第35話 帰ってこない
密かに璃子たちの後をつけていた刑事は、信じられないものを目にして、絶句する。
ただでさえ、上部と璃子の会話に驚愕していたのに、突然目の前で上部が消えたのだ。
璃子を助けようと、一歩教室に踏み入った瞬間だった。
「な……なんだ……今の……」
「————おじさん、誰?」
先ほどまで殺されそうになっていたとは思えない。
恐怖に震えることもなく、璃子は見覚えのない怪しい男を睨み付ける。
「け、警察だよ。助けに来たんだ……けど、犯人は、どこに?」
警察手帳を見せると、璃子は睨むのをやめた。
「知らない。ただ、しまっただけ。それより、お巡りさん……助けなきゃ」
「え……?」
「なっちと、もう一人……————」
上部の行方より、行方不明となっている女児を救う方が先だと、璃子は思った。
聖典の話では、まだ、生きてる。
「ああ、ええと、どこに……?」
「————上部先生の家だよ」
それまで黙っていた聖典が、急に饒舌に話し始めた。
「上部先生の家、冷凍庫の中に菜々ちゃんの顔がある。あと、四年生の人はね、先生の部屋のベッドがある部屋の隣にいるよ。茶色い本棚の裏側に、もう一つ部屋がある」
*
聖典の言った通り、上部のマンションの一室には茶色い本棚があり、その裏側にもう一つ小さな部屋があった。
監禁されていた女児は警察に無事保護され、大きな冷蔵庫の冷凍室から、菜々のものを含めた、子供の頭部が二つ発見される。
被害にあった女児たちは、皆、同じような系統の顔で、同じような年齢。
押収されたPCには、女児たちとのツーショット写真の他に、盗撮と見られる多くの女児の写真が保存されていた。
わからないのは、どうやって女児たちを拉致監禁したかだ。
本人から事情を聞こうにも、上部は行方不明。
璃子の異能により、異次元にいるものの、警察は璃子の異能のことを知らないのだから、仕方がない。
現場に居合わせた刑事から報告を受けた菜々の母親・小間瀬
「璃子ちゃん……」
「なっち……の、ママ?」
聡子の顔を見た瞬間、璃子は泣き出した。
菜々は聡子によく似ていて、生きてさえいれば、きっと、こんな綺麗なママになっていただろうと……
もう二度と帰ってこない親友を思って、涙が止まらなかった。
「菜々を見つけてくれて、ありがとう」
「ごめんなさい……ごめんなさい……私が……あの時、なっちに行かないでって……言えばよかったのに……っ」
「あなたのせいじゃないわ。悪いのは、あんな残酷なことをしたあの男よ」
泣いている璃子をぎゅっと抱きしめながら、聡子は続ける。
「それで、あの男は、今どこにいるの? 悪いことをした人を捕まえるのが、おばさんの仕事なの。教えて? 璃子ちゃん」
「——……それは……」
璃子は自分の異能のことを話した。
異次元に収納し、自由に取り出せる、璃子の四次元ポケット。
「絶対逃げられないようにするから」という聡子の言葉を信じ、璃子は警察署内で上部を取り出した。
何もなかった場所に、やせ細り、意識が朦朧としている上部が現れる。
二日間、飲まず食わずでいたとはいえ、その衰弱の仕方は異常だった。
医者の話によれば、あと一日、あの空間の中にいたら、確実に死んでいた。
数日後、話ができる程度まで回復した後、上部は真っ暗な中を時間の経過もわからないままさまよい、このままここで死ぬのかと絶望したと語っている。
誰もいない、何もない、ただ、真っ暗な空間。
そして、事情聴取により上部は自分の罪を自白した。
上部は真日本人教の信者で、外見を自在に変えることができる異能を持った男だった。
ターゲットの女児と仲良くなった後、デートをしようと人の多いデパートや遊園地などに呼び出し、異能で女性の姿になり女児を連れ回していたのだ。
「彼氏に呼び出された」という菜々の発言から、警察は女児を連れた不審な男性を探していたが、一緒にいたのはどこからどう見ても女性にしか見えず、事情を知らない者からすれば、何も不自然なことではない。
母親か、親族が二人でいるようにしか、見えなかった。
若くて、優しい教師を演じ、誰にも秘密だと言って女児を洗脳し、拉致監禁に性的暴行。
次々と明らかになる数々の余罪。
聡子は上部が死刑になることを望んでいたが、真日本人教の信者である上部には教団から有能な弁護士が派遣され、懲役十五年と、無期懲役にすらならなかった。
「————お、お嬢様? 竹刀なんてどうするつもりですか?」
「決まってるじゃない。これで戦うの」
璃子は事件以来、多くの武器を異次元に収納するようになった。
いつ悪い奴が現れても、戦えるように。
「ママもパパも、夏休みなのに全然帰ってこないし……自分の身は自分で守るのが一番だって、聖典も言ってた。ばあやのことは、私が守るからね!」
「あらまぁ、なんて頼もしい。ありがとうございます」
親友の死を乗り越えて、また、笑顔を見せてくれるようになった璃子。
美田園は璃子の心配事が一つ片付いて、本当に良かったと思っている。
だからこそ、実は璃子には言えていないことがあった。
仕事で海外いることが多い璃子の母親と、この二ヶ月ほど、連絡が取れていない。
五月の末に、一度家に帰ってきてそれっきりだった。
警察に届け出も出し、手を尽くしているが見つかっていない。
夫婦仲が良かったのかどうか、美田園はよくわかっていない。
美田園は璃子の父親でなく、祖父に雇われている家政婦だ。
結婚しても仕事を辞めるつもりがない母親に、大事な孫の教育は任せきりにできないという理由で雇われた。
祖父の言った通り仕事を理由に璃子が小学校に入学してからは、ほとんど家にいないことの方が多い。
璃子の父親も居場所は知らず、もしかしたら、他に男でもできたのかもしれないと、最近帰って来ても、酒をのみ、なんだか荒れている。
どこへ行ったのか、家族も、職場の関係者も誰も行方を知らなかった。
「……あとは、やっぱり包丁も必要だよね」
「お、お嬢様……流石にそれは……!!」
「……っ————うぷっ……おえっ」
容量オーバーで、璃子が全て吐き出すまでは————
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