第17話 ヒノモト
千が異能に目覚めたのは、十年前。
捜査一課の警部だった当時、東京で起こった連続殺人事件の犯人を追跡中に交通事故により全身打撲と左足と両手を骨折の大怪我を負った時だ。
意識はあるのに、体は動かない。
痛みはあったが、それ以上に犯人を逃すものかという執念に燃えていた時、奇妙なことが起こった。
犯人は部下たちが追跡、千の体は救急車で運ばれて行ったのだが、魂だけ事故現場に置いて行かれたのだ。
最初はなにが起きているのかわからなかった。
幽体離脱しているということすら、わかっていなかったのだからどうしようもない。
自分の体がどの病院に運ばれたのかもわからず、もしかしたら、死んだのかもしれないと、街中をさまようしかなかった。
そこで偶然出会ったのが、霊視ができる異能を持つ若い女だった。
千の姿は、彼女にしか見えていない。
彼女は、真日本人教の初期メンバーの一人が独立して作った異能に目覚めていながらその力を隠して生活している者の保護を目的とした民間団体『ヒノモト』の会員であった。
ヒノモトに会員である彼女の助言により、自分は幽体離脱しただけで、まだ死んではいないのだと気がついた千は、必死に自分の体を探す。
彼女の話では、幽体離脱の異能は基本的に二十四時間以内に元の体に戻らなければ、体の方が死んでしまうらしい。
どうにか見つけた自分の体に戻り、目覚めると、あまりの痛さに再び意識を失いそうになった。
そして、千のリハビリを担当した理学療法士が、その時の偶然にも彼女————現在の千の妻・
それまで恋愛とは全く無縁の捜査一課の敏腕刑事であった千は、四十八歳にしてやっと春を迎える。
「————と、いうわけで、室長は二十五歳年下の奥様と今でもラブラブなんス。まぁ、仕事が忙しくて離れていても、幽体離脱しちゃえばすぐに会いに行けるって、便利っスよね」
「いや、今、室長の奥様との馴れ初め話とか関係ないだろう!? それより、犯人の居場所の特定の方が……」
「だーかーら、室長に任せておけば大丈夫っスよ。あ、ほら、噂をすれば電話きました」
鳥町のスマホに千から電話が来た。
回収されたドローンは二台とも、岡根邸の向かいの道路に停まっていた黒いワゴン車に。
ナンバーも千が確認したため、身元もすぐに割れる。
車の所有者は、
元映像制作会社のカメラマンで、最初の被害者である暴露系配信者のスタッフとして働いていた。
そして、その北窓と一緒に行動していたペストマスクの若い男は、
高校二年生。
三、四人目の被害者である双子モデルから、いじめられ命を絶った火本
「それじゃぁ、居場所もわかったことですし、しょっ引きますかぁ。次の火の玉がチャージされる前に」
鳥町は右手から梯子を出して、岡根邸を囲っている塀の前にかけると、あっという間に塀に上がって走り出した。
人魂を目標に追いかける。
兜森も、それに続いた。
◆
「お、おい、どうなってんだよ!? なんでまた失敗した!?」
「知らねーよ!! 狙いは外してねぇのに、消えたんだ……!!」
火本はドローンを回収し、後部座席に飛び乗った。
焦る二人。
車内でドローンの操作と配信カメラの切り替えを行なっていた北窓は、ドアがしまったと同時に車を急発進させる。
「お前の異能、必ず当たるんじゃなかったのか!?」
「知らねーよ!! 俺だって、こんなん初めてなんだ!! お前もカメラで見てただろ!? 火の玉が突然、水か何かに変わって————」
北窓は一度目視したものでないと念動力を使うことができない。
ドローンに搭載されたカメラで、鍵の位置を把握し、念動力で窓をゆっくり開ける。
そこへ触れたものをだけを燃やすことのできる異能者である火本の火の玉をぶつける。
火本のこの異能も、遠距離であっても対象物の様子が見えれば発動できる。
その射程距離は他の同系統の異能者たちにと比べるとかなり広範囲だった。
「……まさか、他の異能者か!?」
「えっ!?」
他の異能者。
二人とも自分たちの他に異能者がいることは知っているが、実際に遭遇したことはない。
北窓は炎上の後突然カメラマンを解雇された恨み、火本は兄が死んだ真相を知ってどう復讐すべきか……二人とも匿名でやっていたSNS上でそれぞれ呟いていた。
そんな二人を繋いだのが、セーテンという男。
彼の提案通り、今まで事を進めて来たが、こんな失敗をしたのは初めてだった。
「異能者に勝てるのは、異能者しかいないって、セーテンが言ってただろ? あのSPの中に、異能者がいたんじゃないか?」
「あの中に……? くそ、じゃぁ、どうすればよかったんだ?」
「とにかく、セーテンに連絡してくれ。俺は運転に集中するから……」
「ああ、わかった」
火本はスマホからセーテンに電話をかける。
しかし、セーテンは電話に出なかった。
「くそ、なんで出ねーんだよ!! こんな時に!!」
とにかく現場を離れようと、北窓はアクセルを強く踏んだ。
しかし————
「うわああああっ!?」
真っ正面から、パトカーが突っ込んで来た。
反射的にハンドルを切り、停止する車。
「な、なんで、なんでもうサツが……」
「通報されたのか!?」
北窓はバックして方向を変えようとしたが、後ろからもパトカーが迫る。
しかも、よく見たら運転席に人がいない。
右からも無人のパトカーが迫ってくる。
「え……? え? なんで……?」
青い人魂が、無人のパトカーの横にゆらゆらと浮いていた。
そして————
————ドンッ
「な、なんだ?」
「車の上に、何か落ちたか!?」
車の上から足音がする。
人が乗っているのだと気付いた時には、もう、手遅れだった。
謎の手のひらがフロントガラスにバンっと音を立てて張り付き————
「こんばんはぁ……警察でーす!」
そう言いながら、女が上部からゆっくりと顔を出して、笑っている。
ちなみに右手には、日本刀を持っていた。
「ぎゃああああああああああっ!!」
「うわああああああああああっ!!」
「あ、間違えた。こっちこっち。はい、警察手帳」
警察手帳と間違えて、日本刀を出してしまった鳥町。
すぐに日本刀を引っ込めて、警察手帳を出したが、車内で二人は泡を吹いて気を失っていた。
幽霊だと思ったらしい。
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