第71話 恋い焦がれ


「え? 誰?」


 そこまで言っても、鳥町はポカンとした顔をしていた。

 まったくもって、自覚がない。


「御船聖典です。お嬢様……」

「聖典……? え? なんで?」


 それでもやっぱりわからない鳥町に、兜森は呆れて大きな溜息を吐く。


「鳥町、お前なぁ……わかんねぇのかよ。相当惚れられてるんだよ、御船聖典に……」

「あーしが? なんで?」

「そこまでは知らん。ただ、かなり歪んでるな。自分とお前以外は眼中にないってことだろう? それなら、話の辻褄が合う。毎年届いてるのか?」

「えーと、二十歳のあーしの誕生日からっスね……毎年、あーしの誕生日とクリスマスに……————あ!」


 鳥町はそこで一つ思い当たった。


「聖典の誕生日、クリスマス……!!」


 鳥町の誕生日とクリスマスに毎年届くと思っていたが、実はクリスマスではなく聖典の誕生日だからだ。


「で、でも、二十歳になってからなのは……なんでっスかね?」

「そこまでは知らんが……高橋聖典が一番最初に会社を立ち上げたのは大学二年の頃だ。自分で稼いだ金で贈りたかった————とかじゃねーのか?」

「そ、そうっスかね……」

「まぁ、お前に対する思いとかはどうでもいい。とにかく、これではっきりしたのはやっぱり高橋聖典の正体は御船聖典だ。八咫烏のリーダーのセーテンがその聖典なら、反異能者だった高橋聖典が真日本人教に殺されたってデマを流したのは、真日本人教と異能者を潰す……今の状況を作るためだったんじゃないか?」


 八咫烏が関与している異能者による犯罪、高橋聖典による異能者批判。

 その煽りを受けて、真日本人教や異能者たちが非異能者から襲撃され、今では異能者というだけで断罪される。

 魔女狩りならぬ異能者狩りが横行。


 聖典が自ら手を下さなくても、真日本人教も異能者も皆殺しにするという目的は果たせる。

 教団側は、すべて八咫烏のせいだといくら主張しても、一度芽吹いた疑いの種は、根を張り、育っていく。


「で、でも……それなら、もう一つおかしなことがあるっス」

「なんだ?」

「聖典の異能っスよ。覚りは、他人の心が読める異能っスよ? 聖莉ちゃんが聖典の心を読んだなら、読まれたことに気づいたんじゃないっスか?」


 覚り同士なら、お互いが覚りであることがわかるはずだと鳥町は思っている。

 数ある異能の中で、覚りは特に実例が少ない。

 それは、聖典のように覚りの力を悪用される可能性があることに、異能者自身が気がつくからだ。

 そして、人間の本音を知ってしまうことで、人間不信に陥りやすい。

 信じていた人に嘘をつかれていることを知り、心を壊す覚りは多い。

 鳥町や兜森のように、使い方次第で簡単に他人を殺してしまうことができる異能とは違い、覚りは自分自身の心までも殺してしまう。


「覚りが一番恐れているのは、同じ覚りの異能者じゃないっスか? それなのに、聖莉ちゃんの身には何も起きてないっスよね? 怪しい人が訪ねてきたとか……」

「それは……確かに」


 聖莉が遭遇した公園でグミを配っていた不審人物二人は、今年の春に逮捕された子供を狙った誘拐犯であることが判明している。

 すでに犯人が捕まっているため、とくに周辺の警備を厳しくするようなことはしていないが、不審な人物が現れれば、聖莉が気がつくはずだ。

 聖莉が聖典の会社に行ってから一ヶ月以上立つ。

 家族と、《異能》犯罪対策室の人間しか、聖莉が異能者であることは知られていない。


「何か……理由があるんじゃないか? 例えば……ほら、欠陥とか」

「欠陥……?」

「異能には欠陥付きの場合が多いんだろ? 同じ覚り同士だと心が読めないとか……?」


 同じ異能であっても、人によって違いがある。


「そんな都合のいいことあります?」

「いや、わかんねーけど……」


 あの聖典の異能に欠陥があるなんて考えもしなかった。

 しかし、翌日、警視庁の会議室で行われた真日本人教幹部との作戦会議の場で、兜森の予想が当たっている可能性が高いことが判明することが判明する。



「————八咫烏の主導者が、御船聖典?」


 思いもしなかった人物の名前に、御船百合子はひどく動揺していた。

 八咫烏のリーダーが、セーテンと名乗っていることは知っていたが、自称だと思っていたからだ。

 本当の孫の御船聖典は、行方不明になっていることを当時の幹部や一部信者なら知っている。

 そこから情報が漏れて、名前を利用されているだけだと……

 その聖典が覚りに目覚めていたことを考えると、百合子には一つ思い当たることがあった。


聖人あきひとさん……きっと、あの人と同じね」

「アキヒトさん……? 誰っスか?」

「私の夫だった人よ。あの人————御船聖人は覚りの異能者一族の末裔だったわ」


 御船家は、異能者同士が結婚する傾向にあった。

 その覚りの血を守るために。

 飛鳥時代から続く異能持ちの血筋で、陰陽師や呪詛師、拝み屋、奇術師など時代によって呼び方は様々だったが、明治の終わり頃にはすっかりその勢力は衰えてしまう。

 大陸からきた民族たちと混ざり合い、調和してきたこの国で異能者の血は弱まり、その能力に目覚める人は希少で、御船家でもごくわずかな人間しか遺伝されなかった力が、覚りだ。

 御船聖人は、数十年ぶりに生まれた覚りの異能に目覚めた男だ。


「あの人の異能には欠陥があった。性別の違う覚りの心は読めない」

「え……?」

「あの人以外に、別の家で生まれた覚りの女がいてね————全く心が読めないの。あの人の曽祖父も、同じ欠陥を持っていたそうよ」


 それは、聖典が確かに御船家の人間であるという証ともいえる欠点だった。

 しかし、おそらく聖典はそのことを知らないだろうと百合子は感じていた。

 その覚りこそ、百合子がずっと探していた異能だ。

 

「あの子が、生きていたのね……よかった」


 予想通り、自分の孫である聖典にその異能があることを知り、思わず口元が緩む。

 恋い焦がれていたあの異能が、きちんと受け継がれていたことが嬉しくてたまらなかった。

 

「でも、聖典は真日本人教を潰そうとしているみたいっスけど……何か心当たりは?」

「…………」


 ところが、それから百合子は、鳥町の質問に答えなかった。

 それどころか、急に疲れたと言って退席する。


「私ももう歳でね……後のことは、この冷上に任せるわ。冷上……————」

「はい、教祖様」

「あとは頼んだわよ」

「かしこまりました」


 ずっと御船百合子の後方に立っていた、謎の若い男の名前がわかって、兜森は固まる。

 明るい茶色の髪と緑の瞳。

 黒いタートルネックに茶色のチェスターコートを羽織った外国人。

 着物を着ている御船百合子とミスマッチの風貌で、SPかと思っていたが、その特徴的な名前には聞き覚えしかなかった。


「真日本人教秘書官の冷上慧留えると申します。ここから先は、教祖様に代わり私が対応させていただきます。相手が覚りであるのなら、覚り対策をしなければなりません。我々真日本人教徒には、様々な異能をもった方々がいらっしゃいます。とりあえず、リストをご用意しましたので、どうぞこれらの異能を活用してください。ちなみに、私の異能は名前の通り霊が見える霊視です」


 あの夏の日、急にいなくなった慧留が————美少年だったあの慧留が、当時の面影が全くないくらい大人になって、目の前にいる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る