第2話 警視庁刑事部《異能》犯罪対策室


 平成三十五年十月二日月曜日。


「えーと、兜森くん……だったね」

「はい、本日からこちらに配属となりました、兜森圭巡査部長であります!」


 兜森は警備部から刑事部へ異動となった。

 先月異能に目覚めてしまったせいである。


「うん。まぁ、そう堅くならずに……とりあえず、ここに座りなよ」

「はい」


 警察庁本部の地下三階。

 窓がなく、今時LEDではない蛍光灯がチカチカしているこの少々薄暗い部屋にあるのは、今年設立されたばかりの《異能》犯罪対策室。

 そこが、兜森が新しく配属された部署だ。

 定年間近の白髪混じりの髪を綺麗にポマードで固めたオールバックのせん芳正よしまさ警視に促され、兜森は黒い長椅子に腰をかける。

 ガラステーブルを挟んで向かい側の椅子に、千も腰を下ろした。


「僕がこの、《異能》犯罪対策室の室長でね。今は僕ともう一人しか刑事はいないのだけど……まぁ、よろしく頼むよ」

「はい。よろしくお願いします」


 千室長といえば、かつては捜査一課の敏腕刑事デカであった。

 数々の凶悪事件を解決し、犯人検挙に尽力してきた大先輩を前に、兜森は少し緊張する。

 にこにこと笑ってはいるが、やはりどこか、ピリっとした空気を纏っているように感じたからだ。


「君は、異能についてどこまで把握しているかな?」

「……えーと、恥ずかしながら、自分とは無関係なものだと思っておりましたので……超能力ということくらいしか。あとは————真日本人教の名前くらいでしょうか」

「ふむ。まぁ、一般の人はみんなそれくらいしか知らないよね……」


 千室長は、テーブルの上に巻物のようなものをさっと広げた。

 テーブルの端から端まで、その巻物にはびっしり文字が書かれている。


「始まりは、二十五年前。平成十年の八月ことだ。それまで、超能力者を名乗る者、霊能力者を名乗る者なんかが多くいたけど、どれも皆、実際は手品でタネも仕掛けもあるもの。テレビなんかでもやらせが普通だった。まぁ、国民はみんな作り物だとわかっていて、信じてはいなかったけどね」


 千室長は懐から扇子を取り出すと、落語家か講談師のような話し方で一気にそこに書かれている女の名前をポンと叩いて、続けた。


「ところが、本物が現れた。御船みふね百合子ゆりこと名乗る女が、超能力者や霊能力者————つまりは今でいう異能を持つ者を引き連れて、テレビに雑誌、ラジオにインターネットと……ありとあらゆるメディアを通して、自分たちが本物であることを示した。科学者たちは彼女たちの力をインチキだと証明しようとしたが、誰一人できなかった。そして、彼女は言った。『私の異能は、皆さんの中にある異能の力を目覚めさせる力————すなわち、異能を付与する力である』と……!」


 御船百合子は、著書の中で『《異能》とは、日本人特有の遺伝子を持つ者のみに稀に現れる超能力である』と記している。

 日本人の遺伝子を受け継ぐ者であれば、皆異能を持っているが、殆どの人間はそのことを知らない。

 力が目覚めていないからだ。

 自らの力で目覚めることができるのは、多くの場合、死に直面した時だと言われている。


「そうして、できたのが、御船百合子を教祖とする真日本人教という宗教団体だ。真日本人教に入信すると、日本人であれば彼女の異能によってその異能を強制的に目覚めさせることができ、また、日本人の遺伝子を持っていなくても、付与させることができるらしい」


 異能。

 超能力。

 霊能力。

 人知を超えた力。

 力を欲する者たちは皆、真日本人教に入信し、それぞれ異能を持つ者となった。

 それから二十五年の月日が流れ、今や日本人は異能を持つ者と持たない者に二分されている。


「ところが、二十五年も経つと教団は大きくなりすぎた。大きくなりすぎた組織いうのは、どうしても考え方の違いで内部分裂をしてしまうものでね……この数年、真日本人教から派生したとされる八咫烏やたがらすという団体によると思われる犯罪が、日本やアジア、世界各国で多発している。彼らをはじめとする異能者による犯罪を取り締まるのが、この《異能》犯罪対策室だ」

「設立時、ニュースにもなっていましたよね? 確か、警視総監が直々に会見も開いて……————それなのに、どうしてこんなに人員が少ないんですか?」


 八咫烏による犯罪は、今や社会問題となっているのに、そんな重要な部署に三人しかいないといというのが、兜森には理解できなかった。


「ああ、それはね————」

「————刑事の中に、使える異能者がいないからっスよ」


 突然、若い女の声がして兜森が振り返る。

 女はソファーのすぐ後ろに立っていたのに、いつからそこにいたのか、兜森は全く気がつかなかった。


鳥町とりまちくん。ダメじゃないか、遅刻だよ?」


 髪を後ろで一本に縛り、グレーのリクルートスーツを着た、どう見ても就活生にしか見えない女————鳥町とりまち璃子りこは、遅刻してきたというのに悪びれもなくタバコを口に咥えている。


「人身事故で電車が遅延したんスよ。仕方がないっしょ? 遅延証明書、いります?」


 しかしよく見れば、それはタバコじゃなく、ココアシガレットだった。


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