第15話 距離と容量


「室内で亡くなっている場合、窓が空いているところから火の玉の攻撃を受けているっス。一人目は五階だし、二人目は十一階。異能者が二つ以上の異能を持っていることは本当に稀なんで、そう考えるのが妥当っス」


 撮影するには、空いている窓の向かいのビルから……ということになるし、運良く窓が開いているとは限らない。

 空を飛べる異能を持つものが窓を開け、上空から撮影しているのではないかと鳥町は考えた。


「……いや、でも仮にそうだとして、どうやって外から窓を開ける?」

「え……?」

「現場写真はどれも、確かに窓は開いているが、窓ガラスを破られた形跡はないだろう?」

「……確かに、そうっスね。それじゃぁ、念動力系? でも、そうなると異能者は念動力が使える範囲にいないといけないし……空中からの撮影は別の異能者っスかね? 三人いる……?」

「空……?」


 兜森は、気がついた。

 最初の事件の時、ヘリコプターの音を聞いている。

 てっきり、大火事が起きて消防のヘリが出動したか、テレビ局の報道ヘリの音だと思っていたが……


「生配信の音声は……?」

「え? 音声すっか……? 音声は配信に乗ってないっス。クソだっさい決め台詞も全部、読み上げ機能使ってますし……切り取り動画の方は、テロップ入れて、燃えている間の悲鳴が入ってるのもあるっスけど……」

「それなら……————」


 兜森はリモート会議中に焼死した六人目の動画を音量をマックスにあげる。

 すると、やはりブーーンと、モーターが回っているような音が入っていた。


「ドローンじゃないか? 撮影してるのは……」

「ドローン……!? あ、ああ、そうっスね……!! それじゃぁ、火の玉が空を飛んでるのって……————ドローンから発射されたものかもしれないっスね」


 それに、捜査一課から渡された資料を改めて見直すと、タクシーの中で焼死したのは赤信号で停止している最中の出来事だったと、運転していたタクシーの運転手が証言している。

 また、車内に搭載されているカメラには、窓を開ける操作を運転手も被害者もしていないのに、自動で開いている。

 突然開いた窓に驚いて、様子を見ようと姿勢を変えた瞬間、窓から火の玉が飛んで来て、顔に火の玉が当たり一気に燃え上がっていることが確認できた。


「念動力が使えるなら、部屋の内側から窓に鍵を掛けていても意味はないっスね。でも、念動力系なら半径20m以内の距離にいないと使えないはずっス」

「どこから算出した?」

「これまで念動力が使えると公言している異能者たちの平均値っス。遠ければ遠いほど、制度は落ちますし……最長でも100mっス。遠くても動かしたい対象物が見えていれば可能らしいっすけど、精度は落ちるっス。ああ、でも、この家は広いっスから————あ……」

「なんだ?」

「この縁側……もしかして一番近いのかもしれないっス」


 岡根邸の敷地は広い。

 豪邸なのだから当たり前だ。

 塀で囲まれていて、門から玄関までかなり距離がある。

 昨夜火の玉を見たこの縁側は、ドローンを飛ばせる障害物のない広い庭、そして、敷地を囲っている塀から建物としては距離が一番近い。


「望子さんの部屋は一階の奥で、部屋の窓を開けて侵入するには木が邪魔になってるっス。多分この屋敷、塀の内側に障害物がないのはこの広い庭だけです。庭師の人が言ってたんすけど、桜と紅葉が交互に上であるらしくて————また、望子さんがここを通る時……それか、この屋敷の外に出る時を狙っていると思うっス……これは、ウチらにも上空からの目が必要っスね」


 鳥町は顎に手を当てながらそう言うと、スマホでどこかに連絡をし始めた。


「ええ、上の方で……そうっスね、それで……おなーしゃす。16時より少し前ぐらいからがいいかと……はい、了解っス」


 電話の相手と話がついたのか、すぐにスマホを切ると、今度は部屋の荷物を一気に回収。

 ノートPCも操作資料も、全部、鳥町が触れたものは片っ端から鳥町の体内に消えていった。


 和室にあったものが全てなくなっている。

 元から置いてあった座卓も消えた。


「あ、これはいらなかった……」


 間違えて収納してしまったことに気づいて、すぐに戻したが……鳥町の行動を見て、兜森は驚く。

 鳥町の異能が異次元ポケットであることはわかっていたが、あんなに大きなものまで収納できるとは思っていなかった。


「鳥町、お前のその異能には欠陥はついてないのか?」

「あーしの異能すっか? もちろんあるっスけど……言ったじゃないっスか、容量があるって」

「いや、その容量ってどのくらいだ? そんなデカいものまで収納できるなら、相当な量だろう……?」

「うーん……欠陥は量の問題じゃないんスけど……」


 鳥町は少し困った表情をしながら、耳の後ろを掻いた。


(量の問題じゃない……?)


 しかし、すぐに話題を変え、出て行こうとする。


「まぁ、ちょっと時間がないんで、この話はあとで! じゃぁ、あーし、ちょっと行って来ます!」

「は!? 行くって、どこに?」

「聞き込みっスよ!! 事件現場の近くにいた人たちに、ドローンの音を聞いていないか聞いて来ます。あ、兜森さんは、望子さんの近くにいてくださいね! あーしの予想は16時以降っスけど、それより早い可能性もあるっスから!! 火の玉が飛んで来たら、すぐにヤっちゃってください! あのくっさいヤツ!!」

「お前な……そういう言い方するな! つーか、その格好で聞き込みって、せめて着替えろ」

「あ、忘れてた……まぁ、途中のどっかで着替えるっス! じゃぁ、あとはおなしゃーす!!」


 バタバタと足音を立てながら、鳥町は一人岡根邸を飛び出して行く。

 急なことに驚きはしたが、兜森は重要な任務を与えられた。


(一応、あんなふざけたやつでも、上官だしな……)


 何度も自分にそう言い聞かせながら、兜森も和室を出ようと一歩前に踏みだす。

 しかし、何か違和感を感じて、振り向いた。


(……床の間の日本刀……二本なかったか?)


 床の間に飾ってあった二本の日本刀が、一本なくなっていた。


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