねる。


「————舞さんはお元気ですか?」



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