Case2 インフルエンサー炎上焼死事件
第10話 なんだそれ
「————逆にやられる? どういう意味だ」
口いっぱいのチロルチョコをもぐもぐ食べているせいで、兜森が聞き返しても、鳥町はしゃべることができず「ちょっと待って」と意味で右手を前に出した。
(そんな変な食べ方するからだ……なんなんだコイツは本当に……)
兜森が呆れていると、代わりに千が説明し始める。
「————異能者には、人の心が読める
「そんなに、色々あるんですか?」
「うん、残念なことにまだ見つかっていない異能の方が多いのではないかと言われている————人の数だけ異能にも種類があるとね。まぁ、流石に異能者であっても同じ人間だからね、殺しちゃだめだよ?」
千はそう言って穏やかに笑っていたが、兜森は鳥町の方を見た。
「————お前、さっき殺すつもりだったよな?」
鳥町はまだ口の中に残っているチロルチョコをもぐもぐしながら、視線を逸らす。
言葉は発していなかったが、「なんのことっスか?」と、とぼけられた。
「まぁまぁ、それより、そろそろ二人とも家に帰りなよ。もう日付も変わってしまったし……」
千にそう言われて、兜森は壁の時計に視線を移した。
確かに、時計の針はテッペンを超えている。
「室長は、お帰りにならないのですか?」
「ん? うん、僕はね、まだ少しやることが残っているから……」
「それじゃ、あーし帰りますね! 終電間に合わないんで! お疲れっしたっ!」
鳥町はさっさと出て行ってしまった。
「……何なんなんだ……あいつは……」
「まるで嵐みたいな子だろう? 面白いよねぇ」
上官である千に全く敬意を払っている様子もなく、全くもって刑事らしくない。
外見は本当にただの就活生、独特の食べ方をして、話し方はギャルっぽい。
ところが、一般人の前では至極真っ当で真面目な刑事の仮面をかぶる。
何を考えているのか、わかるようで、わからない。
「ほら、兜森くんも帰っていいよ。今日は初日からお疲れさん」
上官がまだ残っているのに帰るなんて……と、少し気が引けたが、兜森は言われた通りこの日は家に帰った。
愛車のシートについたオレンジのインクにげんなりしながら、今日一日起きたことを思い返す。
異能のこと、八咫烏のこと、スーツと車のクリーニング代————
(いや、待て、流石にスーツは新品で弁償だろ。あの女、擦り付けやがったからな)
そして、自宅から少し離れた場所にある月極め駐車場からマンションに向かって歩いていると、消防車と救急車がサイレンを鳴らしながら追い越して行った。
(火事か……?)
方角的に、それは兜森の自宅マンションの方向だった。
上空では、ヘリコプターのような音もしている。
(まさか……!! ヘリが出動するほどの火災か……!?)
兜森は走る。
自分のマンションだったらどうしようと……
けれど、消防車が停まっていたのは、兜森の住んでいるマンションの一つ手前のマンションだった。
避難した住人たちは、火災があった五階の部屋を見上げている。
炎はすでに消火されたのか、兜森が見たときには煙がゆらゆらと半開きの窓から外へ流れているだけだった。
パトカーも到着し、集まってきた野次馬たちの排除をしているのを横目に、兜森は自分のマンションに入る。
気になって、自分の部屋の窓から火事のあったマンションの方を見たが、とくに消化活動が行われている様子はなかった。
「ボヤで済んだのか……?」
不思議なのは、マンションから出てきた消防隊員たちの反応だ。
なぜかほとんど皆、首を傾げている。
流石に会話までは聞こえなかったが、グレーの納体袋に詰められた遺体が一人分、救急車に載せられていくのが見えた。
すぐに消防車も撤収し、避難した住人たちは中へ。
現場にはパトカーのみが残され、後から次々と警察車両が増えていく。
翌朝、出勤前に火災があったマンションの方を見たが、不思議なことに人一人が命を落とすほどの火災があったようには、全く見えなかった。
「昨日の火事、びっくりしたわよね」
「急に火災報知器の音が鳴って、びっくりしたわ。子供達抱えて外に出たわよ」
「でも、結局、火事じゃなかったんでしょう?」
すれ違った幼稚園バスが来るのを待っている母親たちの会話も妙だった。
「なんでも、燃えたのは人だけだったそうよ。他には一切引火してないんですって」
「え、なにそれ? どういうこと?」
「私もよくわからないんだけど、燃えたのは人体だけで、燃えた人の倒れていたカーペットも、亡くなった人が着ていた服も燃えてなかった……って、消防の人がそう話してたそうよ」
「え? どういうこと?」
(……なんだそれ)
兜森はまだ知らない。
この火事が、新たな八咫烏の絡んだ異能者による犯行による、最初の事件であることを————
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