Case6 幽霊屋敷死体遺棄事件

第46話 母親


 兜森圭が生まれたのは、一月に阪神・淡路大震災、三月には地下鉄サリン事件が起きた平成七年の四月十一日のことである。

 父・たかしと母親の二人とも名前が音読みで『ケイ』と読むという理由で圭と名付けられた。


 当時、敬は大手弁護士事務所に就職したばかりで、仕事が忙しく育児はほぼ母親に任せきり。

 一人では大変だろうと、最初は母親の姉が育児を手伝いに来てくれていたのだが、交通事故に巻き込まれ入院していしまい、結局一人で圭を育てることになったのだ。

 しかし、料理以外の家事は苦手だった母親は、初めての子育てに追われて次第に家事に手が回らなくなり、産後鬱気味だったこともあり家の中はめちゃくちゃに。

 敬が実家での同居を提案したが、姑と気が合わないことがわかっていた母親はその提案を拒否。


 週に何度か家政婦を雇うことで、家事の問題は解決したのだが、逆に時間に余裕ができた母親は、Windows95搭載のパソコンを手に入れると、当時ブームでもあった都市伝説や超常現象、心霊、占い、オカルトなどに興味を持ち、のめり込んでいってしまう。

 だんだん子育てよりそちらに夢中になり、敬が帰宅するやいなやまだごく一部の人間しか使っていなかったインターネットを通じて仕入れた都市伝説や世界各国で起きた怪奇現象の話を楽しそうに話して聞かせるようになっていた。


 敬は仕事で使う為に買ったパソコンをそんな怪しいものに使うなんて……とも思ったが、母親はそういうオカルトやらスピリチュアルな話をしているととにかく上機嫌になっていたため、あまりきつく注意することはしなかった。

 ところが……


「あなた、大変よ! 1999年の七月に、人類が滅亡するわ!」


 ノストラダムスの大予言。

 母親はその都市伝説を本気で信じ、恐れていた。


「なに馬鹿なことを言ってるんだ? そんなこと、起こるわけがないだろう?」

「本当よ! そうでなきゃ、説明のつかないことが世界中で起こっているのよ? 日本で起こったあの大地震も、サリン事件も、その前兆よ!!」


 敬は占いも、幽霊も信じない。

 全くそういう類には興味がない人間だったため、母親がどんなに危険だと恐れていても、そんなことが起こるわけがないと思っていた。

 ところが、いつの間にか家には魔除けだとか、厄除けのためだとか、わけのわからない龍の模様が入った壺や数珠、護符などがどんどん増えていく。

 その母親の趣味のせいで、世の中はバブル崩壊後で景気が悪いと言われている中、一応、高級取りで生活に余裕のあった兜森家の家計が傾き始める。

 母親はいつの間にか家政婦を解雇し、その分を補填して隠そうとしていたが、ハイハイができるようになった圭は家中を動き回るようになっていて、より一層目が離せない。

 元々得意なのは料理だけで、掃除洗濯は苦手だった母親が一人ですべて完璧にこなせるはずもなく……


「おい、なんなんだよこれは!!」

「ちょっと! 何するのよ!! 壊れたらどうするのよ!! この置物は貴重なものなのよ!?」


 再び荒れ放題の家の中で、敬は高額のカード請求書を発見。

 壺も置物も、全てがありえないほど高額の商品だった。


「全部、人類が滅亡しないようにしていることなの。私たち人類が、みんなで力を合わせて、災いからこの星を守らなくてどうするの?」

「いい加減にしろ!!」

「このままじゃ、圭ちゃんは三歳までしか生きられないじゃない!! 1999年の七月まで時間がないの!!」

「だから、そういうのはもういいって!!」

「何よ!! 私は、みんなのことを思って!!」

「みんなって、誰だよ!!」

「人類に決まってるでしょう!?」


 圭が二歳の誕生日を迎えた頃には、夫婦の仲は完全に冷め切ってしまう。

 このままでは圭の教育に良くないと、敬は圭を連れて実家に戻った。

 母親は圭を取り戻そうと実家を訪ねたが、姑が「しばらく距離を置いたほうがいい」と諌められる。

 敬も心を入れ替えてくれるなら戻ろうと思っていた。


 ところが、その翌年、平成十年八月、御船百合子が現れる。

 本物の超能力者の登場に、日本中が騒然となった。


「これよ……! これだわ!」


 まさに、自分が手に入れたいと思っていたものが、今、現実にある。


 この母親がまだ当時『大日本超常現象研究所』という名前だった『真日本人教』に入信するには十分な理由だった。

 反省するどころか、御船百合子の登場により一層そちら側に行ってしまったのだ。


 これはもうダメだと察した敬は、その年、離婚。

 裁判になったが、敬は大手弁護士事務所の弁護士だ。

 親権も養育権も敬が勝ち取り、圭との接見も禁じた。

 圭には、母親は死んだということにした。



 一方、もう二度と自分の息子に会うこともできないと、悲しみに暮れた彼女は自殺を図ろうとしたが、そこへ百合子が手を差し伸べる。

 生きるために、彼女は百合子から与えられた異能を使い、いつか息子とまた会える日を夢見て、国家資格を取ることにした。

 元夫に負けないくらい、立派な職業に就こうと……

 母親の自分に社会的信用と経済力さえあれば、息子を取り戻せるかもしれないと……


 目覚めた異能は、瞬間記憶。

 まるでカメラで撮ったように、一度見たものは忘れない。


 しかし、欠陥付き。


 異能に目覚める前に出会った人々の顔が、思い出せない。

 自分の息子の顔を、彼女は思い出せなくなってしまっていた。

 それでも、毎日、毎日、一枚だけ残っている生まれたばかりのまだ目も開いていない頃の息子の写真を毎日見つめる。


 「圭ちゃん、圭ちゃん、私の圭ちゃん、ママだよ。ママね、今日、試験に合格したよ」


 いつかまた会える日を願って、毎晩眠る前に話しかけていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る