第6話 透明人間コンタクト


わたくし、警視庁刑事部《異能》犯罪対策室の鳥町と申します。責任者の方、今いらっしゃいますか?」


 鳥町は、とても丁寧な口調で警察手帳を提示しながら、受付をしていた黒縁メガネの男性店員に声をかけた。


(別人じゃねーか。誰だこいつ……)


 さっきまでの、どこかのギャルのような口調とは全く別人で、兜森は鳥肌が立つ。


「い、今すぐ呼んできます。少々お待ちください!」


 店員は驚いた表情で、店の奥にいる店長を呼びに行った。

 鳥町はその間、キョロキョロと店内を見回す。


「……うーん、入り口付近にもちゃんと監視カメラがあるっスね。まぁ、今時どこの店にも置いてあるのが普通っスけど」

「鳥町、お前、なんだ? 今の?」

「今のって?」

「いや、喋り方だよ。普通に喋れんじゃねーか」

「やだなぁ、兜森さん。あーしだって、警察官っスよ? TPOくらいわかってますよ。普段の口調で聞き込み捜査なんてしたら、後でネットになんて書かれるかわかりませんし、何より、刑事だって信じてもらえなかったら捜査協力だってしてもらえないっス」

「……それは、まぁ、そうだな」

「それに、兜森さんなんて、ずっと警備部にいたから刑事のイロハとかもわかってないっスよね? 余計な口出しは無用っス。一応まだ慣れるまでは研修中っスからね? 使えないと思ったら外しますから」


 そういうところはしっかりしているようで、急に警部らしさを出してきた鳥町。

 確かに兜森は警備部にいたわけで、刑事部の刑事であったわけではない。

 刑事としてどうかと聞かれれば、新人である。


(くそ……階級さえ、階級さえ警部じゃなけりゃ、こんな女の言うことなんて聞きやしないのに————っ!)


 それでも一応、十八歳で警察学校に入ってから数えるともう十年になる。二年前まで大学生だった鳥町に、自分の進退がかかっているのかと思おうと、なんだか腹が立ってきた。


(何が刑事のイロハだ。本当にわかってるんだろうな? 人間相手じゃ、教科書通りにいかないことの方が多いってのに……)


「すみません、お待たせしました。店長の石田です。爆破予告の件でしたら、他の刑事さんにもうお話ししてますけど……? 防犯カメラの映像も、提出済みですし……」

「そう。それなんですよ、店長さん」

「え……?」

「提出されたのは、犯人がメールを送信したとされる時間帯の部分だけですよね?」

「え、ええ。そうですが?」

「犯人がメールを送信した前日、当日、翌日の全部の映像を見せて頂きたいんです。犯人が映っている可能性があるので。過去三回の分も含めて」



 * 



 ネットカフェ『@アットネットジャポン』は、全国展開している大手企業。

 全国各地に支店があり、どこの店舗でも利用料金は一律。

 一度会員登録をしてしまえば、全国どこでも利用可能で、24時間営業。

 PCの他に漫画や雑誌、カラオケルーム、ビリヤード、ダーツなども楽しめる。

 ドリンクバーと、店舗によってはシャワールームも完備されている。


「前日の映像なんて見て、一体何がわかるんだ?」

「だから、透明人間を探すんすよ。簡単っス。誰も出てこないのに、ドアが開いた部屋を探せばいいんで」

「ドアが開いた部屋?」


 カチカチと早送りしながら、鳥町は監視カメラの映像をじっと見つめる。


「まず、受付の前の自動ドア。あれは光線式の自動ドアでした。透明人間が出入りするなら、他の客が開けた時に紛れて一緒にいどうするしかありません。タイミングよく客が入ってくる時間まで、全裸で立っているとは思えないんすよ」

「————全裸?」

「過去の話ですが、三年くらい前に透明人間の異能者がテレビに出演してるんス。体は透明になれるけど、服やメガネとかは消すことができないでそのまま残るらしいっス。それに、透明でいられる時間にも限りがあるらしくて……」


 そのテレビに出ていた透明人間と、今回の犯人が同一人物とは限らない。

 異能の精度は人それぞれで、足だけ透明に慣れる異能者というのもいるらしく、その人は自分の異能を活かして、遊園地のお化け屋敷で働いているらしい。


「つまり、裸のまま店の前で待機していないといけないということか?」

「そうっス。なんで、多分、入店時は普通に人間として入ってきてると思うんすよ。で、着替えができる監視カメラのない部屋……例えば、このシャワールームかトイレ。そこで全裸になって透明になってるんじゃないかなーと……————あ、ほら、ここ!」


 鳥町は画面止めて、巻き戻した。


「ここ、見てください。誰もいないのに、ドアが開閉してます」


 この先シャワールームと書かれたの引き戸が、確かに誰も人がいないのに勝手に開いて、閉じた。

 時間は、メールが送信される五分前。

 そして、画面の中を何か小さなものが横切ったような、そんな動きが確かにあった。


「ここ、拡大できるか? 今、何か動いたぞ」

「え、ここっスか?」


 ズームにしてよく見てみると、小さな黒っぽい物体が二つ並んで移動している。


「虫……?」

「そうだとしても、二つ同時に動くか?」

「大きさ的には、それくらい小さいものだと思うっスね……でも、この動き、一体……」


 鳥町が首を傾げていると、厨房の方から食器を盛大に落としたような音が聞こえた。

 音が聞こえた方を見ると、店長が先ほど受付に立っていた黒縁メガネの男性店員と一緒に厨房の方へ走って行く。


(メガネ……————)


「あ……」

「ん? どうかしました?」

「鳥町、透明人間は服やメガネは透明にできないんだよな?」

「ええ、透明にできるのは、自分の体だけで、人工物は————あ」


 鳥町もそれが何かに気がついて、二人同時に声に出す。


「コンタクトレンズ!」

「つけま!」

「————え、コンタクトだろ?」

「いや、つけまっしょ!? コンタクトなら透明だから動いてるかどうかなんてカメラじゃわかんないっスよ?」

「いやいや、つけまって……それじゃぁ犯人は女ってことか!?」

「そこまではわかりませんけど……まぁ、とにかく、ここに透明人間がいるのは確かっスよ!!」


 どちらが映っていたのかはわからないが、これで容疑者がだいぶ絞れる。

 鳥町はシャワールームに出入りした人物を特定し、他の店舗でも同じように透明人間が映っている映像がないか調べる。

 すると、全てに該当する人物が一人、浮上した。


 唐田からだとおる、二十歳。

 彼は、兜森が異能に目覚めた日、あの爆弾が仕掛けられた大学に通う生徒の一人。

 彼が映っているSNS上の画像や動画を確認すると、黒目が少し大きくなるコンタクトレンズを使用していることがわかった————




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