第2章21話:コトリ



ルミは魔法学の体験講義を受けるために【魔法学科棟】を訪れていた。


3階の講義室に入る。


ここも大ホールである。


例によって中央中段のテーブルに座った。


そのときだった。


「あ、さっきの人!」


ふいに声をかけられて顔を横に向ける。


そこに立っていたのはクッキーをくれた女子大生であった。


「さきほどは助かりました。もしかして体験講義ですか?」


尋ねられて、ルミは答えた。


「こちらこそクッキーをいただいて、ありがとうございます。はい。魔法学の体験講義に来ました」


「えっと……同じ1回生だったり?」


ルミはうなずいた。


口振りからするに、この女子大生も1回生らしい。


「わぁ、そうなんですか! あ、よかったら一緒に講義を受けませんか? 私、新田コトリと言います」


「私は緒方ルミです。はい、新田さんがよければ是非」


「じゃあお邪魔します!」


彼女はそう言って、ルミの隣に座った。


「あと、私のことは、コトリと呼んでくださって構いませんよ。あ、タメでもいいですか?」


「それは、もちろん。ただ私は敬語が標準なので、口調はこのままですが」


「じゃあ、タメで……それにしても、ルミって名前なんだね」


「はい。つまらない名前ですよね」


「そんなことないよ! 素敵な名前だよ! 実はね、私が最近すごく推しはじめた配信者が、ルミって名前なの!」


「……!? そ、それって……」


まさか。


「ルミちゃんねるってアカウントなんだけどね!」


うああああああああああああっ!!


それ、私やんけ!!


思わず関西弁でツッコミを入れてしまう、心の中で。


「壁を殴ったり、ドラゴンウルフの群れを単騎討伐したり……めちゃくちゃな配信者さんなんだけど」


私やん。


どこぞのルミちゃんねるという可能性もあったけど、それ私やん。完全に。


「私の最推しなんだぁ! 次に配信したときは、絶対投げ銭なげちゃうよ~!」


いや投げなくていいですよ!


それ私だもん! 自分のお金は大事にしてください!?


「ルミさんはルミさんのこと知ってる? あ、同じルミさんだから、ちょっとややこしいね」


「そ、そうですね」


「じゃあ、ルミちゃんって呼ぶね! 緒方さんのほうはルミちゃん。配信者のほうはルミさん」


それもわかりやすいとは言い難いが……


しかも別人じゃなくて、どっちのルミも自分だし……!


「で……ルミちゃんは、ルミさんの配信はもう視た?」


「あ、ん、うーん」


ルミは悩んだ。


視聴してないということにしたほうがいいのか。


あるいは、正直に視聴したというべきか。


結局、悩んだ末に後者でいくことにした。


「み、見ました……」


「そうなんだ! すごく凛々しくて格好良かったよね!!」


「あ、う……そう、ですね」


本当なら「全然そんなことありません」と言いたいけれど……


推しだ、と言っている人の前で、否定的な見解を述べるのはよくない。


しかしコトリの言葉を肯定するということは、ルミが自画自賛しているのと同じだ。


猛烈に恥ずかしく、ばつが悪い。


いったいどうしたらいいんだ……


「舞うような剣技とかも、天才的だったよね! リスナーもみんな褒めてたし、私もパソコンの前ではしゃいじゃったよ~!」


「う、うう」


「……? どうしたの? 顔赤くなってるけど」


「い、いえ!! なんでもありませんよ!! あは、あははははは!」


ごまかしたように笑うルミ。


「あ、なんかごめんね。推しの話ばっかりしちゃって……話を戻すけど、推しとか関係なく、ルミちゃんの名前をつまらないとは思わないよ」


「それは……ありがとうございます」


「うん。あと、これからよろしくね! 実は大学でまともに話したの、ルミちゃんが初めてなんだ。だから、仲良くしてもらえると嬉しい」


「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


「うん!」


二人が微笑みあう。


こうしてルミに、大学で初の友人ができた。

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