第1章2話:視聴者


黒髪ポニーテール。


青のロングコート。


顔を隠す仮面。


右手に剣。


周囲を飛びまわる飛行カメラ。


これが、現在のルミの状態だ。




ルミは、ダンジョンの扉を開けた。


扉の先は、下へと続く階段である。


ルミはその階段を降り始めた。


階段をくだり終えると、迷宮のような石壁が現れた。


幅は20メートルほどもある広い通路だ。


天井も高く、10メートル近くはあるだろう。


そしてすぐ視界の先に三叉路がある。


どの方向に進もうか悩む。


……と。


ちょうどそのとき。


彼女の配信枠に、訪問者がやってきていた。


――――本来なら、底辺配信者の枠に人なんてやってこない。


ましてや休日の配信となると、あちこちで生配信が立つので、ますます底辺配信者は見向きもされない。


しかしグランチューブにはビギナー応援の制度があった。


新人配信者の初回配信に限り、グランチューブのトップページに配信枠を掲載してくれるのだ。


まあ、わずか1分ほどの短時間ではあるが……。


しかし、この掲載のおかげで、ルミの配信には7人ほどの視聴者がやってきていた。




『ども』


『こいつ配信ビギナーだよね?』


『視聴しにきました!名前はルミさん?……でいいですか?よろしくお願いします』




ルミの配信のコメント欄に、3つのコメントが並ぶ。


コメントを書くのが3人。


聞き専が4人であった。



しかし、ルミは視聴者が来たことに気づいていなかった。


――――実は、ルミは配信という文化について大きな誤解をしていた。


彼女は、録画した攻略動画をアップロードするのが「配信」であると思っていたのだ。


だから現在はあくまで録画の段階であり、視聴者がやってくるとは思っていなかった。




しかし、当然、現在ルミが行っているのは録画ではない。


生配信である。


ゆえに飛行カメラの映像はリアルタイムで視聴者に映される。


そのことを知らないルミは、コメントには反応せず、ただ探索を続けた。


「右に気配2つ。左に1つ。近いのは左でしょうか」


ルミは集中すると、独り言を口走ってしまうクセがある。


ぶつぶつと言いながら、左側から感じる気配に向かって歩き出した。




『なんかプロっぽいこと言ってる』


『主はコメ読まないタイプか』





三叉路の左の通路を突き進む。


その途中だった。


「……!」


視界の斜め手前。


その空間が揺らいだ。


直後、そこに魔物が突如として出現する。


オーガである。


巨大なこんぼうを持っている。


どうやらこのオーガは、透明化の魔法を使っていたらしい。


攻撃時に透明化が解けてしまうようだ。


ルミは、不意打ちめいたオーガの攻撃を、後ろにサッと退いてかわした。





『おお、すげえ……』


『なんだ今の敵……ステルス? 主はよくかわしたな』


『というかこの迷宮どこですか?』





直後、ルミは斬撃を繰り出す。


その斬撃は、誰もが見惚れるほど鮮やかな剣だった。


構えてから斬りかかるまでの動きに全く無駄がなく、一閃。


オーガの胸から腹を深く斬りつける。


間髪いれず、身体を回転させながら敵の背後に回り、膝の裏を切り裂き、ひざまずかせた。


それから目にも留まらぬ速さで剣を走らせ、オーガの首を切断した。


「ふう……」


剣を振り払い、血を落とす。


舞でも踊るかのようなルミの斬撃に、視聴者たちは驚嘆していた。





『すげえええええええええええ! なんだ今の動き!?』


『超はええww』


『てゆかこれ、グランドオーガじゃないですか。Aランクの魔物ですよ』





この段階で。


コメント欄の3人は盛り上がっていた。


さらに聞き専4人のうち3人が、この生配信をSNSで宣伝しはじめた。


その宣伝をきっかけに、SNSから視聴者が続々と訪れてくる。


同接があっという間に50人を超えた。


コメントも増えてくる。


しかしもちろん、そんなことにルミは気づかない。


「透明化を使う魔物がいるのは厄介ですね。初心者向けのダンジョンとはいえ、油断はできないようです」


どう見ても初心者向けではないのだが、ルミはやはり気づかない。


そのまま歩き続ける。


……ちなみにグランドオーガの素材を回収し忘れていたのが、それも気づかなかった。


通路を抜けると、広い空間に出た。


そこに鎮座するのは一体の魔物。


ウルフであった。


名前は知らない。


コメント欄の一人が言った。




『ドラゴンウルフだ! 逃げろ死ぬぞ!』




ドラゴンウルフ――――Aランクに認定されたモンスター。


体格は通常のオオカミより少し大きいぐらいのサイズ。


紅色の毛並み。


パワーとスピードがあり、ウルフでありながらドラゴンブレスをあやつる凶悪な魔物である。


誰でも知っているレベルの有名な魔物でもあるのだが……


ルミは知らなかった。


彼女は人生のほとんどを、山奥の道場で剣を振ることに費やしていたため、かなりのレベルで世間知らずであった。


だからルミは、目の前のウルフをただの雑魚だと思って、容赦なく斬りかかった。


避けられる。


だが見透かしていたように、ルミはさらに踏み込んで斬撃を浴びせた。


その一撃でドラゴンウルフの前足を斬り飛ばすと、やはり舞でも踊るように、美しく、素早く、相手の側面に回る。


そこで回転斬り。


ドラゴンウルフが絶叫をあげる。


さらに二、三ほど斬撃を浴びせたあと、ルミはその首を速やかに断ち切った。


そして、


「こいつは弱かったですね」


常人には理解できない一言をのたまうのだった。


直後、コメント欄は狂乱する。




『やべえええええwwwwwwww』


『楽勝で草』


『強すぎワロタ』


『ドラゴンウルフに圧勝とかw』


『ヤラセだろ』


『アホか。生配信だぞ?』


『バケモンかよこの女ぁ!』


『こいつは弱かった、って言った?』


『弱い……とは?』


『仮面外せ!』


『顔出ししてほしいよな』




コメントの数が倍増していた。


視聴者が続々と増えていた。

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