第23話 突撃!向かいの昼ごはん


 時刻は午後2時を過ぎようとしていた。

 向野家中の状況はまだわからない。

 鳥町が設置したカメラからでは、正確な位置はわからないが、通話の状況から2階の長女の部屋に全いることは明らかだった。

 立てこもっている猟銃男もそうだが、中にいる人質たちは誰一人食事をしていないようで、小学生の弟二人が電話の向こうでお腹が空いたと泣いている声が聞こえていたし、その他に二人を静かにするようなだめている富愛子と妃愛らしい声がしている。


 通話の内容を聞いていた鳥町は、スマホを操作し始めた。

 チラリと見えた画面で、それが宅配ピザの注文画面であることに気づいた兜森は、呆れてしまう。


「おい、お前、人質の子供達が飲まず食わずで腹減らしてる時に、何やってんだ!」

「兜森さん、これは作戦っスよ?」

「は?」

「あーしの部屋のベランダ……そこでみんなでピザパーティーをするんス。あの猟銃男————バンドのサイトに、好物が書かれていました。売れてなさすぎて、ウィキペディアに記事も載っていないようなクソバンドですが……一丁前に公式サイトがあるんスよ。ほら、ここ」


 鳥町が見せた猟銃男のプロフィール欄。

 キーボード、JU-TA、好きな食べ物:ピザとカレー。

 バンドマンというより、ホストのようなアーティスト写真とともに、確かにピザとカレーと書かれていた。


「まさか、好物のピザをお前の部屋のベランダで食って、匂いで誘い出せと……?」

「その通りっス! それに、捜査員もみんな今、お腹すいてますよね? 腹が空いては、犯人逮捕なんてできませんよ!!」


 確かに、捜査員たちも朝から空腹状態だ。

 だが、立てこもりが発生しているこの現場に、ピザをデリバリーするなんて前代未聞。


「ついでにカレーも注文しておきました。届いたら受け取っておいてください」

「え? お前は、どこ行くんだよ?」

「あーしはちょっと出かけて来ます。すぐに戻りますんで……」


 そう言って、鳥町は規制線の外側に出ると、警備のために停まっていたパトカーを一台借りてどこかへ行ってしまった。

 ピザとカレーが届いた頃に戻って来て、得意げに手のひらから巨大な扇風機を出してみせる。

 映画とかドラマの撮影で使うような、大きな扇風機だった。


「じゃーん! テレビ局から借りて来ました! 交渉人の方々はピザとカレーを食べながら、犯人の関心を引いておいてください。あーしの部屋からこの扇風機で風を出して美味しい匂い送り込みます! 題して、突撃!向かいの昼ごはん作戦っス!!」


 鳥町は自信満々でそう言ったが、捜査一課の刑事たちもSITの隊員たちも、こいつは何を言ってるんだと唖然とする。

 空気がシーンとなった。


「……《異能ウチ》の兜森を貸しますので、もし犯人が発砲して来ても、異能で水に変えられるので大丈夫っス!」

「え、俺!?」

「兜森さん、異能者には異能で対応。そのための《異能》犯罪対策室っスよ?」

「それはまぁ、そうか————でも、そんなふざけた作戦、成功できるわけ……」

「ダイジョーブ! 犯人がピザとカレーを見ているその間に、SITの方々は人質を保護のために家に潜入します。玄関からだと犯人から丸見えなんで、裏から……」


 家政婦の話によれば、この家の入り口は正面の玄関の他に2箇所。

 ガレージからと、キッチンの裏側に勝手口がある。


「ガレージとキッチン、両方から潜入します。気づかれないように入るの、得意でしょう? SITの皆さん。発砲は、人質がいるので許可しません。詳しい動きは、あーしに任せてください! はい、それじゃぁ、それぞれ持ち場について!」


 犯人が異能者ということで、皆仕方なく鳥町の作戦に従うしかなかった。

 とっても嫌そうな顔をしていたが、いざ、鳥町の家の中に入ると、さすが住み込みの家政婦がいるほどの高級住宅。

 ベランダでピザパーティーって……と思っていたが、鳥町の部屋のベランダは捜査員たちの想像の3倍の広さだった。

 ベランダにはテーブルと椅子が元から置いてあって、交渉人と兜森を含めて10人の捜査員が、とても美味しそうにピザとカレーを食べ始める。



 *


「————ん? なんだ? この美味そうな匂いは……」


 巨大扇風機から流れる風に乗って、カレーとピザの美味しそうな匂いが、割れた窓から猟銃男が立てこもっている向野家へ届く。

 匂いに気づいた猟銃男が、窓の外を見るといつの間にか自分と交渉していた刑事たちが食事をしている。

 電話をしながら、もぐもぐと片手でピザを食べている交渉人の顔。

 こっちは人質をとって立てこもっているというのに、馬鹿にされていると思ったら、怒りがこみ上げて来る。


「ふざけんな! お前たちも俺を馬鹿にしてんのか!?」


 受話器を床に叩きつけると、猟銃男は窓を開け、向かいの家のベランダに銃口を向けた。


 ————バン!


 交渉人に向けて撃った弾は、当たらない。

 人に当たる直前で、臭い水に変わってしまう。


 何発撃っても、それは同じで————


「く、くっさ!! なんだ、この臭い!!!」


 風に乗って、火薬の匂いとピザ、カレー。

 そして、こぼした牛乳を拭いた、長い間掃除ロッカーで放置されている雑巾のような、臭い臭いが、猟銃男の鼻腔に広がった。


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