第51話 探しています


「————ね? ニュースでやってたでしょう?」


 翌朝、慧留は登校中に得意気に笑った。


「僕は、異能者なんだ。僕の異能は霊視ってやつでね、一番多い異能だから、珍しいものじゃないんだけど……」


 慧留は、物心がつく前からすでにその異能に目覚めていた。

 まだ胎児だった頃に一度、死にかけているらしく、その影響ではないかと言われている。

 それに慧留の祖母や叔母など親戚に今のように異能者の存在が明らかになる前から霊視ができる人が何人もいるのだという。

 しかし、やはり多くの人間は見えないものは信じない。

 霊能力者や超能力者は長年の間、否定されてバカにされて、「嘘つきだ」「人の関心を引こうとしているだけだ」とか、散々言われてきた。

 御船百合子の登場により、今はそれらをひっくるめて異能者と呼んでいるが、自分が異能者であることは隠して生活するよう、慧留は祖母からキツく言われている。


「圭くんは僕を助けてくれた親友だから、僕の秘密を話したんだよ。それに、お母さんが生きてるってことも、教えたかった」

「どうして……?」

「生き霊ってさ、守ってくれる場合もあるけど、悪い影響を与えることの方が多いんだ。圭くんのお母さんはすごく圭くんに会いたがっているし、一度会った方がいいんじゃないかと思って……まぁ、たまに自分の子供だと勘違いしてる頭のおかしい女の場合もあるけど……————っていうか、お母さんの写真、見つかった?」

「いや、それが、聞くの忘れてさ……」


 昨夜敬は職場から家には寄らず、勇と一緒に警察の捜査に協力していた。

 結局二人が帰ってきたのは日付が変わった後で、何も聞けず……

 今朝も昨日が遅かったためまだ寝ている二人を起こすわけにもいかず、仕方なくこうして普通に登校するしかなかった。


「ところで、ばあちゃんに死んだ女の霊が憑いてるって言ってただろ? それも生き霊と同じか? 悪い影響っていうのがあるのか?」

「当たりまえじゃん。ご先祖様とか家族の霊ならわかるけどさ……赤の他人に憑いてくるなんて、一番最悪だよ。とりあえず、早いうちにお祓いには行った方がいいよ? 神社とかお寺に行くとかだけでも効果あるから……そのままにしてたら、どこか病気になったりするよ?」

「そういうものなのか?」

「そういうものなの。圭くんのおばあちゃん、優しそうだからきっと霊と波長が合うんだと思うな。優しい人って、霊が寄ってきやすいから……急に肩が痛いとか、頭が痛いとか言ったりしない?」

「あぁ、そういえば……」


(今朝も肩が痛くてあまり眠れなかったって言ってたな……)


 あまりに辛そうにしていたから、圭が湿布薬を肩と首に貼ってあげたばかりだった。

 慧留はまるで見ていたんじゃないかと言うくらいに全てを言い当てる。


「ほら、ちょうど明後日から神社でお祭りがあるし、行ってみたら?」


 慧留は郵便局の壁に貼ってあった神社の夏祭りのポスターを指さした。

 それは毎年七月の初旬に三日間行われる祭りで、屋台も出ている。

 毎年、圭が金魚すくいをするのを楽しみにしている夏祭り。

 いつも恒子と一緒に参加していたため、今年も一緒に行くのが当たり前の祭りだった。


「そーだな。どうせ行くし……」


 圭は、慧留のいうことを、完全に信じていたわけではない。

 だが祭り当日まで恒子は本当に湿布薬を貼ってもあまり効果がなかったが、翌日には肩がすっと軽くなったと、言っていた。


(また当たった……! でも————……)


『幽霊だとか、異能だとか、あんなものは手品だ。何か必ず仕掛けがある』

 それでも、科学的に証明できないことは信じてはいけないという教えは根強く、この事象にもなにか仕組みがあるのだろうと思った。

 そこで少し霊視や心霊体験についてネットで調べてみると、慧留が話したような取り憑かれると体調不良になるなんて話はたくさんあることを知る。

 きっと、慧留はこういうネットからの情報を自分の話のことのように話しているだけなのだと思った。

 異能者についても少しだけ調べたが、真日本人教では子供に異能を付与するのは禁止されていると書かれている。


(そうだよ、だって、まだ小学生だし……子供だし)


 ————それに、怖かった。

 もし慧留の言っていることが本当だったら、圭の母親は生きていることになる。

 圭は、家族にずっと嘘をつかれていたことになるのが怖かった。

 今まで信じていたものを、信じようとしたものを————大好きな家族を信じたかった。

 だから、慧留からもらった似顔絵は学習机の奥に隠して、そのままにすることにした。

 ところが、もう似顔絵のことなんてすっかり忘れていた七月の終わり頃。

 またその偶然が起こる。


 夏休みが始まる少し前の週末、数キロ先にある大型所業施設に勇の運転する車に乗って、圭と慧留は発売されたばかりの新しいゲームを買いに行ったことがあった。


「お願いします! もし見かけたら、何か知っていたら、ここに連絡を……」


 その日、入り口の近くで、憔悴しきった表情の男性が一人、『娘を探しています』と書かれたチラシを配っていた。


 目がぱっちりしていて、おかっぱ頭。

 猫のような可愛らしさのある、小学生三年生にしては少し大人びた顔の女の子の顔写真と一緒に、失踪当時の服装や日時などが書かれていたもので————


「かわいそう……」


 受け取ったあとすぐに捨てられたチラシを拾い上げ、圭が顔写真を見ている横で、慧留は突然さめざめと泣き出した。


「この子、もう死んでるよ。糸が繋がってない。でも、お父さんの隣にいる」

「え、この小間瀬おませ菜々ななちゃんって子が……?」

「うん。『助けてパパ』って、ずっと言ってる」


 勇は言っていることがさっぱりわからなくて、変わっている子だなと思う程度で気にしていなかったが、圭はどきりとする。

 もしこれが、本当だったら、流石に三回目だ。


「は、早く行こう。慧留も、泣いてないで、さっさとゲーム買いに行こうぜ!」


 その真相を知ってはいけないと、圭は勇と慧留を急かして店の中に入る。

 その日はそれで良かった。

 あの子が本当に死んでいるかどうか、もう知るすべもないと安心した。


 ところが数日後、七月の終わり。

 夏休みが始まってすぐの事。

 あの時の行方不明だった小間瀬菜々を含む被害者の遺体が犯人の家から発見されたニュースを見てしまう。

 平日お昼のワイドショー番組。

 取り上げられていたそのニュースで、一ヶ月も前に殺されていたと言われていて……

 圭は思わず食べていたそうめんを吹き出してしまう。


(まただ……————また、慧留が言った通りだ)


 こんな偶然が、そんなに重なるわけがない。

 圭はしばらく部屋で一人引きこもっていたが、夜になると意を決して、机の奥にしまっておいた似顔絵を引っ張り出した。

 そして、野球中継を見ながら夕食を食べている敬の方へ。


「なぁ、父ちゃん……」

「うん? どうした?」


 圭はおそるおそる声をかける。

 この日は投手戦で、八回になってもヒットの一つも出ていない状況だった。

 最初に塁に出るのはどちらのチームか————敬の視線はテレビ画面に固定されたまま。

 圭は、慧留が書いた自分の母親かもしれない女の似顔絵を後ろ手に隠しつつ、そっと敬の横に座る。


「————俺のさ、母ちゃんの写真って、どこにある?」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る