第22話 家政婦は見た


 鳥町が言った通り、前科者のリストから検索してみたものの、猟銃男は見つからなかった。


「それにしても、交渉が難航してるんスか? 家電にかけても、出ないとか?」

「いや、電話には出てる。ただ、犯人の要求が、今すぐどうにかなるものじゃない」

「え? 何スか? 刑務所にいる組織の仲間を解放しろとか、逃走用の車を用意しろとかっスか?」

「いや、お前、マジで映画の見過ぎ」

「いや、映画より、ドラマ派です。あーしは!」

「知るか!! お前は本当に、よくこの状況で……」


 兜森は呆れるしかない。

 いちいちツッコミを入れている方が、疲れてくる。


「————この家の奥さんだ。奥さんの涼子さんを今すぐ連れてこいって……沖縄にいる人間が、簡単に来れるわけないだろ?」

「沖縄!? ————え、沖縄って確か、今日台風じゃなかったっスか?」

「全便朝から飛行機も船も全便欠航。ヘリでの移動も不可能」


 交渉人がなんとか説得しようと手を尽くしているが、立てこもり犯の主張は、とにかく向野涼子を連れてこいの一点張り。

 せめて、犯人の身元さえわかれば、なにか交渉の余地があるかもしれないと思ってはいるが、中の様子が一切わからない状態では不可能だった。


「奥さんに合わせろって言ってるなら、奥さんの知り合いなんじゃないっスか? 家政婦さんたちに映像見せて、顔を確認してもらいましょうよ?」

「いや、それが……いつも利用している家政婦紹介所が今日は従業員総出で慰安旅行で北海道に……————逃げ出した二人の家政婦さんたちは、まだこの家に来て三日しか経ってないらしいんだ」

「え? なんスかそれ? なんで、重要な人みんな旅行中なんスか!?」


 よりによって、こんな要求が全く通じない日を選んで犯行を行うとは……

 きっと、犯人も予想外のことで気が動転しているだろうと鳥町は思った。


「あーでも、ばあやならわかるかも……!!」

「ばあや……?」

「ばあや————ウチの家政婦の容態はどうなんすか? 今、どこの病院にいます?」

「え……?」

「近くに一課の刑事誰かいますよね? ばあやに確認してもらいましょう」


 美田園は近所づきあいもしているし、何より人質となっている富愛子とは旧知の仲。

 向野家でたまに開かれる富愛子主催のお茶会にも何度も参加したことがある。


『お嬢様……よかった。お怪我はありませんか? ばあやは、お嬢様を残して家を離れてしまったことが何より心配で……』

「私は大丈夫。ばあや、ばあやの方こそ、足を撃たれたんしょ?」

『これくらいの傷、なんともございません』


 病院にいる刑事がビデオ通話をつなぎ、画面に映った美田園はまさに家政婦という風貌の女性だった。


「鳥町警部って、超お嬢様だったんだな……」

「俺、家にばあやがいる家の人間初めて見た……」


 などと、鳥町の後ろで他の刑事たちがつぶやいていたが、鳥町は気にせず続ける。


「それで、ばぁや、さっき見せた映像の男だけど……」

『ええ、私を撃った時は、帽子とサングラスをしていたのでよくわかりませんでしたが、この映像を見てはっきりしました。私、この男、見たことがあります』

「本当に!?」

『ええ。あれは、確か先月あたりでしょうか? 修二さんが出勤し、お子様たちが学校に行き、富愛子さんが週に二度のヨガ教室に通われている日です』


 当時、鳥町の家の門の前を掃除していた美田園は、この男が普通に玄関から堂々とインターフォンを鳴らし、向野家の中に入って行くのを目撃している。

 玄関のドアが閉まる一瞬ではあったが、涼子がこの男に抱きついたのを見た。


『おかしいと思ったのです。あの男、以前にも何度か見かけていました。おそらく、ピアノの家庭教師ではないかと……いつもなら、お子さんたちがいる時間に訪ねてくるはずなのに、若奥様しかいない時間に現れたので————』


 美田園のこの証言により、立てこもっているのは一度デビューはしたものの、まったく売れなかったバンドマンで、ピアノの家庭教師をしながら生計を立てている男だと判明する。

 さらに、北海道旅行に行っている向野家の家政婦ともやっと連絡が取れ、彼は涼子の不倫相手であるとわかった。

 ところが、最近彼は急に解雇されたらしい。

 その詳しい理由は、涼子しか知らない。

 きっと、飽きられて捨てられたのだろうと、家政婦たちは言っていたが……


「振られた腹いせに、立てこもりを……?」

「不倫関係のもつれか……?」


 色々な憶測が飛び交ったが、とにかく、涼子に話を聞いた方がいい。

 今度は涼子とビデオ通話を繋いだ。


「奥さん、あなた、この男と不倫していたんスか?」

『ま、まさか! そんなことしていません!!』


 子供達が人質にされているのだから、不倫の事実を隠しはしないだろうと思っていたのだが、涼子は頑なに不倫の事実は一切止めず……


『確かに娘のピアノの先生でした。でも、私は不倫なんて、そんなことは決してしてません』

「では、なぜ解雇に……?」

『それは、その……娘が言ったんです。先生が————……変わってしまったと』

「変わった……?」

『急にその……ズボンを下ろして、見せてきたそうです』

「え……? 何を?」

『その……男の方のアレの先が、拳銃のようになっているのを————』


 猟銃男は、左腕だけでなく、股間にもう一丁、拳銃を隠し持っているらしい————


『それが、とっても小さくて————ぶふっ……』


 涼子は、思い出して吹き出しそうになっているのを必死にこらえながら、話を続けた。


『……っ……ふふっ……そんなものを、自慢げに見せたそうなんです。気持ちが悪いので、やめてもらいました。それだけです』


 その場にいた捜査員全員が、「ああ、この人も実物見たんだな……」と確信した。

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