第65話 第六感


「本当にありがとうございました」

「いえいえ、困っている皆さんを助けるのが、あーしらの仕事っスから!」


 男に刃物を突きつけられていた若い女の子は、飯世いいよ寛太かんたという男の娘だった。

 という名前で動画配信をしたり、アイドル的な活動をしているらしい。

 どこからどう見ても女の子にしか見えないので、鳥町は免許証を三度見くらいしてしまったが、とにかく、大した怪我をしてなくて本当に良かったと思った。


「最近どうも後をつけられている気はしていたんです。まぁ、まだそこまで有名ってわけでもないですが、一応、顔を出して活動しているので……」

「犯人の男に見覚えは?」

「ありません。本当に、突然のことで……たった今、警視庁の方に相談しに行くところだったんです。それで電車を降りたところで、刃物を突きつけられて……次に来た電車にもう一度乗れって脅されて……」

「警視庁に相談? え、何かあったんスか?」


 犯人の男は兜森に任せ、事情を聞くため歩きながら警視庁に戻っていると、飯世は今朝届いたメールを鳥町に見せた。


「『異能者は殺してやる』……? え、飯世さん、もしかして……」

「私、異能者なんです。といっても、普通の人より第六感が優れているというか……勘がいいだけの異能なんですが」


 異能者であることは、公表している事実で、占い師的なことをよくしていたそうだ。

 選択肢がいくつかある中で、どれを選べば成功するか、その勘が異常に当たるので、恋愛相談や物件、洋服まで、なんでも決めかねている優柔不断な視聴者たちのお悩み相談企画が今の所一番再生回数が伸びているのだとか。


「今月の初めくらいですかね? ほら、テレビで異能者が犯人だって事件の報道とかよくされるようになって……それで、異能者は国民の敵だとか、排除するべきだとか、そんなことを言う人たちが増えて来ていて……きっと、このメールも、その一種だろうと思ったんですけど、私の勘が警察に行った方がいいと判断したので……」

「なるほど。それで、この駅で降りたんスね?」

「はい。初めは、どこに相談したらいいかわからなくて……近所の交番でお話ししたんですけど、私が異能者だって言ったら、警視庁本部の方に《異能》犯罪対策室っていう、異能者に関する事件専門の機関があると教えていただいて……」

「わーぉ! なんて偶然! まさに、あーしらの所属してるところっスよ」

「え!? そうなんですか!?」


 これは飯世の異能によるものだったのだろう。

 いつも最善の選択をすることができる異能によって、飯世は鳥町と出会い、助かったのだ。

 もし、警察に相談する日を今日にしていなければ、飯世は確実に殺されていた。


 警視庁に戻って、犯人の男から事情聴取をしたところ、飯世の言っていた通り一部の非異能者の間で『異能者を一掃するべき』という極端な考えを持つ者たちが多くいることが判明した。

 犯人のこの男は、過去に異能者から酷い扱いを受けたらしく異能者を恨んでいて、この考えに賛同。

 彼の他にも、異能者を排除しようと襲撃を企んでいる者はかなりいるようだ。

 一応、犯人は捕まったものの、異能者であることを公表している以上、飯世はまた狙われる可能性がある。

 相手は非異能者ということで、しばらく見張りに警察官を飯世の自宅周辺に配置して様子を見ることにした。

 飯世は警察官が近くで守ってくれているなら安心だと納得して、自宅へ。


 早退したはずの鳥町と、有休だったはずの兜森がやっと帰れるようになったのは、夜七時を過ぎた後だった。


「あー、もう、結局こんな時間になっちゃたじゃないっスか! 早退できなかった!!」

「仕方がないよぉ、鳥町くん。ところで、体調はどうだい?」

「いやぁ、それが、全然平気っス!!」

「じゃぁ、早退する必要なかったじゃねーか」

「兜森さんこそ、ズル休みだったくせに……!!」

「ズル休みじゃ……室長命令だ!」

「まぁまぁ、二人とも落ち着いて。ちょうど夕食時だし、ちょっと早いけど忘年会でもしようか? あ、そういえば、兜森くんの歓迎会もできてなかったよねぇ」


 特に予定もなく、腹が減っていたため千の提案に二人とものった。

 場所は『創作居酒屋こばち』。

 千の学生時代の同級生が経営している店で、特製餃子鍋が絶品だと有名な店だ。

 店主夫婦と娘二人、孫たちも店を手伝っている家族経営で、アットホームな雰囲気。

 特にテキパキと動く孫娘の聖莉さとりは、まだ小学一年生だというのにしっかりとした女の子で、絶妙なタイミングで注文を取りに来るのが不思議だった。


「聖莉ちゃーん、チャンネル変えてー!」

「いいよ、何番?」

「5チャン!」


 カウンターに座っていた客の一人がそう言うと、テレビ画面に映ってクイズバラエティが、今年起きたニュースを解説する番組に切り替わる。

 兜森も烏龍茶を飲みながらなんとなく見ていると、『急増する異能者による犯罪事件』というテレロップが流れ、解説者の方に高橋聖典が映っていた。


「いやぁ、本当に綺麗な顔してるよねぇ、この人」

「最近よく出てるけど、なんの人なんだ?」

「さぁ、とりあえず異能者を敵に回してはいるわね」


(こいつが今話してる、その異能者テロ組織のリーダーなんだがなぁ……)


 まだ御船聖典が行方不明になっていることを知らない兜森は、客たちの会話を聴きながらそんな風に考えていた。

 なぜ自ら八咫烏や異能者について批判的な意見を言っているのか、理由はわからないが、きっと何か魂胆があるのだろうと……


「こんなに似てるのに、マジで別人なんスかね? あの聖典せいてんが死んだとか……信じられないんスけど」

「……ん? 今、なんて言った?」

「あれ? 言ってませんでしたっけ? 聖典は死んだらしいんスよ。七年ぐらい前に、行方不明者届けが出てて……」

「はぁ!? じゃぁ、あれは完全に別人ってことか!?」


(聞いてないぞ! そんな話!!)


 兜森が詳しく話を聞こうとしたその瞬間、店主は突然テレビ画面を消してしまう。

 それも、電源コードを抜いてまで……


「ちょっと、店長! なんで消すの!? せっかくイケメンが出てたのにぃぃ!!」

「あ、ああ、すみませんねぇ、このテレビ最近調子が悪くてね……!!」


 明らかな嘘。

 店主は激しく動揺している。

 それ以上に、そんな店主の様子を見て、聖莉がありえないことを口にした。


「パパ……? おじいちゃん、今の、聖莉のパパなの!?」

「さ、聖莉……? 何を言ってるんだ? そんなわけ————」

「……やっぱり、そうなんだ」


 聖莉はテレビのコード挿し直して、もう一度テレビをつける。

 画面に映っている高橋聖典の顔を指差して、聖莉はなんども、「パパ」と繰り返した。


 その様子がなんだかとても奇妙で……

 そして、同じく奇妙に思ったのか、隣でビールをガバガバ飲んで、酔っ払っていた鳥町は、席をすっくと立つと聖莉の顔を覗き込む。


「…………」


 鳥町は何も言葉を発さなかった。

 しかし……


「……うん、そうだよ」


 聖莉は答える。


「聖莉はね、人の考えている事がわかるよ——————これって、やっぱり異能ってやつなの? 璃子ちゃん」






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