第34話 しまってある
「————君たち、どうしたんだ?」
終業式も帰りの会もつつがなく終わり、児童たちは全員校舎を出ているはずだった。
ところが、三年三組の教室のドアが突然勢いよく開く。
一人、教卓の整理をしていた上部は、ドアを開けた女児と対峙する。
鳥町璃子。
超大手製薬会社・トリマチ薬品の孫娘。
この学校に通う児童の中で、一番の金持ちの娘。
その後ろに、御船聖典の姿もある。
こちらはあの真日本人教の御船百合子の孫。
どちらも、保護者の力が大きすぎて、教師からするととても厄介な児童で、扱いに困った学年主任が面倒だからと新任の上部が押し付けられたハズレくじ。
この二人の機嫌を損ねるようなことでもすれば、上部の首なんて簡単に飛ぶ。
「先生、どういうことですか?」
「どう……? どうって、一体、何が?」
璃子はゆっくり教卓の方へ一歩一歩、うつむいたまま近づいてくる。
表情が読めない。
ただ、何かとても不機嫌なような感じはした。
一方で、聖典の方は璃子とは違い廊下からこちらを見ているだけで、動かない。
何か言いたげに、まるで哀れんでいるかのような……そんな目で上部の方を見ている。
よくわからない圧迫感。
相手は小学三年生の女児だというのに無意識に恐怖を感じ、上部は顔は作り慣れた笑顔を貼り付けたまま後ずさる。
璃子を不機嫌にさせるような、何かをした自覚が上部には全くなかった。
あるとすれば、菜々のことかも知れないが、それを璃子が知っているとは思わなかったし、絶対にバレないという自信があった。
しかし————
「————なっちをどうして殺したの?」
璃子がその言葉を口にした瞬間、不意をつかれて被っていた仮面が剥がれ落ちる。
良い教師。
児童に人気の、優しくて、若い先生。
「……え?」
「どうして、なっちを殺したの? なんで、私とともちんから、なっちを取ったの?」
「と、突然どうしたんだ? なっちって……小間瀬なら、先生だってどこにいるかわからないぞ……?」
嘘だ。
知ってる。
居場所なら知っている。
小間瀬菜々の死体は、上部のマンションにある。
生かしておくつもりだったが、少し乱暴をしただけで、簡単に死んでしまった。
体をバラバラにして、少しずつ、何かわからないように可燃ゴミと一緒に捨てた。
残っているのは頭部だけ。
好みの顔だったから、捨てるに捨てられず、一人暮らしのくせに無駄に大きい冷蔵庫の冷凍室に入れてある。
「嘘つき……」
璃子は上部を睨み付けると、右手からフォークを出して、上部の太ももに刺した。
「い……ったい……!! 何するんだ!」
どこから出てきたのかわからないフォーク。
今度は左手からカッターナイフが出てくる。
どうなっているか理解する前に、上部は璃子の手首を掴んでカッターを遠くに投げた。
投げても、投げても、鳥町の手から次々とものが出てくる。
ステーキナイフ、ボールペンやハサミ…………
どれも刺されて即死するようなほど危険なものではない。
なんでも出てくるが、所詮、子供。
大人と子供では話にならない。
「いい加減にしろ!! なんなんだこれは!! どうなってる」
「離せ!! 離せ!! 殺してやる!! なっちの仇!! 犯罪者!! 人殺し!! 人殺し!!」
「うるさい! 黙れ!! クソガキが!!」
暴れる璃子の両手を掴んで抑え、上部は笑った。
次々と出てくる凶器と、よくわからない圧迫感に一瞬怖いと思ったが、子供だ。
大人の力には敵わない。
「菜々ちゃんはこんなにおてんばさんじゃなかったぞ? とても可愛かった。素直で、従順で、俺のいうことはなんでも聞いてくれた。可愛かったぁ。だから、ちゃんとしまってある。可愛い可愛い、俺の菜々ちゃんは、俺だけのものだ」
いやらしく上がった口角。
ヤニで黄ばんだ汚い歯並び。
歯茎丸出しの気持ちの悪い笑い方。
上部は璃子から取り上げたナイフを、璃子に向ける。
勝ち誇ったような、笑みを浮かべて、柔らかな頬に刃を添える。
「ふはははははっ……!! 残念だねぇ、鳥町。君は俺の好みじゃないんだ。コレクションには入れてあげられない……俺はちゃんと、選別してる。誰でもいいわけじゃ————な……」
その瞬間、急に世界が真っ黒になった。
「な……なんだ? どうなっている?」
手にしていたナイフも、取り押さえていた璃子の姿も、廊下からこちらを見ていた聖典の姿も、教室の机も、黒板も、教卓も、椅子も、何もかも存在していない。
光すらない、真っ暗な空間。
右も左も、天地さえわからない、黒の中にいる。
何もない。
空っぽの、真っ黒な空間。
どこまで歩いても、果てしなく続く。
「おい……どうなってるんだ……? どこだよ、ここ…………出せ……————出してくれ!!」
上部は璃子の異次元の中に、しまわれた————
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