最終話 トリカブト


 八咫烏のリーダーが、高橋聖典————正確には、御船聖典という真日本人教の教祖の孫だと判明したニュースが流れたのは、紅白歌合戦が始まる直前のことだった。

 この事件のあらましは、フリー記者の本堂友哉の記事により、世界中に広がる。


 騙されたことを悟った非異能者たちの怒りは、結局すべて真日本人教に向けられることになった。

 後日行われた会見の場には教祖である御船百合子は、体調不良を理由に出席せず、代わりに幹部である喜奥肇が夫婦で対応にあたるも、冷上をはじめとする育成するプロジェクトの元メンバーたちから告発により喜奥肇による性加害が発覚。

 自慢の夫が一夜にして犯罪者となってしまい、失望した喜奥恵は息子を連れて家を出ると、実家で少し遅い正月休みを満喫していた兜森を訪ね、家族一緒に三人で暮らさないかと提案。


 しかし、そんな都合よくことが進むはずもなく……


「あんたのことを母親だなんて、俺は認めない。俺にはあんたなんかより大事な家族がいる。それが誰かもうとっくにわかっているんだろう?」

「それは……でも、圭ちゃんを生んだのは私なのよ? 手放すことになってしまったけれど、本当は、圭ちゃんのことをずっと……」

「とにかく、関わりたくないから帰ってくれないか?」


 隣に立っていた無愛想な弟を睨み付けると、兜森はピシャリと玄関口のドアを閉めた。


「待って!! 待ってよ、圭ちゃん!! ママの話を聞いて! ねぇ、圭ちゃん!!」


 大きなため息を吐いて、兜森はキッチンに向かう。


「————圭ちゃん、話は済んだの?」

「とっくに終わってる。継母かあさん、塩くれ」

「塩……?」


 よくわからないまま、美香子が塩の入ったケースを手渡すと、兜森はもう一度玄関を開けて、まるで悪霊の除霊でもするかのように、塩をまいた。


「さっさと帰れよ、クソが。二度とそのツラみせんじゃねーよ」


 その様子を見ていた舞は、腹を抱えて笑う。


「お兄ちゃん、それ最高じゃん! 私にも貸して」

「おう、やれやれ!」


 一緒になって塩をぶつけ、何事かと近所の人たちが集まって来る。

 あの最悪の記者会見で顔が広く知られてしまった恵は、顔を真っ赤にしながら退散していった。


「二度と来るな、バーカ!!」



 いい歳して、子供じみたことをしてしまった気がするが、なんだか肩の荷が下りたような、そんな気がする。

 そこへ、本堂から電話が来る。


「おう、なんだ? どうした? お前、今日、デートじゃなかったのか?」


 兜森は約束通り、鳥町を本堂に紹介してやったのだ。

 それが、今日。

 昨日あれだけ浮かれていた声が沈んでいる。


『いやーそれがさぁ……確かに、顔も————なんだったら、話を聞いた感じマジで真珠様の娘さんなんだと思うんだけど……思ったんだけど……』


 本堂曰く、伝説のアイドルである真珠様は、清楚系アイドルだった。

 しかし、いざ、鳥町と会ってみるとそのギャップにがっかりする。


『めっちゃギャルじゃん!! そして、めっちゃ食うし!! パスタ食った直後にパフェ食ったと思ったら、今度はカレー注文したし、それにフライドポテトを味噌汁に沈めて食うとか、どういうこと!?』

「いや、それは……————ん? デートじゃなかったのか? またファミレス行ったのか?」

『いや、だから、カフェで待ち合わせして、その後イタリアンでパスタ食ったんだよ。締めにパフェが食べたいっていうから、一番近いファミレスに行ってだなぁ……』


 とにかく見ているだけで気持ち悪くなるような、謎の組み合わせと食べ方をされて、引いたらしい。

 これまで、そういう機会は全部裏で聖典に潰されていたため、男とデートなんてしたことのない鳥町は、とにかく自由だった。

 一応、超お嬢様で、仕事の上ではTPOをわきまえている女だが、プライベートとなるとめちゃくちゃだ。



『あと、なんで一人称なんだよ!!!!』


 本堂は、そこが一番嫌だったらしい。


『どうなってんだよ!! 顔は真珠様なのに!! 中身が全然違うじゃねーか!!』

「いや、そりゃそうだろう。別人なんだから」

『お前、なんでそんな冷静でいられるんだよ!! 兜森!!』

「なんでって……まぁ、慣れてるから」


(いちいちツッコミ入れても、こっちが疲れるだけだしなぁ……)


 この日以来、本堂は鳥町の一切話をしなくなった。




 *



「え? それってあーしが悪いんスか?」

「悪いだろう。せっかく、男紹介してやったのに……」

「そもそも、必要としてませんし……ってか、食べ方がどうとか、酷くないっすか? そんな、ありのままのあーしを愛せない男なんて、こっちから願い下げっスよ」

「お前なぁ……!!」


 正月休み明け早々、いつものように揉めている二人を見ながら、千は全然包みが開けられないチュッパチャップスと格闘していた。

 そろそろ補充しないとなぁ、なんて、思いながらめくれないフィルムに遊ばれていると、茶木刑事が飛び込んでくる。

 八咫烏も真日本人教も解体されたが、異能者による犯罪はまだまだ日本中、世界中で起こっているのだ。


「失礼します!! あの……あれ? 喧嘩中ですか?」

「いやいや、いつものことだよ。放っておいて大丈夫。気にしないで……」

「はぁ……」

「それで、君がここへ来たってことは、何か事件かい?」

「え、ええ。それが、異能者によるものではないかということで————トリカブトの二人に持っていけと」


 茶木は、捜査資料を千に渡した。

 数日前に都内で起きた、奇妙な死に方をしている若い女の死体が見つかっている事件だ。


「冬なのに熱中症で亡くなってるみたいで……」

「それはまた、珍しい事件だね! ————ところで、トリカブトって何だい?」

「ああ、伊振警部が……《異能》犯罪対策室って長いし、いうのが面倒だからって。鳥町警部と兜森さんの苗字からとって————あと、ほら、トリカブトといえば毒じゃないですか。できれば関わりたくないって意味も込めてあるそうです」

「あー……なるほど。え、それに僕は含まれてないの? ちょっと寂しいなぁ」

「あ! そうですよね! すみません、伊振警部にもっといい呼び方を考えてくださいって伝えておきますね!!」

「いやいや、そこまでしなくてもいいよぉ」


 結局開けられなかったチュッパチャップスは茶木に渡して、千はまだ言い争っている二人に声をかける。


「ほらほら、二人とも。事件だよ」

「だから、あーしは悪くないって言ってるじゃないっスか!!」

「鳥町くん」

「それじゃぁ、俺が悪いっていうのかよ!?」

「兜森くん」

「そうっスよ!! 兜森さんが全面的に悪いっス!!」

「なんでそうなる!? どういう理屈だ!!」


 しかし、何をそんなに白熱しているのか、千の声は届いていない。


「やれやれ……」


 二人の争いが治るまでしばらく待とうと、駄菓子コーナーを物色することにする。


「チーズの方が美味いっスよ!! おかずにご飯だって食べられます!!」

「バカ言え!! それを言うなら、めいたい味の方が美味いに決まってるだろうが!!」


 甘いものがいいか、しょっぱいものがいいか……




「————いや待って、それ、なんの話?」

「「うまい棒です」」





【Case8 異能者襲撃事件 了/トリカブト〜警視庁刑事部《異能》犯罪対策室〜 完】



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