第21話 休日は昼まで寝ているタイプ


「んあ……?」


 鳥町が目を覚ましたのは、午後になってからだった。

 また着替えもせずに寝てしまったと一人で反省し、ボサボサ頭をかきながら起き上がる。

 とりあえず陽の光を浴びようと遮光カーテンを開けると、なんだか様子がおかしい。

 妙に静かなのだ。

 いつもなら、向かいの家の庭で遊んでいる子供達の声が聞こえてくるはずなのに、なにも聞こえなかった。


(……旅行にでも行ってる?)


 鳥町は首を傾げたが、あまり深くは考えなかった。

 とりあえず、シャワーを浴びようとバスルームに入ると、バンっと大きな音か聞こえたきがした。

 何かが破裂するような音と、ガラスが割れるような音だ。


 早々に済ませてバスローブに着替え、濡れた髪のまま窓から音のした方を覗くと、向かいの家の窓ガラスが割れていることに気がつく。

 破片は窓の外側に散らばっている。

 銃弾が鳥町の部屋のベランダに転がっていた。


「え……何これ」


 その時、ちょうど鳥町のスマホに兜森から電話が来る。


『やっとでた。おい、お前今どこにいる!? 大丈夫か!?』

「————どこって、家っス」

『家!? 馬鹿、今すぐ避難しろ!! 銃声聞こえなかったか!?』

「銃声は聞こえたっス。え、これ、どういう状況っスか?」

『何も知らないのか?』

「知らないっスよ。ついさっき起きたんス。あーし、休日は昼まで寝ているタイプなんで!」

『……それマジでどうでもいい』

「で? だから、状況は? 兜森さんも近くにいるんスか?」

『お前の家の向かいの家で、立てこもり事件が起きてるんだ。犯人は手に猟銃のようなものを持った男。お前の家の前で一人撃ったあと、住人を人質にとって立て籠もってんだよ。まだ身元は判明してねーが、今のでまた誰か撃たれたかもしれない』

「立てこもりっスか!? まじ!?」


 鳥町はすぐにテレビを点けた。

 どこのチャンネルも、生中継で立てこもりが起きている家周辺を映し出している。


『っていうか、なんで逃げてないんだよ! お前の家目の前だろう!?』

「いやーその……寝てたんで気づきませんでした————……って、え? あれ? それじゃぁ、あーし、ばあやに置いていかれた……? いや、あのばあやがそんなことするわけ……」

『そのばあやって、家政婦のことか?』

「そ、そーっス。美田園——……」

『その美田園って家政婦が、一番最初の被害者だ。足を撃たれて、今、病院にいるぞ』

「えええええっ!?」


 つまり現在、この家には鳥町しかいない。

 一緒に暮らしている祖父は、海外出張中。

 家政婦の美田園が撃たれて運ばれているなら、誰も鳥町を起こせるはずがないのだ。

 インターフォンの音が聞こえたとしても、いつも対応は美田園がしていたし、鳥町は爆睡していて気づかなかった。


『とにかく、早く家から出ろ。犯人が持ってんのがどんな猟銃かしらねーが、流れ弾が飛んで来る可能性がある……』

「そ、そーっスね————……ん……え? あれ……?」


 スマホの通話をスピーカーにして、バスローブからすぐに着替えた鳥町は、窓の方をもう一度見て、あることに気づく。

 割れた窓の向こう側————普段ならスモークガラスのため鳥町の部屋から中の様子は見えないのだが、窓が割れているところからチラリと見えた犯人。

 そして、その左腕。


『兜森さん、これ、《異能ウチ》の案件かもしれないっス』

「は……? なんだよ、いきなり」

『立てこもりの犯人、猟銃のようなものを所持してるんじゃなくて、っス。普通の人間じゃぁありません。異能者っスよ、犯人』



 *



 裏口から家を出た鳥町は、現場を仕切っている捜査一課、SITたちと合流した。

 犯人と人質以外、誰もいないと思われた規制線内から、『働いたら負け』Tシャツと上下学生時代の指定ジャージ姿で現れた鳥町に、現場は騒然となる。

 今まで何をしていたのか……そもそも、その服装のせいで鳥町を知らない現場にいた若い警官は警察手帳を見せられるまで不審者と思われていた。


「異能者が犯人の可能性が高いという話はわかったが、その格好はなんだ!? マスコミも集まってるんだぞ!?」

「しょうがないじゃないっスか!! 急いでたんスよ!! ばあやもいないし、スーツなんて着るのに時間かかるし……バスローブのまま方がよかったっスか?」

「あのなぁ、そういう問題じゃ……」


 SITの隊長は怒っていたが、とりあえず、ジャージの上着のチャックを閉めることでなんとかその場は収まった。

 警察関係者が『働いたら負け』なんてTシャツを着ているのが報道でもされたら、世間から何を言われるかわかったものじゃない。


「で、犯人の映像は……?」

「あ、これっス」


 犯人が立てこもっている向野家は、周囲を高い塀で囲われている。

 その上、窓は全て外側から家の中が見えづらいスモークガラスの窓だ。

 内部に侵入しようにも、どこに犯人がいるか、人質がどうなっているか、全くわからない状態だったのだが、犯人が撃った弾が当たり、割れた窓の方が見える。

 鳥町は家を出る前にノートPCのカメラで、中の様子が見えるように設置していた。

 タブレットにその映像をつなぎ、捜査一課の刑事たちに見えるようにする。

 確かに、男の左手は猟銃がそのままくっついているように見えた。

 向野家に出入りしている家政婦の話によれば、二階のこの位置にある部屋は長女の妃愛の部屋だ。


「今のところ、腕が銃になる異能なのか、あーしみたいに、全身のいろんなところから可能なのか不明っス。犯人の顔はこれである程度わかるっしょ? 顔認証システムで、とりま前科者の検索でもしてみてください」


 ついでに確認した鳥町家の玄関に設置されている防犯カメラの映像で、犯人は美田園を撃った時は上下黒い服装。

 さらにニット帽をかぶり、サングラスをかけていたが、いまはサングラスはかけていない。

 20代から30代前後で、顔はそこそこイケメンで、目元がはっきりしている若い男だ。

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