第3章35話:パーティー
「実は、私はもともと道場の娘です。剣術道場なんですけど、あ、今は別のところに住んでますが――――」
ルミは歩きながら、語る。
ルミの配信が始まったことは、リスナーたちによってSNSでも宣伝され、そこを入り口に新規ユーザーも入ってきていた。
歩く。
魔物を倒す。
話す。
歩く。
魔物を倒す。
話す。
その繰り返しである。
特に盛り上がるような配信でもないが、まったり配信なので、これでいいだろうとルミは思った。
リスナーたちも、今日はそういう配信なのだと理解し、のんびり楽しむ構えになっていった。
しかし、12階層も中盤あたりに来たときである。
思わぬ遭遇があった。
「……?」
通路の曲がり角を曲がろうとしたとき。
角の向こうから人の気配がした。
ルミは立ち止まる。
すると相手が、普通に曲がってきて、その姿を表わした。
「……!」
ルミは驚いた。
このひとは先日、大学で見かけた人だ。
たしか、来花といったか。
あの日と同じく、騎士のような服とスカートを身につけている。
髪もツインテールだ。
来花は、ルミの姿を見て、驚愕した。
「え……あなた、まさか……ルミ?」
「……ん、どうして私の名前を?」
「あなたの配信は、あたしも見た……見ましたから! というか、やっぱりそうなんだ。え、どうしよ。本物じゃない……こんなの予定にないわよ」
来花はあたふたし始めた。
ちらりと彼女の斜め上に視線をやる。
そこには、飛行カメラが一つ、宙に浮かんでいた。
来花の飛行カメラであろう。
彼女も、ルミと同じで、配信中なのだと察した。
「えっと、配信中ですか?」
ルミは確認のために尋ねる。
来花は答えた。
「え、ええ……あなたもそうなんですね?」
「あ、敬語はナシでいいですよ」
来花は知らないことだが、ルミは同じ大学の後輩である。
なのでルミのほうが年下なのだ。
「いいの? じゃあお言葉に甘えて。そちらも敬語じゃなくていいわよ」
「あー、えっと、私は敬語がデフォルトなので」
「そうなの? じゃあ、うん、わかった。名前はルミさんと呼べばいいかしら?」
「はい。呼び捨てで構いませんので」
「うーん、そこは、さん付けにしておこうかしら。あなたのほうがチャンネル登録数も多いから、一定の敬意は払っておきたいしね」
チャンネル登録数で決めるのか。
いや、まあ、グランチューバー業界はそういうものか。
登録者が多い配信者ほど、ヒエラルキーの上に立つ世界だ。
「あたしは来花よ。呼び捨てでも、さん付けでも好きにどうぞ」
「では来花さん、と呼びますね」
こうして互いの呼び方が決まった。
と、そのとき来花は飛行カメラに振り返って言った。
「というわけで、なんと、いま話題のルミに会ってしまったわ! 見えるかしら? これは大スクープね! ただ探索するだけのつもりだったけど、これはとんでもない配信になっちゃうかも?」
そう述べたあと、ふたたびルミに振り返った来花。
「ねえルミさん、よければ一緒に行動しない?」
「それは……パーティーのお誘いですか?」
「そうそう。せっかく会ったんだし、友好を深めたいと思ってね」
ルミは考える。
まあ、悪くない話かもしれない。
実は、リスナーに向けていろいろ話をしていたけど、話すネタが尽きてきたところだったのだ。
来花と組めば、ネタ切れを回避できるかもしれない。
「わかりました。組みましょう」
「ふふ。そうこなくっちゃ」
かくしてルミと来花は行動をともにすることになる。
突然の展開にコメント欄が沸いた。
『こいつ誰?』
『来花だろ。結構有名なやつ』
『来花ちゃんねるの来花だな。まあまあチャンネル登録数多いやつだよ』
『有名配信者の突然のコラボか?』
『これは面白くなってきたなwwww』
『パーティー組むのか?』
『おお。パーティー組むんだw』
『カオスなパーティーになりそうwww』
『来花はルミの奇行についていけるのか?wwwww』
『事前に予定していたコラボ?』
『思わぬ展開になってきたなwwwww』
このあいだにルミの同接はぐんぐん伸びて、あっという間に20万を突破していた。
3秒後、20万5000。
3秒後、21万3000。
3秒後、21万9000。
3秒後、22万2000。
3秒後、22万7000。
加速度的に数字が伸びていく。
投げ銭も投げまくられていた。
SNSではルミと来花がパーティーを組んだことが拡散され、ユーザーの興味を惹いた。
そしてこのことに最も驚いていたのは、リリミアである。
彼女は鞘坂市・噴水広場のベンチで、ひそかに携帯を開いて来花の配信を眺めていたのだが……
突如として始まった二人の共演に、驚愕した。
「ず、ずるいですわーーーーーーーッ!!」
噴水広場で突如、立ち上がって叫ぶ。
周囲にいた人たちがビクッとして目を向けた。
リリミアはうっかり叫んでしまったことを恥じ、ひとつ咳払いをしてから、ゆっくりとベンチに腰を戻した。
そして内心で狂乱する。
(ずるいですわ、ずるいですわ!! まさかあのルミ様とパーティーを組むなんて!!)
ルミ『様』。
そう。
実はリリミアは、ルミの大ファンである。
ルミの初回配信時、ルミちゃんねるに投げ銭10万円も投げ込んだ、狂気のガチ勢だった。
(来花……抜け駆けですわ!!)
ぐぬぬぬぬ、と歯ぎしりをするリリミア。
抜け駆けという認識が正しいかはともかく、リリミアにとって、自分のライバルが推しと共演するなど、許されざることであった。
(いえ、こうしてはいられませんわ。来花がいるのは此間ダンジョン。今から突入すれば、わたくしもルミ様と会えるかもしれません!)
彼女はそう考え、ベンチを立ちあがる。
そしてタクシーが集まる駅の方角へ、脇目もふらず走り出すのだった。
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