Case3 高級住宅立てこもり事件

第19話 この世界は二人だけのもの


「だから……俺はセーテンなんて男知らないって言ってんだろ? 異能だって、もってねぇし……」


 北窓の事情聴取が終わり、次は火本の事情聴取が始まった。

 火本はもう一度異能が使えるようになるまで粘る気のようで、自分が異能者であることすら否定。

 自分の異能が当たりさえすれば、収監されても抜け出せるという絶対の自信を持っていた。


「俺は関係ない! こんなの、不当だ!! いいのか? 警察が未成年相手にこんなことをして……!!」


 ずっと同じような話の繰り返し。

 全く正直に答える気のない火本に、鳥町はしびれを切らしてにっこりと微笑みながら、一度取調室から外に出た。


「お、おい、鳥町……?」


 十分後、鳥町は両手に氷入りのバケツを二つ持って戻ってくる。

 一体何をするのだろうと、兜森が考える暇もなく、二つとも頭からおもいっきり火本にぶっかけた。


「冷たっ!! 何するんだ、クソババァ!!」

「ああん? 誰がクソババァだこのクソガキが……!! これ以上そういう態度をとるなら、テメェの頭上から一生冷水流し続けっぞ?」

「そ……そんなこと、できるわけ……」

「警察なめんな」


 そう言って、手からもう一つバケツを出して、また頭からかける。


「えっ!? なんで、また……————!?」


 さらに、もう一つ出てきて、空になったバケツが床に四つ転がっていた。

 鳥町の異能が何かわかっていない火本からしたら、次々新しい氷水入りのバケツが増えていく不思議な光景だ。

 鳥町が五つ目の氷水をぶっかけたところで、ようやく火本は素直に口を開いた。


 ガクガクと寒さに体を震わせながら————



「せ、セーテンってやつの指示で、やりました」

「……初めからそう素直に言えばいいんっスよ」


 鳥町はニコニコと微笑みながら、今度は熱湯が入った電気ケトルを出して、火本の脳天からゆっくり注いだ。


「あっついっ!!」



 *



 平成三十五年十月十四日土曜日早朝。



「……キッショ」



 鳥町璃子は、玄関の前に置かれていたピンクの不織布で綺麗にラッピングされたワインと、添えられた二本の真っ赤な薔薇を見て、ただ一言、そう呟いた。

 二十歳になってから、毎年、誕生日とクリスマスになると差出人不明のプレゼントが置かれている。

 誰が送っているのかわからない。

 普通に宅配サービスや郵送で届くこともあれば、今日のように誰かが直接玄関前に置いて行くこともある。


 相手が誰なのかさっぱりわからないが、毎回必ず、薔薇が添えられている。

 最初は一本だけだったが、去年から二本に増えた。

 一本なら「一目ぼれ」「あなたしかいない」などという意味がある。

 二本の意味は「この世界は二人だけのもの」。

 三本の「告白」「あなたを愛しています」ならまだわかるが、二本というのが気持ち悪い。


 正直、恋愛というものとは無縁で生きて来た鳥町には、相手に全く見当がつかないのだ。

 男性の友人が全くいないわけではないが、自分に好意を向けているような人間は思いつかない。

 では、女性からか?とも考えたが、それも見当がつかない。

 最初は誰かのいたずらかと思っていたが、これでもう五年目だ。


「お嬢様……? どうされました?」

「ばあや……これ、また置いてあったの」


 取り調べが朝までかかって、徹夜で疲れ果てているというのに、家に帰ってもこれかと思うと、げんなりする。

 これまで盗聴器や毒が盛られている可能性を考えて、科捜研に持ち込んで徹底的に調べたりしていたが、結局何も見つからない。

 今年はそこまでする元気がなかった。


「どうせ何も出てこないだろうし、捨てておいて」


 それより早く寝たいという思いが強くて、鳥町は新聞を玄関まで取りに来ていた住み込み家政婦・美田園みたぞのにワインと薔薇を預け、自分の部屋に入った。


 着替えるのも面倒で、スーツのままベッドに倒れ込むと、そのまま死んだように眠る。

 鳥町は一度眠ると、地震が来ようが火事が起きようが起きないほど糸が切れたかのように熟睡するタイプだ。

 だからこそ、自分が爆睡している間に何が起きていたかなんて、知る由もない。


「————な、なんですか、あなた!! やめてください!!」

「うるせぇ!! 騒ぐな!!」

「だ、だれか! 誰か助け————……」


 ————バンッ


 かすかに聞こえたなんとも物騒なその声も銃声も、夢なのか、現実なのかわからなかった。



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