第3話 ココアシガレットとチュッパチャップス
「彼女がもう一人の刑事ね。君の相棒。鳥町璃子警部」
「鳥町っス。おなしゃーっス」
ココアシガレットをくわえたまま、とてもゆるく敬礼する鳥町。
一応している程度の薄い化粧がなければ、高校生と間違われてもおかしくないほどの童顔だ。
兜森は驚きすぎて、思わず聞き返してしまった。
「警部……!?」
(どう見ても、俺より若いのに!? 警部!?)
それもそのはずで、鳥町はいわゆるキャリア組。
高卒ですぐに警察学校に行ったノンキャリアの兜森とは違って、初めから警部補スタートだ。
出世も早い。
「鳥町くんはこう見えても、二十四歳でね……ウチへ配属される前は捜査二課にいたんだが……」
「あーしの他にも、何人か異能持ちが引き抜かれたんすけど、ろくな異能を持ってなくって、みんな辞めたり、殉職して行ったんスよ」
「そう、それで今、刑事で残っているのは、僕と鳥町くんだけ。まぁ、入院中の人もいるが————機能しているのは君を入れて三人だけね」
鳥町は敬礼していた右手をピースに変えたかと思うと、千室長の『三人だけね』のタイミングで薬指も立てて、三本にした。
どう見てもふざけているようにしか見えないが、これが警視庁刑事部《異能》犯罪対策室である。
兜森はここでは一番下っ端。
自分より年の若いチャラい女警部とバディを組まされることになった。
「机は、空いているところ使ってくれればいいからね。ということで、まぁ、よろしくね。あーあと、あそこにあるお菓子は好きに食べていいからね。それじゃ、そういうことで……」
千室長が指差した先には、大量の駄菓子。
うまい棒、よっちゃんイカ、ラムネグミ、ヤングドーナッツ、チロルチョコ、きなこ棒まである。
警察庁内だというのに、駄菓子屋でもやっているのかと思ってしまうほどのラインナップだった。
「さ〜て、今日はどれにしようかなぁ」
千室長は、楽しそうに鼻歌を歌いながら駄菓子の前で小躍りをしている。
かつて捜査一課にいた時は、『鬼の千さん』と呼ばれていたらしいが、その面影は一切なかった。
ただの、駄菓子好きの愉快なおじさんである。
「あ! あーしのチュッパは食べないでくださいよー室長!」
「ええ? たまにはいいじゃない」
「ダメっス。ストロベリークリームはあーしのっス」
「じゃぁ、プリンならいい?」
「ダメっス。プリンもあーしのっス」
「ええ? それじゃぁ、僕はラムネにしようかな」
鳥町との会話は、娘か孫と戯れているようにしか見えず、兜森の顔が引きつる。
(本当に、大丈夫かこの調子で……)
異能にさえ目覚めなければ、こんな異質なところに移動になることもなかったのにと後悔する一方で、異能に目覚めなければ今頃死んでいたかもしれないと思うと、複雑な心境だった。
「————ところで、結局、兜森さんはどんな異能を持ってるんスか?」
「えっ?」
「ここに来る前に、警察病院とか科捜研とか、どっかの大学とかで精密検査とよくわからない実験受けませんでした?」
「ああ、受けたよ……————受けました」
「あ、タメ口でいいっスよ? あーし、階級とか気にしませんから」
「……受けた」
あの日、兜森の異能が目覚めた日。
まず、警察病院に入院させられ、本当に異能が目覚めたのかの確認作業に追われる。
身体測定、血液検査、尿検査、聴力、視力、脳波検査、CTスキャン、DNAの検査……ついでに精神鑑定。
最初の三日間は警察病院。
その後、よくわからない研究施設のような場所で、運動能力や異能の発動条件などなど……約二週間は自宅に帰ることができず、やっと解放されたと思ったら、結果が出るまで自宅待機を命じられ、家から一歩も外に出られなかった。
そうして、どうやら兜森には『あらゆる物質を水に変える』という、異能があるという結果が出る。
「ふへぇ……物質を水に変える————じゃぁ、これも?」
鳥町は空になったココアシガレットの箱を兜森に向かって放り投げた。
綺麗な放物線を描いて飛んできたそれを、兜森が心の中で「変われ」と念じるだけで箱は一瞬で無色透明な水に変化し、バシャリと床に落ちる。
「うわぁ……すっごいスね!」
床にはちょうど箱の容積分くらいの小さな水溜りができていて、鳥町はそれを近くでじっくり見ようと顔を近づける。
「何でも水にする異能かぁ……って、くっさ!! なんスかこれ!?」
兜森は、確かに物質を無色透明な水に変化させることができていた。
しかも、この異能が目覚めてからまだ一ヶ月も経たない間に、すっかり使いこなすことが可能になっている。
爆発物処理班にいたとはいえ、元は機動隊員。
彼の元々のフィジカルは素晴らしいものだった。
ただし————
「俺の異能は、あらゆる物質を水に変えることができるが、異臭を放つという欠陥つきだ」
水は無色透明でも、小学校の掃除用具入れに入っている雑巾のような、悪臭を放つものだった。
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