第50話 幽霊屋敷死体遺棄事件


 平成十九年に起きた幽霊屋敷死体遺棄事件。

 それは、空き家や廃墟……一部界隈で「幽霊が出る」と言われている幽霊屋敷で次々と遺棄された死体が発見された事件である。


 被害者たちの年齢、性別は皆バラバラで、最初はそれぞれ別の犯人による犯行だと思われていたが、遺棄された場所と生前の被害者たちが皆、自殺を匂わせるような発言をしていたこと、そして、手首と足首に何かで縛られていたような痕が見つかっている。

 被害者は五名。

 その内の一名が、兜森家の所有する空き家から発見された。


「不動産屋さんから連絡があって、なんでも最近、空き家に死体が捨てられている事件が起きてるって話でね……を一応、確認してくれないかって話で……」


 あの家とは、一昨年亡くなった圭の曾祖叔父・きよしが生前住んでいた家である。

 清は若い頃に離婚し、一人であの家で暮らしていたのだが、家事を全くしなかったせいで、いわゆるゴミ屋敷に。

 五年前に清は老人ホームに入ることになり、あの家は甥である勇に所有者が変わったのだが、ゴミだらけで物で溢れかえっている状態だった。

 定年後に処分のため一度掃除をしよう勇は思っていたが、いざあの絶望的な汚さを見たら重い腰が上がりそうもない。

 しかも、近所ではいつの間にか夜になると人の声がするだとか、幽霊を見たとか、すっかりゴミ屋敷から幽霊屋敷と呼ばれるようになっていた。


「あんなゴミばかりのところに死体なんて……って、そう思ったのよ? 鍵だって閉まってるし……————」


 ところが、リビングの窓が割られていて、その窓から明らかに以前とは違う異臭がしている。

 もともとゴミ屋敷で臭いはあったが、戸締りさえしていれば外まで漏れ出すことはなかった。


「それがあまりにひどい臭いで……臭いの元を辿ったら————清叔父さんが寝ていた布団の上に……女の人の死体があってね、居間不動産屋さんが警察を呼んでくれて、あなたも一緒に来てちょうだい」

「わ、わかった。すぐ行く。圭、話は後だ。お前たちは留守番していてくれるか?」

「う、うん、わかった」


(なんだかすごいことが起こっている……死体?)


 慌てて出て行った勇と恒子の後ろ姿を見送り、慧留の方を向くと、慧留はなんだかとても驚いた表情をしている。


「どうした……?」

「いや、あのさ、今のって児童公園のそばにあるあの幽霊屋敷のこと?」

「ああ、そうだよ。じいちゃんの叔父さんの家なんだ。俺も行ったことがあるけど、家は大きいのにすごい荷物で汚くて、危ないからって中には入れてもらえなかった」

「じゃぁ、やっぱり、そこから憑いて来ちゃったんだね」

「何が?」

「圭くんのおばあちゃんに、黒い女の人の霊が憑いてる。あれは、死んだ人の霊だよ。黒いし、糸がついてなかった。見つかった死体の霊かも……」

「はぁ?」


 慧留の言っていることは、やはり圭には理解できない。

 圭の目にはそれがどうしたって見えないし、一応仏教徒ではあるものの、そういう科学で説明できないような非科学なものを、父親の敬が全く信じていないため、サンタクロースも妖怪も幽霊も存在しないものであると圭も思っている。

 テレビで異能者がどうとかそういう話を何度か目にしたことがあるが、敬は「こんな手品にみんな騙されて……」「全部トリックがあるんだよ、こういうのは」と全く信じていないので、圭も同じ考えだ。


「黒い女の人って、さっきも俺についてるって言ってじゃん。それとは違う女の人なのか?」

「全然違うよ! 圭くんのお母さんは、ショートヘアだけど……おばあちゃんに憑いてる人は髪が長くて……鼻の下に大きな黒子ほくろがあるよ。鼻クソみたいな」

「はぁ?」


 圭はそう言われてもわからない。

 すると、慧留はランドセルから自由帳とペンケースを出して、似顔絵を書き始める。

 慧留は絵が上手で、二人の女の絵を書いた。


「おばあちゃんに憑いているのは、こっち。それで、圭くんのはこっちね」


 全く違う二人の顔。

 髪の長い鼻の下に黒子のある女の方は目がギョロっとした二重。

 圭の母親だという方は、ショートヘアで目が細長い。


「圭くんのお母さんの写真があれば、僕が見えてるって証明できると思うんだけどなぁ……」

「うーん、まぁ、あとで父ちゃんが帰ってきたら聞いてみるよ。じいちゃんとばあちゃんは……多分それどころじゃないと思うし。これ、もらっていいか?」

「うん。いいよ」


 慧留は自由帳から絵を切り取ると、圭に手渡した。

 そして、二人でテレビゲームで遊んだ後、夕方五時を知らせる音楽が鳴ったため、この日は慧留は隣の自分の家に帰る。

 六時になる少し前に恒子が大慌てで帰ってきて、晩御飯の準備を始めたが勇は不動産業者や警察と現場検証の立会いをしているようで、帰ってくるにはもう少し時間がかかるらしい。


「圭、悪いんだけど今夜入るドラマ録画しておいてくれる? おじいちゃんいつ帰ってこられるかわからないし……」

「ドラマ? ああ、じいちゃんがいっつも見てるやつか」

「そう、それ。八時から入るでしょう? 今のうちに録画しておいて」


 手が離せない恒子の代わりに、録画予約をしようと圭はテレビの電源をつけた。

 その時、テレビでは夕方のニュース番組をやっていて、死体遺棄事件の速報が流れている。


(あ、これ、あの家の……!!)


『発見されたのは、横浜市の————』


 そして、被害にあった女性の顔写真が画面に映っていた。


「え……?」


 髪の長い鼻の下に大きな黒子がある、目のギョロッとした二重の女性。

 慧留が書いた、あの似顔絵とそっくりだった。


(う、嘘だろ————!?)





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