第70話 一途


「その話、誰に聞いたんだ?」

「高橋聖典の高校の同級生たち。一人は、今その高校で教師をしてる。もう一人は、同じ山岳部出身で、今は東京で働いているらしくて、大学の頃に偶然ばったり会って……その時にもう山には行ってないって話を聞いたそうだ」

「女関係は……?」

「女関係? ああ、あの顔だからなぁ……同級生の話じゃ、めちゃくちゃモテてたらしい。男からも。それでいっつも男と一緒にいたから中学の頃は女に興味ないんじゃないかって噂があった。でも————」

「でも?」

「高校生の時に他校の女子と歩いてるのを見たって言ってたなぁ……どっかの女子校の子じゃないかって話だった。地元の人間じゃないって。養母が教育熱心な人だったらしくて、密かに付き合ってたんだけど、受験勉強に専念するために別れさせられたって」


 その女が、木場莉央だったと兜森は確信した。

 妊娠が発覚する前に二人は別れているから、いくら高橋聖典の関係者を探っても、出てこない話だ。


「あと、大学の同期生の話じゃ、ミス慶應に告られても断ってたらしいぜ。あれだけモテるのに……やっぱりここでも、実はホモなんじゃないかって噂が立ってたけど、フラれた子が言われてたそうだ。『僕にはリコちゃんがいるから、無理』って。みんなリコって彼女がいるんだって最初は思ったらしいけど、誰もデートしてるところとか見たやつがいなくてさ……女をフるための嘘だったんじゃないかって話だったな」


(まただ……また鳥町のことを言ってる)


「その後企業した時に、福来彩香とよく一緒にいるのが目撃されてたけど……」

「福来彩香って、確か、新しくCEOになった金髪の……————」

「そう、それ。高橋聖典の秘書だった女だ。でも、福来彩香はほら、リコちゃんとは程遠い名前じゃん? だから、他に誰かいるか、それか……実は二次元しか愛せない男だったとか、そんな噂もあった」

「噂ばっかりじゃねーか」

「仕方がないだろう。本人に取材を申し込んでも時間が作れないって断られてさ……その内、いなくなっちまったんだから」


 それらの噂が全部本当のことなら、やはり、高橋聖典は御船聖典ということになる。

 おそらく、高校を卒業した後に入れ替わったのではないか……と、兜森は考えた。

 高橋聖典の口からリコの名前が出たのは大学生になってからだ。

 御船聖典が高橋聖典になりすましている。


(でも、どうして……御船百合子の孫が、真日本人教を貶めるようなことを……? 目的はなんだ?)


 祖母が教祖として君臨している組織を嫌悪する理由がわからない。

 それに、自分と鳥町以外の異能者も嫌っている。

 自分だって、異能者であるはずなのに……


「これ、借りていってもいいか?」

「え? あぁ、別にいいけど……」


 兜森は資料を持って本堂の家から出ると、すぐに鳥町に電話をかけた。

 一人で考えてもわからないから、鳥町の意見を聞こうと思ったのだが、時刻はもう0時を回っていたせいか、出る気配がまるでない。

 明日にした方がいいかと思っていると、タクシーを拾ったところで折り返しの連絡がくる。


『なんすか? こんな時間に……』

「重要な話がある。高橋聖典についてだ……」

『高橋聖典? え、あの人は死んだって……————』

「いや、生きてる。あ、ああ、多分、本物の高橋聖典は死んでる可能性が高いが……」

『はい? どういう意味っスか?』

「とにかく……!! 高橋聖典は生きてる……————というか、その高橋聖典は御船聖典だ」

『は?』



 *



「————えーと、つまり、高橋聖典はやっぱりあの聖典だったってことっスか?」

「そうだ。そうじゃなきゃ、お前の名前が高橋聖典から出てくるわけないだろう」


 家政婦の美田園にはこんな時間に……と、怪訝そうな顔をされたが、兜森は鳥町の家に上げてもらった。

 トリマチ薬品の会長である鳥町の祖父はもう寝ているため、あまり大声は出さないように念を押されつつ、めちゃくちゃ広いリビングで本堂から借りてきた資料と、聖莉から聞いた話をする。


「『真日本人教も、異能者も皆殺しにする。二人だけ。僕とリコちゃん以外の異能者は、全員死ねばいい』か……」


 鳥町は兜森の話を聞いて、考え込んだ。


(確かに、あの聖典ならそんな風に考えるかもしれない。高橋聖典とあーしは、接点が何もないし……任意の事情聴取も、室長に止められてたから行ってないし……でも、どうして入れ替わってる?)


 本物の高橋聖典はどこへ行ったのか、他人と入れ替わってまでして、真日本人教から離れた理由がわからない。

 真日本人教か、それか、教祖の御船百合子に関して聖典がそんな考えを持つ理由になるものがあるのかと考える。


「…………そういえば、聖典は自分が覚りの異能に目覚めていること、誰にも話していないって言ってたっス」

「誰にも……?」

「親にも、誰にも言っていないって……もし知られたら、悪用される可能性がある————みたいなことを言ってたっス」

「他人の考えていることが全部わかるなら、隠していてもおかしくないか……聖莉ちゃんも自分が異能に目覚めていること、鳥町が気がつくまで誰にも言っていなかったし……」

「————あの、一つよろしいでしょうか?」


 ずっと後ろに控えていた美田園が、急に手を上げて発言した。


「何? ばあや、何か気になることでも……?」

「とりあえず、今の論点は、その高橋聖典という方が本当にあの御船聖典であるかどうかはっきりさせたいのと、彼が生きているかどうかということでしょうか?」

「それは……まぁそうだけど」

「でしたら、これを……————」


 美田園はテーブルの上に二十五日の朝、鳥町家の玄関先に置かれていた薔薇二本とクリスマスの赤と緑の包装紙で包まれた小さな箱を置いた。


「何これ……」

「今年も、玄関の前に置いてありまして……お嬢様は届いてもすぐに捨てるようにとおっしゃっていたのですが————薔薇二本の花言葉は『この世界は二人だけのもの』。こちらは毎回のことなので、お嬢様もご存知でしょうけど……」


 鳥町が小さな箱の包装を解くと、赤い宝石のついた指輪が入っている。


「その石は、ガーネット。『一途な愛』を象徴する石です。この美田園が知る限り、お嬢様にこのようなものをお贈りになる人物は、一人しか思い当たりません」


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