第66話 さとり
その場にいた客を全員帰らせた後、鳥町は詳しく聖莉から話を聞いた。
実は家族の誰も、聖莉が異能に目覚めていたことには気が付いていなかったが、鳥町はその異変に気がついていた。
まるでこちらの心の声が聞こえているのではないかと思うような、どこか大人びていて、先回りした行動をする様子が、子供の頃の聖典の姿と似ている気がしたからだ。
「やっぱり……前に一度、室長と一緒に来た時から、そうじゃないかと思ってたんスよ。いつから……?」
「去年だよ。おじいちゃんにランドセルを買ってもらって、自慢しにお友達のお家に行ったの。その帰りにね、公園にいたおばあさんがみんなにグミを配ってた。オレンジ味のグミだったんだけど、一つ食べたら体が痺れて……」
一時的体が動かず、聖莉は死ぬと思った。
そこへ、別の男が助けに入る。
「すぐにこれを飲みなさい。そうすれば、助かるから」とペットボトルに入った花のような香りのする透明な液体を渡された。
「でも、その時、聞こえたの。心の声。『さぁ、早く飲め。これでお前は僕のものだ』って……」
聖莉は頑なに飲まなかった。
そうしている内に痺れはなくなって、動けるようになった頃、ちょうど見回りをしていたパトカーが公園の前を通って、男とおばあさんは逃げて行ったらしい。
「その話、おじいちゃんやお母さんにはしなかったの?」
「だって、体は元に戻ったし、それに、聖莉ランドセルが嬉しくて忘れてたけど、知らない人から食べ物をもらっちゃダメだって幼稚園の先生が言ってたの思い出して……誰にも言わなかった。おじいちゃんはお店の経営で忙しいし、ママも……————聖莉の本当のママじゃないってわかったから」
「……え? どう言うことでスか?」
実は、聖莉の本当の母親は、この店で働いている二人の娘のどちらでもない。
店主である
今は、長女夫婦の娘ということになっているが、末娘の
「莉央は……聖莉の本当の母親は、この子が生まれて一年もせずに死んだんだ。もともと、体の弱い子で……————」
まだ十七歳だった。
十六歳の時に妊娠し、家族に妊娠を打ち明けた時には、すでに降ろすことは不可能。
さらに、莉央は父親が誰かは決して言わなかった。
「莉央が死んだ後、遺品整理をしていた時に見つけた日記で、やっと父親が誰かわかってな……そいつの家に会いに行ったさ。相手もまだ未成年だった。だから保護者に話した方がいいと、尋ねたら言われたよ。これから大学受験で大変な時期だから……って、本人には会えずに、金だけ渡された。本人に告げるつもりもないし、認知するつもりもないとハッキリ断られた」
その父親が、高橋聖典。
聖莉にはずっとこの事実を隠しておくつもりでいたが、最近になって高橋聖典がテレビやメディアによく出るようになった。
まさかその本当の父親が批判している異能に自分の娘が目覚めているなんて、思いもしていないだろう。
「千、どうしたらいい? 聖莉が異能者だなんて……」
「木場……」
うなだれる木場に、千はなんと声をかけるべきか迷っていた。
今、異能者の立場はあまりいいものとは言えない。
それも覚りだなんて……
もっとも多いとされる霊視ならまだしも、覚りは特別な異能。
ベストセラーとなっている御船百合子の著書でも、特別な異能だと書かれている異能の一つだ。
「大丈夫だよ、おじいちゃん。聖莉が異能者だって、気づいたのは璃子ちゃんだけだよ? 今まで、学校の友達にも、家族にも今まで気づかれなかったし。隠しておいた方が、いいんでしょ?」
聖莉はすべてわかっていた。
異能者であることを、容易に明かしてはいけないこと。
異能者であることを受け入れられる社会になるまで、まだ時間がかかること。
そして————
「聖莉の異能が、悪い人を捕まえるのに役に立つならいつでも協力するよ、璃子ちゃん」
「どうして……?」
「だって、璃子ちゃんの異能、ドラえもんみたいで面白いもん。ちょっとだけ危険だけど————」
そう言って、聖莉は無邪気に笑った。
その笑顔が、あの頃の
◇
「それじゃぁ、皆さん、スタンバイお願いします!」
同時刻、生放送のネット番組の準備が進んでいた。
地上波ではないが、今の時代、リアルタイムの視聴率は気にする必要がない。
そのあとの配信で、どれだけ再生数が回るか……だ。
その番組のプロデューサーは、かつてUFOやUMA、地球外生命体などを扱う番組のスタッフだった。
御船百合子をはじめとする異能者の出現で、すっかりそう言った宇宙をテーマにした作品は下火になってしまったが、ネット上ではまだまだ人気のコンテンツ。
この番組に、近々話題になっている反異能派の高橋聖典を呼んだのは、彼の影響力を利用して、異能者排除へ向かわせるプロパガンダ。
プロデューサー自身、真日本人教徒であることを隠しながら自分を追い越して出世して行った後輩たちを強く恨んでいた。
そんな番組が順調に進んでいる中、一度CMに入った時、高橋聖典は急に席を立つ。
彼を気に入っていたプロデューサーは、彼の動向が気になってつい後をつけてしまう。
帯同していた目元が綺麗な美人秘書と一緒に、彼が向かったのは楽屋だった。
「そんなもの盗んで、どうするつもり?」
「す、すみません……これは、その……た、頼まれただけで……」
「僕のDNAを取って来いなんて、妙な指示を出す奴がいたものだね」
聞こえてきた会話が気になって、ドアの隙間からこっそり中を覗くと、なぜか新人ADの佐藤が飲みかけのペットボトルを持っている。
ジップロックの袋に入れた状態で……
「真日本人教? それとも、璃子ちゃん?」
「り……リコちゃん?」
「ああ、璃子ちゃんじゃないのか。そっか、じゃぁ、真日本人教の方かなぁ、やっぱり。彩香————」
「はい」
「こいつの顔……そうだなぁ、僕の顔と同じにして、真日本人教の本部にでも捨てといてよ」
「かしこまりました」
秘書が佐藤の顔に触れる。
「なっ……何を……っ!!!?」
すると、佐藤の顔の形状が変わってゆく。
目と鼻と口が、渦巻きのようにぐちゃぐちゃに混ざり合って、右回転。
彩香が顔の前で二度、パンパンと両手を叩くと、佐藤の顔が高橋聖典と全く同じ顔に変わった。
佐藤が鏡に映った自分の顔に驚いている間に、その鏡から人間の腕が突然生えるように現れ、腕は佐藤を鏡の中に引きずり込んだ。
「わあああああぁぁぁぁぁ……」
楽屋から佐藤は消えて、高橋聖典と秘書だけが残る。
「————さて、もう一人いるね」
そう言いながら、こちらに向かってくる二人。
それが自分のことだと気がついて、プロデューサーは逃げ出した。
「何が……反異能者だ……!! 異能者じゃないか!!」
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