第49話 黒い女の人
「え……?」
圭は、意味がわからなかった。
慧留が指差した方を見ても何もないし、そもそも、突然そんな話をされて、信じられるものでもない。
「黒い女の人……生き霊が
「いきりょう? は?」
「生き霊って知らない? 生きている人の幽霊」
「……生きているのに? 幽霊?」
「そう。死んでいる人の幽霊とは違う、生きてる人の幽霊。人ってね、すごく強く誰かのことを想うと、生きていてもその人のところにその念だけ飛ばせるんだよ? それも、無意識のうちに」
「それが、俺についてる?」
「そう。黒い女の人」
慧留が言うには、生き霊と死者の幽霊には明確な違いがある。
生き霊には、蜘蛛の巣のような細くて長い糸のようなものが体から出ていて、その先を辿ると生き霊を飛ばしている本人と出会える。
死者の幽霊には、その糸がないのだという。
「まぁ、これの他に幽体離脱ってやつもあるんだけど……」
「ゆうたいりだつ!?」
(————たっちのやつ!)
「その場合は、色が青色なんだよね。圭くんの後ろにいるのは黒いし、糸も出てるから生き霊だよ」
やはり説明を聞いても、圭はピンとこなかった。
見えないのだから仕方がない。
「いや、わかんねーよ。わかんねーけど、本当にその生き霊ってのがいるとして、なんでそれが俺の母ちゃんが生きてることになるんだ?」
「だって、ずっと『圭ちゃん、圭ちゃん、私の圭ちゃん、ママだよ』ってそればっかり言ってるから……」
「はぁ? 声も聞こえるのか? 俺何も聞こえないけど!?」
「うーん、それじゃぁさ、お母さんの写真、家にある?」
「写真……?」
「うん、別人だったらただのヤバイ人の生き霊だからさ、お祓いしてもらいにいけばいいけど……」
(母ちゃんの、写真……?)
言われてみれば、圭は母親の写真を一度も見たことがない。
とりあえず、家に帰ればあるだろうと、その日は慧留を家に連れて行った。
*
「ただいまー!」
圭は玄関で元気一杯に言った。
挨拶だけはしっかりするようにと、厳しく躾けられている。
ところが、いつもならすぐに返ってくる祖母からの「おかえり」が聞こえない。
玄関に祖母の靴がなかったため、どこかに出かけているんだろうと判断して、圭は気にせず慧留を連れて居間に向かう。
居間のすぐ隣には和室があって、大きな仏壇が置かれている。
付け鴨居の上に並んでいる遺影は全部で四枚あるが、圭の曽祖父と層祖母、それから十歳になる前に病気で亡くなった叔母のもの。
もう一枚は、一昨年亡くなった曾祖叔父だ。
あまり気にしていなかったが、この中に母親の遺影がないのは、よく考えたらおかしい。
(なんで、母ちゃんのだけないんだろう?)
遺影を見上げて、圭はそう考える。
しかし、考えてもわからないものに答えは出せない。
「じーちゃーん!!」
一度、廊下に出て、少し階段を下がったところにある半地下にいる祖父を呼んだ。
(わからないことは、じいちゃんに聞くのが一番早い)
「おう、どうしたぁ? 圭」
自分の部屋で趣味のジオラマを作っていた祖父・
いつも作業をしているとき、勇は背中で語る。
振り向くことはあまりない。
「俺の母ちゃんの写真って、どこにあんの?」
「……ん? なんだって?」
しかし、圭の口から『母ちゃん』という言葉が出てきたことで、動揺して思い切り振り向いた。
「いだだだだっ!!」
「えっ!? どうしたの!?」
「お、お前が変なこと聞くから、首を変に捻っちまったじゃねーか。いだだだだ……」
急に振り向いたせいで、首の筋を痛めたらしく手で首を抑えながら、勇は立ち上がり、体ごと圭の方を見る。
「お、なんだ、友達連れてきたんか?」
「そう。こいつ慧留。隣の家の」
「こんにちは」
「ああ、お隣の子か! どっかで見たことあると思ったら……で、えーと、なんだって?」
「だから、俺の母ちゃんの写真。慧留が見たいんだって……」
「はぁ? なんで?」
「なんか、俺の後ろに生き霊っていうのがついてて、黒い女の人?みたいな」
「生き霊……?」
「その女の人の顔と、俺の母ちゃんの顔が同じかどうか確かめたいんだって……」
勇は妙な話にしばらく理解が追いつかなかったのか、キョトンとした顔をしていた。
学校で揉め事があって以来、圭が友達を家に連れてくるのは初めてのことで、新しい友達ができたのかとそこは安心したが、それ以上に母親の写真が見たいと言い出したことに困っているのを隠そうとわざとそういう表情を作って見せたのだ。
圭の母親の写真なんて、この家のどこにもない。
ないものはないし、どうしようかと考えを巡らせる。
「写真……あー写真かぁ、それがなぁ、ないんだ」
「ない? どうして? 俺の母ちゃんなのに?」
「あーあれだ、その、ほら、お前が生まれて、結婚式も挙げずにすぐ死んじまったからなぁ……どこにあるか」
かなり前に一度、聞かれたような気はするが、まだ小学生になる前のこと。
あんなに小さかった圭も来年には中学生になる。
子供騙しはそろそろ通じないだろうなぁと、困っていると、そこへ助け舟のように玄関から大きな声が聞こえてきた。
「あなた、大変よ!!」
祖母・
それも、かなり慌てている様子で……
恒子がこんなに大声を出しているのは珍しく、勇と圭、慧留も何事かとすぐに玄関の方へ移動。
走ってきたのか、苦しそうにハァハァと胸のあたりを押さえながら、恒子は続ける。
「大変なのよ!! 死体が……」
「死体……?」
「女の人の死体が見つかったって!! あの家から!!」
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