第69話 すべるマジック
聖莉が聞いた高橋聖典の心の声。
それは、十一月二十四日の午後2時過ぎ頃のことだったと聖莉は言う。
あの動画が撮影されたのが、十一月二十四日の午前0時過ぎ。
動画に写っていた高橋聖典の顔をした男は、どう見ても死体にしか見えなかった。
(————他人の顔を変える……異能————?)
同時多発的強盗事件の時、喜奥肇の顔をしていた実行犯たちは「女に顔を変えられた」と言っていたことを思い出した兜森は、あの動画に映っていたのは、同じように顔を変えられた別人なのではないかと思った。
(死んだのは高橋聖典じゃない。それなら、どうして身を隠す必要がある? 確か、あの動画が撮影された前日の夜から、行方不明になっているはずだ……生配信のネット番組の放送が終わり、帰宅後の足取りがつかめないと……)
高橋聖典がCEOだった会社も、彼と連絡が取れず、行方不明であることを認めているが、彼は生きている。
社員たちは分かっていて、隠している。
しかし————
「璃子ちゃんって、確かにそう言っていたのか?」
「うん。正確には、言っていたというか、心の声だから思っていたのが聞こえた……だけどね」
高橋聖典は、御船聖典とは別人のはずだ。
顔が似ているだけ。
八咫烏や真日本人教の異能者たちを批判するのも、別人だからなのだとそう考えていた。
だが、そうなると、なぜ高橋聖典が鳥町のことを知っているのか。
御船聖典が約七年前に行方不明になっていると、教団側は認めている。
自分の孫に似ている高橋聖典の口から、異能者に対する心無い言葉を聞くたびに、御船百合子は心を痛めていると、喜奥肇は任意の取り調べの時に話していた。
兜森も後から調書を読んで、状況はなんとなく把握していたが、これでは内容が噛み合っていない。
まったくの別人であるはず高橋聖典が、なぜ自分と鳥町以外の異能者に対して殺意を持っているのか……————
「パパの心の中はね、璃子ちゃんのことしかなかったの。どうしてなのかな? 璃子ちゃんって、パパと知り合いなの?」
「違う……」
「え?」
「聖莉ちゃん、あれは……あの高橋聖典は、君の本当のパパじゃない」
(高橋聖典じゃない。あれは、やっぱり御船聖典だ。そうでなければ、鳥町のことを知っているはずがない————)
高橋聖典と鳥町は一度もあったことがない。
それなのに、自分と鳥町以外の異能者は死ねばいいだなんて、まるで片思いでもしているような————そんな思いを抱くわけがない。
*
「————は? 高橋聖典の身辺調査?」
「そうだ。お前、言ってただろう? 高橋聖典について調べてるって……」
「こんな時間にいきなり何かと思えば……」
兜森は、深夜にも関わらず本堂の家を訪ねた。
喜奥恵について調べて欲しいと依頼したあの時、本堂が高橋聖典のネタを調べていると言っていたのを思い出したのだ。
「調べてはいるけど……おい、俺まだ報酬ももらってないんだけど?」
「報酬?」
「だーかーらー! あの子だよ! 真珠様にそっくりなあの子!! 紹介してくれって言っただろ?」
「いや、それは今ちょっと時期が悪すぎるからもう少し後でって言ったじゃないか」
「そーだよ? 襲撃事件まで起きて、物騒な世の中だから警察が忙しいのはよく分かってる。それなのに、もう一つ要求するとか、ひどくね? 本当は今すぐにでも警視庁に突撃したいのを俺は我慢してるんだぞ?」
「……分かった。じゃぁ、今すぐあいつをここに呼ぶ。それでどうだ?」
「えっ!? 今すぐ!?」
あまりにも汚い自分の部屋を見渡して、本堂は焦る。
2LDKの一人暮らしにしては割と広めなアパートだが、脱ぎ捨てられた服やからのペットボトル、弁当の空き箱、本棚に戻していないで平積みされている漫画本などなど、完全な汚部屋だ。
ゴミ屋敷とまではいっていないが、年末に掃除するつもりではいる。
「いや、いや! それは、今日はちょっと……この部屋見られたら最悪だろうが!!」
「普段から片付けてないお前が悪い」
「……わかった。資料見せてやるよ。でも、絶対、早いうちに紹介してくれよな!! 今年中はもう無理だけど、来年こそ俺は彼女が欲しい」
「今回の事件が片付いたら、すぐに紹介してやるよ」
本堂は仕事部屋から資料を持ってくると、ソファーの前にあるローテーブルの上に乗っていたものを真横にバッさっと全部落として、代わりに置いた。
「ほらよ」
資料には、高橋聖典の生い立ちについての記載がある。
平成十一年一月一日生まれ。
血液型A型。
宮城県出身。
母、高橋千鶴。
継父、高橋誠。
東日本大震災により両親他界後、神奈川県の親戚の養子となる。
中学での成績は常に学年一位で、生徒会長だった。
高校でも上位の成績で、ここでも生徒会長で、山岳部部長も務めた。
高校卒業後、養父母が事故により他界。
上京し、慶応大入学。
在学中に企業し、卒業後現在に至る。
「山岳部……?」
(御船聖典がいなくなったのは、趣味だった登山に出かけた日だったはず……————)
「ああ、高橋聖典は登山が趣味で、一人でもよく行ってたらしいぞ? 山の頂上には人がいないから、心が休まるんだって……口癖のように言ってたそうだ。でも高校卒業後に山で滑落して脚を折った後からは、一度も行ってないらしい」
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