第75話 崩壊


 福来彩香が聖典と出会ったのは、高校生の頃だった。


 あの悲惨な事件により、姉を失い、犯人は逮捕されたものの真日本人教の信者であったことから死刑はならならない。

 たった十五年。

 心を痛めた父は酒に逃げるようになり、ひどい時は暴力まで振るうこともあった。

 両親は離婚。

 あの事件のせいで家庭が崩壊したと、彩香は真日本人教と異能者の両方を恨むようになる。


 福来が中学生の頃には、生活がうまくいかず借金を背負い、母親はホステスになったのだがその店が暴力団と深いつながりがある店だった。

 懸命に働いた母親は、その暴力団の男の女と揉めてた際に後頭部を強打し、打ち所が悪く死亡。

 女は逮捕されたが、一人になった福来は母親に似ている顔が気持ち悪いと関係者から酷い扱いを受け、執拗に追われるようになった。

 顔を見れば生意気だと殴られ、このまま死ぬのかと思った時、異能に目覚める。

 自分の顔も他人の顔も自由に変える異能だった。


 姉を殺した上部と同じような異能であることが、耐えられなかったが一度目覚めてしまった異能は、どうすることもできない。

 仕方のないことだが、異能で自分の顔を変えたおかげで、あの地獄のような日常から解放されたのも事実だ。

 そして、顔を変えたおかげで芸能事務所からスカウトされ、通うのは難しいと思っていた高校にも通えることになった。


 アイドル育成のための養成所に入ったが、総合プロデューサーから指導というセクハラにあい、絶望する。

 しかも、そのプロデューサーは真日本人教の信者であることが後からわかり、男というものが心底嫌いになった。

 そんな中、聖典と出会う。


 聖典は福来が異能者であることに関心を持ち、真日本人教を恨んでいるという同じ目的を持つ同志だと言った。

 覚りの力を持つ聖典の上手な誘導によって、福来は聖典を尊敬するようになり、もともと頭が良くなんでもそつなくこなせるタイプの人間だった彼女は、すぐに聖典の右腕になった。


 そして、鏡の中を移動できる加賀は、元は真日本人教の元信者。

 しかし、彼女が信者だったのは真日本人教の信者である両親の影響が大きい。

 本人の意思とは関係なく、親に言われるまま御船百合子によって、十八歳の時に異能目覚めたものの、当時付き合っていた男に異能者になったことを打ち明けた途端、優しかった態度が急変。

 酷い別れ方をして、後から彼が過去に異能者による犯罪に巻き込まれていたことを知る。

 自分にとって当たり前で、目覚めることを誇らしいことだと思っていた異能を否定され、絶望していたところで聖典と出会い、八咫烏の一員に加わった。


 他の八咫烏のメンバーも、理由は様々だが、異能者による被害。

 特に、真日本人教による犯罪に巻き込まれ、同じ異能者でありながら異能者を恨む立場となった若者ばかりだった。

 中には真日本人教の幹部の娘もいる。

 聖典が真日本人教に疑念を抱いている者、恨みを持つ者を覚りの力で見抜き、言葉巧みに誘導し、八咫烏に引き入れたのだ。


 八咫烏の全てを把握していた福来の逮捕により、各地にいた八咫烏のメンバーたちの居場所が判明。

 次々と逮捕されていく。


「————ところで、お前の異能は人間は収納できないんじゃなかったか?」


 兜森は、入院服からいつもの就活生のようなグレーのスーツに着替えて出てきた鳥町に尋ねた。

 以前、足壁を運ぶのに、鳥町の異能で運べば早いのではないかと提案した時、はっきりと「生命体はしまえません」と言っていたことと矛盾している理由を知りたかったのだ。


「しまうことはできるんス。でも、あーしの異次元の中は、時間の流れが違うんスよ。多分、4倍くらい速いんス」

「4倍?」

「ずっと前っスけど、二日間あーしの異次元にしまっておいた男は、取り出した後、二日間飲まず食わずというより、四日〜五日間飲まず食わずの状態だったかのような状態で出てきました。それと、あーしのママは……————」

「ママ……?」

「いや、この話はどうでもいいっス。まぁ、要するに、あーしの異能は生き物を収納するには向いてないんスよ。もし収納したことを忘れて放置していたら、確実に死ぬんで」

「…………それじゃぁ、聖典も殺すのか?」

「まさか! まぁ、殺したいほど大嫌いですけど、殺人はダメっスよ! 刑事なんスから!」


 鳥町はいつもの調子で笑っていた。

 警視庁に戻り、数時間後に取調室で聖典を取り出した時も、勝ち誇ったように。

 しかし、事情聴取が始まると、明らかに疲弊していた様子の聖典は笑う。


「僕、璃子ちゃんの中に入れたんだね。真っ暗で、静かで、誰の声も聞こえなくて……最高だったよ。ふふふふふふふっ」


 常に誰かの心の声が聞こえている状態にある聖典にとって、鳥町の異次元は誰もいない空間で、居心地が良かったらしい。

 腹は減るし、喉も渇いたが、鳥町の中にいるんだと思うと、それだけで幸せだったようだ。


「…………」


 それが気持ち悪くて、一気に鳥町の笑顔が引きつる。


「鳥町、こいつキモすぎる。もう一日くらいしまっておいたらどうだ……?」


 兜森も、そのあまりのキモさに引いた。


(本当に、この女の何がいいのかわからん……)



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