第7話 裸の王様
爆破予告のメールは、すべてシャワールームがある店舗から送られていた。
特に『@ネットジャポン』には全店シャワールームが完備されていて、別料金も発生しない。
使用された公衆電話も、容疑者である唐田の住んでいるアパート、もしくは大学から徒歩圏内にある。
そして、唐田の利用履歴を確認すると、唐田は毎週月曜日に夜の九時過ぎから『@ネットジャポン本店』を三時間利用していることが判明した。
授業終わりの夕方から九時まで、毎週コンビニでバイトをしているらしく、そのコンビニから一番近いのがこの本店らしい。
大学の方に問い合わせたが、唐田は翌日の火曜日の講義は午後から。
本店以外は、どれも利用時間や曜日はバラバラだった。
兜森たちは、支店から本店へ場所を移動し、利用客のふりをしてシャワールームの向かい側にあるペアシートに身をひそめる。
「————ところで、唐田が透明人間だったとして、どうやって捕まえる? 透明になって逃げられたら、姿が見えないよな?」
「大丈夫っス。その場合、これがあるっス」
鳥町は左手からサーモグラフィーを出し、右手からはプラスチックのおもちゃのような銃を出した。
中に、防犯用のカラーボールが入っている。
色はあまり目に優しくない蛍光オレンジ。
「肉眼では見えなくても、生きている人間なのでサーモグラフィーには映るっス。まぁ、手っ取り早いのはこれをぶっ放して色をつけちゃえばOKっス」
「なるほど……」
鳥町が童顔のせいか、持っているものが子供のおもちゃにしか見えない。
しかも、鳥町はどこか楽しそうにニヤニヤと笑っている。
(なんで笑ってるんだこいつ……犯人を捕まえる気あるのか?)
本気で捕まえる気があるのかないのかわからないが、とりあえず兜森は唐田が入店するのを待った。
PCには、入り口の監視カメラの映像が映し出されている。
バイト先のコンビニで逮捕することもできるが、コンビニはすぐに逃走される可能性が高い。
透明人間のまま、街に出られたら見つけるのは困難。
もし逃走時に透明人間でいられる時間が過ぎてしまったら、全裸の男が突然町に出現することになってしまう。
公然わいせつ罪でしょっ引くことも可能だが、見せられた被害者がかわいそうだと、鳥町は『@ネットジャポン』の全面協力を得て、唐田が入店したら出入り口を封鎖する手はずを整えていた。
それに本店の店長の話だと、実は毎週月曜日の夜、唐田が入店しているこの時間帯にバイトに入っている女性スタッフ2名が痴漢被害にあっているらしい。
控え室で制服に着替えている間、誰かに見られているような視線を感じたり、誰もいないのにはぁはぁと、誰かの荒い気遣いが聞こえたこともあるそうだ。
最近はそれがエスカレートして来ているようで、仕事中に不意に胸や尻を触られた感覚があるのに、そこには誰もいないということがあったそうだ。
おそらく、透明人間になった唐田の犯行に違いない。
まずはその痴漢の容疑で逮捕する。
「……来たぞ」
受付にいたスタッフから合図が来た。
黒いパーカーに、ジーンズ姿の唐田が入店。
唐田が入室したのは、シャワールームの右隣の部屋。
そして、シャワールームのドアの左隣には、スタッフルームのドアがある。
唐田は荷物を置いたあと、すぐにシャワールームへ向かった。
まだ服は着ている。
ドアの隙間から様子を見ていた鳥町は、サーモグラフィーをシャワールームの方に向けて、準備完了。
5分もせずに、シャワールームのドアが誰もいないのに勝手に開く。
そして、唐田の目と同じ高さに、目を大きく見せるためのコンタクトレンズが、宙に浮いている。
人間の目にはそれしか見えないが、サーモグラフィーには、はっきりと人の形が映っていた。
まだ若いのに、下っ腹がボテっと膨らんでいる、だらしのない体だ。
サーモグラフィーで唐田の動きを追うと、彼はスタッフルームからちょうど出て来たばかりの女性スタッフの後ろをついて歩いて行く。
それも、体が密着するほどの近距離だ。
女性スタッフは、いつもの気配を感じ、露骨に嫌そうな表情をしている。
唐田の手が、女性スタッフの尻に触れているのを確認した瞬間、鳥町はカラーボールの入った銃を撃った。
「うひゃああっ!?」
急に体にオレンジのインクを浴びて、唐田は素っ頓狂な声をあげる。
「きゃああああっ!!」
尻を触られていた女性スタッフがその声に驚いて振り返ると、オレンジの人らしき何かが背後にいて、驚いて腰を抜かした。
オレンジのインクが人らしい形を成して浮いているのだ。
当然の反応だ。
「————唐田透、痴漢の現行犯で逮捕する!」
「……」
「ほら、何ぼさっとしてるんすか、兜森さん! 逮捕!! 捕獲して!!」
「……あ、ああ、俺か」
初めて見た透明人間に戸惑っていた兜森は、つい唖然としていたが、すぐに蛍光オレンジに染まった人型のそれに飛びかかる。
警察学校でみっちり教わって、体に染み付いている体術で唐田を制圧すると、透明だった唐田は観念したのか透明化を解いて、全裸の姿を現した。
「ち……ちくしょう!! もう少しだったのに……っ!! 今日こそ、今日こそ彼女のおまんふぎゃあああっ」
だらしのない体で、何かとても卑猥なことを言いそうだったので、鳥町はカラーボールを唐田の顔面にぶつけた。
その飛沫が、兜森の顔にもかかる。
「おい、俺まで汚れたじゃないか!! どうしてくれる!?」
「大丈夫っス。シャワールームがすぐそこにありますから、洗ってください」
鳥町は何食わぬ顔でカラーボルの銃とサーモグラフィーを体内に戻すと、代わりに手錠を出して唐田の手首にしっかりかける。
「ああ、あーしの指にもついたぁ……キッショっ」
そして、兜森の背広の汚れていないところに手についたインクを擦り付けながら、汚物を見るような目で唐田の顔をグリグリとパンプスのかかとで踏みつけた。
(————この女っ!!)
かくして、透明人間は捕まった。
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