第16話 赤い火の玉VS青い人魂


 太陽が沈み始めた16時20分。

 三時間ぐっすり寝て、いくらか回復した望子と兜森は火の玉が飛んできたあの縁側に戻ってきていた。

 鳥町はまだ戻ってきていないが、配信が始まらないことには捕まえようがないからと、望子を囮に使うらしい。

 望子はひどく怖がって、兜森から離れなかった。


「私を囮に使うなんて……警察は人命第一じゃないの?」

「当たり前じゃないですか。そのために俺がここにいるんです」


(俺だって、大臣の孫とはいえ、一般市民を危険には晒したくねーよ。でも、それじゃぁいつまでたっても犯人は捕まらない……別の炎上したインフルエンサーにターゲットを変えるだけかもしれない)


 鳥町は電話で絶対に大丈夫だと宣言していた。

 何かとっておきの作戦があるようだが、詳細は到着してから話すと言われている。

 縁側の扉は全て締め切っている。

 内側から鍵をかけてあるし、庭にはSPもいる。

 屋敷の警備体制は万全だ。


 しかし、奇妙なことが起こる。

 屋敷の全ての扉の鍵が、次々と自動的に解除され、窓も扉も音を立てずにゆっくりと開いたのだ。


(やっぱり、念動力か……!!)


 誰も触れていないのに、縁側の扉も静かにゆっくり開いて行く。

 そして、微かだがドローンの音が聞こえる。


「下がってください」


 兜森は望子を隠すように一歩前に出た。

 音を頼りにドローンを探すと、確かに上空にドローンが飛んでいるのを見つける。

 ドローンごと水に変えてやろうと、兜森は異能を使おうとした。

 しかし、距離が遠すぎて、何度念じてもドローンが水に変わることはない。

 むしろ、どんどん遠ざかって行く。

 逃げるように……


「……あれに搭載されてるわけではないのか?」


 庭にいたSPたちも、皆ドローンの方を向いて不思議がっていた。


「あ! 生配信が始まったわ」


 その時、望子のスマホに、例の承認欲求モンスターの生配信の通知が届く。

 すぐに再生すると、どこかのトイレの鏡越しにペストマスクの男が映り、あの抑揚のない読み上げ機能の音声が流れて来る。


『再チャレンジ。今日こそ、あの嘘つき女を成敗します。炎上炎上大炎上』


 少し画面が乱れたあと、映像が切り替わり、ドローンのカメラに。

 映し出されていたのは、岡根邸の庭。

 まだドローンが飛んで行った方向を見ている庭にいるSPたちの横顔。

 そして、縁側にいる兜森と望子に近づいて来る。


「え!?」

「……あれか!!」


 最初に飛んでいたドローンとは反対側から、もう一台ドローンが飛んできている。

 気づいた時には、空に赤い火の玉が飛んでいて、望子の顔に一直線に向かっていく。


「変われっ!!」


 頭に触れそうなほど近づいたところで、火の玉は弾けて水に変わる。


「ひゃっ!?」


 驚いて腰を抜かした望子の頭に、水がかかる。


「な、なにこれ……臭っ!! おえぇっ」


 あまりの臭さに吐きそうになる望子。

 兜森の異能のおかげで助かったものの、あまりの臭さに悶え苦しんでいた。


「そ、そこまで言わなくても……」


 これで一応一安心だと、兜森は生配信用のドローンを睨みつける。

 生配信でその様子はネット上に流れていた。

 また失敗したのだと気づいた視聴者の批判コメントで、チャット欄は溢れかえっている。


「クソが……ドローンごとくせえ水に変えてやる……————」


 兜森はそれも水に変えてやろうと、異能を使おうとした。

 ところが————


「————待った!! 兜森さんストーップ!!」


 鳥町が止めに入る。


「は!? なんでだよ!?」

「いいから、そのまま!! 作戦が台無しになるっス!! 火の玉さえ防いでくれればもう十分なんスよ! 余計なことしないでください!!」

「だから、なんでそうなる!? あれごと水にしちまえばいいじゃねーか……!! 逃げられるぞ!?」


 兜森の言う通り、ドローンは逃げるようにどんどん遠ざかって行く。

 これ以上遠くへ行かれたら、異能が使えないと焦る兜森。


「大丈夫っス! ちゃんと追跡してもらってるんで!! よく見てください……」

「よく見ろって……なにも————え?」


 ドローンに対抗して、こっちも追跡用のドローンを用意したのかと思えば、空には青い火の玉が浮いていた。

 火の玉というより、まるで人魂だ。

 それが、逃げて行くドローンの後を追って行く。


「な、なんだあれ……?」

「見ての通り、人魂っす」

「いや、だから、なんで人魂がドローンを追ってるんだよ!?」

「だから、頼んだんすよ。ドローンの行方を追跡してもらうように……」

「誰に……? 《異能》犯罪対策室の他の刑事は、入院中のはずだろ?」

「……なに言ってるんすか。もう一人いるでしょう。うちには優秀な異能持ちの刑事が」

「は?」


(異能持ちの刑事……? 優秀……?)


 さっぱり見当がつかなくて、兜森は首をかしげる。

 鳥町は、やれやれと呆れ顔で、その刑事の名前を口にした。


「もしかして、知らなかったっスか? 千室長も異能者だってこと」

「し……室長!?」


《異能》犯罪対策室室長・千芳正警視は、警視庁で初めて、異能持ちであることを公言した刑事である。

 彼の異能は、幽体離脱。

 離脱した魂は、人魂となって都内、日本全国、時間さえあれば地球の裏側にだって、自由に行き交うことができるのだ————



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