第72話 平成三十五年十二月三十一日
◇
平成三十五年十二月三十一日。
聖典は自社ビルの最上階で、非異能者たちによる『異能者狩り』の動画を見ていた。
八咫烏で異能者による犯罪に協力し、異能者に対する負の感情を国民に抱かせ、真日本人教や異能者たちが排除されるよう仕掛けた彼の作戦は、ここまで順調にきている。
SNS場でわざと出回るように仕掛けた、異能者リスト。
そこに書かれている人物が次々と、反異能者を掲げる若者たちの歪んだ正義感によって粛清されていく。
その中には、鳥町が助けた男の娘いよかんもいた。
教団が警察に協力するというのは予想外ではあったが、そんなものは一時しのぎでしかないことを、聖典は知っている。
彼らは八咫烏こそ悪だったと主張を続けるだろう。
「異能者は、その力を自分ではなく他者を助けるために使いなさい」というのが、真日本人教の理念となっているが、結局のところ、人間は自分のためにしか力を使わないということを、聖典は幼い頃から実感していた。
どんなに綺麗事を並べても、心の中は己の欲しかない。
他人のために力を使うことも確かにあるだろう。
しかし、彼らはそれが巡り巡って自分に返ってくることを知っている。
自分が助けてやったという優越感に浸る者もいれば、衝動が抑えられず、異能を使って自分の欲を満たそうとする者もいる。
幼い頃、そういう自分の欲を満たそうとする者に殺されかけてから、聖典は覚りに目覚めた。
人の心が読めるようになったことで、それまで自分の母だと思っていた女が、他人だと知った時はどれだけ悲しかったことか……
病でほとんど寝たきりだった父も、聖典が覚りの能力を十分に使いこなせるようになる前に死んでしまった。
唯一の血縁者は、祖母の百合子しかいない。
誰よりも偉大で優しかった百合子も、心の中は己の欲で埋め尽くされていた。
「聖典、あなたが大人になったら、きっと、お祖父様と同じ力に目覚めるでしょう。私はその時を待っていますよ」
聖典を膝の上に乗せて、頭を撫でながらそう言っていた百合子が、何を考えているのか知った時、どれだけショックだっただろうか。
百合子がずっと追い求めているこの覚りの異能。
この世に生まれ出た時から、聖典の未来は決まっていた。
真日本人教の教祖の孫。
百合子の肉体の死後、魂の入れ替えができる異能を持つ教団幹部の手によって、聖典の魂と入れ替えられる。
愛した男の異能である覚りを持つと予言され、生まれてきた聖典は、百合子にとって愛しい孫ではない。
ただの、永遠に生きたいという欲望を満たすための道具だった。
魂の入れ替え後も、百合子の異能を付与する異能は継続されるらしい。
人の心を読む覚りの力も、何もかも手に入れて、理想の姿になる。
それが百合子の目標だった。
誰にも愛されていないという絶望感。
それでも、子供のうちはどうしたって大人の助けが必要だった。
十分に成長するまで、何も知らない、純粋無垢な普通の子供であることを演じなければならないと悟った聖典は、すでに異能に目覚めている事実を隠して生きてきた。
周りの大人たちは異能者だったが、誰一人聖典と同じ覚りの力は持っておらず、信者の子供たちは大人になるまで異能を付与されることはない。
ただ、教団が唱える教えを幼い頃から植え付けられるだけだ。
聖典の抱えていた孤独感は、誰にも計り知れなほど、暗く、重く、心を歪めていくのには十分だった。
小学生になってからは、覚りを使って色々な実験をしたことがある。
同級生や担任教師の心を壊して、一人で遊んでいた。
そんな中、教団本部の移転に伴って引っ越した学校で、二年生の秋に鳥町璃子と出会う。
自分と同じ、子供の異能者。
自分と同じ、実の両親から愛されていないと感じている孤独感。
これは運命だと思った。
ずっと一緒にいたいと思った。
嘘偽りなく、素直に気持ちを打ち明けてくれる鳥町璃子を愛おしく思うようになっていた頃、あの事件が起きた。
聖典にとって、異能者が自分の欲望を満たす為に異能を使うことは普通のことであったし、そこまで重要なことだとは思っていなかったが、あの事件が起きたせいで、鳥町璃子は聖典の前から離れて行った。
聖典は自分から大好きな璃子ちゃんを奪うきっかけとなった、事件を起こした犯人を恨んでいたし、その犯人が信者であるというる理由から助けた真日本人教も恨んだ。
自分から何もかも奪っていく教団に腹が立った。
だが、まだ子供の自分には何もできない。
これ以上何も奪われないようにするにはどうすべきか、余計な人の心が聞こえない山の上で考えることが多くなる。
そして、高校生になって、偶然出会ったのが異能に目覚めたばかりの高橋聖典だった。
生き写しのように、自分とそっくりな顔。
覚りであることも同じだった。
「こんな奇跡のようなことがあるんだね」と、彼も自分も驚いていた。
そして、人の心がわかるようになってから、異能の調整ができずに次々と流れ込んでくる他人の心の声に悩まされ、疲れ果て、死のうとしていた高橋聖典にある提案を持ちかける。
《どうせ死ぬつもりでいるなら、もう少し待って欲しい》
言葉を口に出さずとも、通じ合う二人は、高校卒業後に入れ替わる。
山から落ちて滑落死した高橋聖典に笑顔で手を振って、御船聖典は御船百合子の前から姿を消した。
そうして、高橋聖典として生きるために、彼の養父母を事故に見せかけ殺害。
死亡保険で大金を得ると、その金で大学へ入学し、企業。
その間、同じく真日本人教に恨みを持つ同志と八咫烏を作った。
異能者が非異能者に殺される。
数が増えすぎた異能者を教団ごと一掃するのが、聖典の目的だった。
真日本人教を潰して、鳥町璃子が嫌っていたものを潰してやった、成敗してやったというつもりだった。
褒めてもらおうと思った。
「君のために、君と過ごす未来のために、僕は真日本人教を潰した」と……
誰にも邪魔されず、奪われず、鳥町璃子と一緒にいたい。
聖典の一番の願いだった。
ところが————
「————は? 璃子ちゃんが襲われた?」
「はい、現状を確認中ですが、非異能者に襲われたらしく……」
鳥町璃子の行動を監視させていた部下から受けた報告に、聖典は驚愕する。
「命には別状がないようなのですが、頭を強く打ったせいか、脳に障害があるようで……記憶が————」
「記憶……?」
「————私が聞いた話では、小学生の頃に戻ってしまったようです。この十五年ほどの記憶がないようでして」
「は……?」
暴走した非異能者による襲撃を受け、鳥町璃子が記憶を失った。
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