第68話 悪のすみか


「————利用するだけ利用したらいいんスよ」


 これは本堂から話を聞く数時間前、上からの命令を聞いた直後の鳥町の言葉だ。

《異能》犯罪対策室は、異能者による犯罪を取り締まるために作られた。

 犯人が異能者であるという理由で、これまで何人もの異能者が犯罪を犯しても見逃され、送検しても正当な処分が下されない。

 証拠不十分で多くが不起訴になり、起訴されても異能を利用した犯罪は犯人の自供以外、犯罪の証拠になり得なかった。

 そこを改善するための、第一歩として小間瀬警視総監が立ち上げた組織だ。

 小間瀬警視総監は娘を、鳥町にとっては親友を失っている。

 あれだけ残忍なことをした男が、正しく裁かれなかった原因となった真日本人教徒を、警察として守らなければならないという複雑な状況になった。


「助けるのか……? 放っておけばいいだろう。真日本人教なんて、異能者であることを盾に、散々色々な犯罪を犯して来た奴らだぞ?」


 現に今問題となっているのは、真日本人教の信者であった異能者からひどい目に合わされた人々の憤りが爆発したことによるもの。

 少数派だから、マイノリティな存在だからと差別というよりも、特別扱いされてきた。

 その実態を何者かが世間に公表し、真日本人教のシンボルが付いている建物はすっかり『悪のすみか』だと子供達からも揶揄されるようになっている。

 そして、犯罪を犯したのは一部の異能者で、八咫烏の仕業たと真日本人教は声明を出したが、異能者を悪とする『異能者狩り』が連日行われていた。

 まるで自分達が正義の見方かのように、非異能者が集団でなんの罪のない異能者を襲う過激な映像がネット上に溢れかえっている。


 それは確かにやりすぎだとは思うが、小間瀬警視総監と鳥町の関係を千から聞いた兜森は、この状況が信じられなかった。

 恨んでいたはずの真日本人教を助けるなんて……

 それにできることなら、自分の母親かもしれない喜奥恵とは関わりたくなかった。

 あの日以来、実家には一度も帰っていない。

 どんな顔をして、舞と美香子に会ったらいいかわからないし、敬に真相を聞く勇気もなかった。


 本堂に依頼した調査結果は、この日の夜渡される予定になっている。

 あの気味の悪い女が自分の母親であると、確定するのは怖かった。

 できることなら、他人であってほしい。

 兜森にとって、母であった人は美香子ただ一人。

 その美香子と、大事な妹を失う恐怖は、いつも通りに振舞っていても常につきまとっている。


「だから、助けるんじゃなくて、利用するんスよ。《異能》犯罪対策室は異能者による犯罪を専門に取り締まる部署っス。異能者が犯罪を犯す相手は、非異能者だけとは限りません。加害者が異能者だろうが、なんだろうが人を殺したり、他人を傷つけることは等しく罰するべきっス。今ここでそれを避けたら、それこそ差別っスよ。ちゃんと悪いことをしたら警察に捕まって、相応の罰を受けるべきなんス。誰であろうと、平等に……————そのために、小間瀬警視総監が作ったんス。異能者であっても正しく罰せられる判例を作るのに利用するっスよ」


 その判例がなかったからこそ、これまで法律は異能者の味方だった。

 わからないから、不起訴。

 わからないから、無罪。


 なにより鳥町自身が、自分の母親を自らの異能で手にかけたことが、正しく裁かれなかったと思っている。

 無意識にやったこととはいえ、異能で母親を殺してしまったことは、鳥町の心に今でも黒い靄のようなわだかまりが残っていた。

 鳥町にそんな過去があることは、兜森も千も知らない。

 だが、という言葉を頻繁に使うことに兜森は少し違和感がある気がした。


「兜森くん、やりたくないなら参加しなくてもいいよ。こういうのはね、一人でも覚悟が決まっていない人間がいると、そこから崩れるものなんだ。君の状況を考えれば、真日本人教に協力するのは抵抗があるだろう?」

「室長……俺は————」


(正直、どうしたらいいかわからない……真日本人教を助けることは、継母かあさんたちを裏切ることになるんじゃないのか?)


「兜森くん、刑事として正義のために動くか、家族の思いを優先するかは君が決めることだよ。僕は強制するのは好きじゃないんだ。命がかかっていることだからね。どちらを選んでも、誰も君を責めたりはしないよ」



 *



「————子供を捨てた時点で、もうその人は血が繋がっていようが、親じゃないと聖莉は思うなぁ。聖莉はさ、人の心が読めるようになって、今のママとパパが本当のママとパパじゃなかったんだって知って、すごく驚いたよ。でも、本当のパパは聖莉のことも、本当のママのことも覚えてなかった」

「え……? パパって、高橋聖典に会ったのか?」


 高橋聖典が自分の本当の父親だと聖莉が知ったのは、高橋聖典らしき人物が教団に運ばれていく動画が撮影された時より数時間前だ。

 あの動画の通り映っているのが高橋聖典なら、いつ聖莉が会うことができたのかわからない。


「会ってはいないよ。確かめに行ったの。ネットで調べて、学校が終わった後、パパが社長をしてる会社があるところにね。そこでね、受付のお姉さんに、ママの名前を言ったの。『木場莉央って言えばわかるはずです』って」


 受付嬢が社長室に電話をかけて、そう伝えた。

 聖莉は、その瞬間、社内にいる人々の心の声を聞き分ける。


「そしたら、『木場莉央? 誰それ』って……————ママのこと覚えてないんだって、それで分かった。それから少しだけパパの心の声を聞いてみたけど、やっぱり何も覚えてないんだ。そこで聖莉は悟ったよ。ああ、やっぱり聖莉は、今のパパが好きだなって。本当のパパじゃないけど、パパはいつも聖莉のことを思ってくれてるもん。それって、すごく幸せなことだなって。圭ちゃんの今のママだって、そうじゃないかな?」


 兜森は、開いた口が塞がらなかった。


(……本当に、小学生か?)


 自分の娘でもおかしくないくらいの年齢の子供に、こんなことを言われるなんて……

 自分より、聖莉の方がよっぽど大人だと思ってしまった。


「何驚いてるの? 圭ちゃんだって、聖莉と同じくらいの時にそう思ってたでしょう? 自分を捨てたママなんて、いらないって……素直にそう言えばいいよ。今のこの状況だって、悪いのは圭ちゃんのせいじゃないよ? 全部、圭ちゃんの本当のママが圭ちゃんを選ばなかったせいだよ? それにさ……————」


 聖莉はオレンジジュースのグラスから手を離し、兜森の胸を指差す。


「圭ちゃん、警察官でしょ? 助けてよ。このままじゃ、異能者ってだけでみんな死んじゃうよ?」


 胸ポケットに入っている警察手帳を指差していたのだ。


「————聖莉の本当のパパが言ってた。『真日本人教も、異能者も皆殺しにする。二人だけ。』って」





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