第4章70話:ジム
鞘坂駅を境界にして西側を【西町】、東側を【東町】と呼んで区別している。
ルミのマンションや大学は【西町】にある。
ルミが今回向かったのは【東町】だ。
ここには繁華街や商店街がある。
無数の商店があるが、その中の一つにパーソナルジムが存在した。
筋トレ専門店であるジムでなら、存分にトレーニングができるのではないか。
ルミはそう考えたのである。
ジムに辿り着き、玄関を通る。
ロビーに入ると、ゴリマッチョなタンクトップお姉さんが近づいてきた。
どうやらこのお姉さんは、ジムのスタッフのようである。
「へい、いらっしゃいお嬢さん。あたしたちとマッスルしていくかい?」
「……?」
そんな日本語を聞いたことがなかったので、一瞬、思考が固まってしまう。
が……一緒に筋トレしていくか、的な意味であろうと推定して、ルミは答えた。
「探索者をやっているのですが、身体を鍛えたくてやってきました」
「ふむふむ」
「えっと……個室でトレーニングできたりしませんか?」
そう尋ねると、お姉さんは難色を示した。
「うーん。悪いけど、うちに個室でトレーニングできる場所はないね。すべて集団部屋だよ」
「そうですか……うーん……ごめんなさい。どうしても個室がいいので、他を探してみます。失礼しました」
一礼してから、きびすを返す。
その背中を、お姉さんが呼び止めてきた。
「おっと。待ちな。良かったらトレーニンググッズだけでも見ていきなよ。うちは筋トレ用具の販売も行っているんだ」
「……ん、そうなんですか」
「ああ。世の中には、ジムにはほとんど通わないホームトレーニーもいるからね」
「ホームトレー? えっと……」
「ホームトレーニー。家庭で筋トレに励む人間のことさ。そういう人向けに、ベンチやバーベルを販売してるんだ。ついてきな」
お姉さんが手で誘ってくる。
ルミはお姉さんについて、奥の部屋へと案内された。
そこで、いろんな筋トレグッズを教えてもらう。
最初はあまり興味がなかったけれど、いろいろ話を聞くうちに、興味が湧いてきた。
ルミは尋ねた。
「ちょっとバーベル持ってみてもいいですか?」
「ああ、もちろんさ」
ルミは近くにあったバーベルに歩み寄る。
お姉さんが言った。
「おっと。初心者にその重さはきついかな。それはうちの最重量――――なっ!!? 持ち上げた!? しかも片手で……!?」
「なるほど……これは確かに結構重いですね」
「いやいや、結構重いとかいうレベルじゃないんだけど!?? 1トン以上あるんだよソレ!?」
お姉さんは驚愕の目でルミを見つめる。
ルミは、やらかしてしまったかと思って、言った。
「あ……えっと、一応いま見たことは内緒にしてもらえませんか? 実は、事情があって実力を隠してるんです」
お姉さんは驚愕さめやらぬ様子であったが、一つ咳払いをすると、微笑みを浮かべて言った。
「ふむ……なるほど。もちろんお客さんの個人情報を吹聴したりはしないさ。何より君のマッスルパワーには、感じ入るものがあったからね」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
そのあと、いろいろな筋トレ器具を実際に使わせてもらって、使用感を試した。
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