灯台もと暗し

 プール。うん、どう表そうがプールとしか言い表せない、マネキンに囲まれたザ・プール。

 

 なんでプールを包囲しているこいつらは応援しているのだとか。

 どうして一人だけ体育座りなのだろうとか。

 そもそもどうしてプールがこんなところにあるんだろうとか。突拍子の無さに面食らったりしたけれど。


 とりあえず軽く部屋を探索してみた結果。見つけたそれっぽい物と言えば、ご丁寧に封蝋なんて施された封筒のみ。

 感触からして多分奥の扉の鍵とか入ってないだろうし、そもそも紙がしなっしなでちょっと手に持ちたくないのだが、それでもこれ以外に当てはないので開くしかないだろう。

 

 あーちょっとした拍子で破いちゃいそう。こういうのを無傷で取り出すの苦手なんだよね。

 ドライヤーが欲しいなぁ、なんてないものねだりをしつつ指で封を切り、ひっくり返してみるが何一つとして落ちてくることはなく。仕方がないので指を突っ込んでみると、中に入っていたのは紙が一枚。

 

 なになにぃ? 白い紙の中央には『出会いを探せ』と。多分油性マジックかなんかの手書きで書かれたそれ以外は何の変哲もない紙切れと。……つまりはほとんど情報なしってわけね。


 名称 紙

 耐久値 2/10

 備考 濡れ濡れの紙。それだけ。


 一応覗いてみたけれど、俺に都合の良い情報あったら苦労なんてどこにもなく。

 ステータスさんも特に言うことはないらしいし、これ自体に特別な要素なんてあるわけではない。

 となればシンプルに出会いなんて形のない物を探すしかないわけか。胡散臭いマッチングアプリの広告かな?


「……入るしかないか。ないかぁ」


 こんな大っぴらに用意されているのであれば、当然目的の物は水の中にあるはず。

 気が進まないが、まあやるしかない。プールに入ること自体一年ぶりだが、まあ昔よりは泳げるし、最悪水面を全力で殴れば離脱くらいは簡単だろう、うん。

 それより、問題はこれが入っていい液体がどうかだ。プールらしく塩素の臭い全開なのだが、もしもこれが体を溶かす系の薬品だとしたら浮かんでくるのが骨だけになってしまう。そういう生産性のないスプラッタはちょっと御免だね。


 名称 水

 耐久値 無限

 備考 大量の水。塩素濃度は0.7mg/L、多分。


「えんそ……のうど?」


 とういうわけで閲覧発動。だが急に博識ぶってきたステータスさんについ首を傾げてしまう。

 いや、塩素濃度って言葉は知ってるよ? 俺とて高校生なわけだし、流石にある程度の意味は理解出来るよ?

 けどさぁ。普通のプールの塩素濃度とか、どこまで人体が許容出来るのかみたいな具体的な数値を俺が知るわけがないじゃん。こちとら理系の成績ゴミカス並だぞ?


 どうしよう。影で体を纏えば問題ないとは思うけど、そんなことで消耗したくはないしなぁ。

 指を突っ込んでみるにしても、取り返しの付かないことになったら困るのは俺だ。なんせこの前ぱっぱと人を治した高嶺たかねさんと違い、治癒系のびっくりパワーなんてものを俺は持っていないからな。


「……仕方ない。纏うか。着装ちゃくそー」


 背に腹は代えられないので、妥協に妥協を重ねて全身を真っ黒に染め上げる。

 あ、影を纏うなら服も仕舞っちゃおうっと。どうせ影を貫通してきたらアウトだし、せっかくプールに入ろうって気分になったのに着衣じゃあ興ざめだもんね。

 

 内側全裸の目元以外は全身黒人間と化した俺は、なるべく飛沫を上げないようゆっくりと水に浸かる。

 おー、濡れないのに感触は水の中。不思議すぎるからいまいち例えが思いつかないけど、宇宙服着て宇宙に出たらこんな感じだったりするのかな。


「すーいすいすいスーイームー」


 目が濡れないよう最新に注意を払いながら、水を掻き分けプール内を散歩する。

 床がないので底なしかと思ったが、どうやらガラス張りらしくわざわざ藻掻かずとも進んでいける親切仕様。ああいや、本当に親切ならば普通の床を張ってくれるから意地悪で間違いないな。

 

 魔力の懸念もあるのでなる早で、けれどもざっくらばんに探索を続けてそこそこ経つ頃。

 四角いところを丸く掃く、そんな灰かぶりシンデレラが義母にお仕置きされるくらいに適当であったが、それでもそれっぽい場所──中心へと到着する。

 色のない水底にぽつりと置かれたピンク……? の四角い物体。よく小さい子を水に慣れさせるために潜って取りに行かせる、水中版の積み木みたいなあれっぽいやつが沈んでいた。


「愛ってあれかな? はあっ、ハートですらないのかぁ……」


 三流テーマパークみたいな作り手の怠慢を嘆きながら、影の腕を伸ばして物体を取ろうとする。

 だがその物体に触れた瞬間、影は何故かぴりっと弾かれ、そのまま魔力ごと霧散してしまう。

 なるほどぉ、半端な横着は許さないってわけね。正直くそほど面倒臭いけど、ちょっとは客を楽しませるアミューズメントっぽくなってきたじゃん。

 

 選択肢は二つ。作り手の意図通りに潜って取るか、それとも水面を叩いて水を弾くか。

 まあ前者一択でしょ。潜る前提ならこの液体が摩訶不思議な劇物ってこともないだろうし、仮にそうだったとしても失うのは腕一本。あまりに大きすぎる代償だが、まあ命よりかはましでしょう。

 

「目も覆って……うわ、真っ黒。レベル50なんだし色変とかできねえかなぁ……」


 完全に閉ざされた視界に難癖付けつつ、ゆっくりと入水して目的の四角へと手を伸ばす。

 特に泡を吹くこともなく、腕が溶け出すなんて異常の一つをきたすもことない。どうやら問題ない水らしいし、とりあえずは一安心ってことで。まあ俺、ゴーグルなきゃ目を開けられない人間だからこのまま暗黒潜水は続行なんだけどさ。

 うーん眼鏡眼鏡……じゃなかった、出会い出会い……。なんか三文字変えただけだってのに、随分と飢えてるさもしいやつみたいな浅ましさが醸しちゃうなぁ。……おっ?


 大元の目測を元に床を叩いていると、見事それっぽい物体に指が掛かたのを感じた。

 材質は多分スポンジ。この軽さで転がらないところを見るに、なんか床にくっついてるっぽい?

 意外と力がいりそうなので、思いっきり掴んで引っこ抜こうと試みる。気分はさながら、大きなカブを引っ張る老人であった。


「お、取れ──」


 意外にもするりと外れ、驚きながらも四角を掌に抱えて水面に顔を出し──硬直してしまう。

 プールサイドを囲うようにいたマネキン達。物言わぬ人の模造品であるはずのそれが、プールの水を掻き分けすぐ側まで迫っていたのだ。これを素で受け止められるほど、自身の肝が据わっているわけではなかった。


「あ、やべ。うそっ──」


 四肢や肩、あげく頭を掴んで水中へと押し込もうとしてくるマネキン達。

 慌てて足下に影で土台を作ってプールから脱出し、まとわりついてくるマネキン共を振り払って落とす。

 

「あっぶなぁ……。水じゃなくてそっちがメインかよ……」


 危うく溺死するところだったと、咄嗟の判断に感謝しながら纏っていた影を解く。

 全裸特有の開放感。急所まで丸見えですーすーしちゃうけど、まあここには誰もいないし危機は去ったしで問題ないだろう。誘拐犯たる幽霊少女が顔を出せば、それはそれは意趣返しにはなるしね。

  

 というわでジャンプして、無事に空っぽになったプールサイドに華麗に着地する。

 さあて、それじゃあ拾ったお宝を見るとしますかね。これがなんで『出会い』なのか分かればいいけどな──。


『はずれ♡』

「…………すーっ。ふんッ!!」


 外連味とメスガキ味に溢れた丸文字に、思わずプールへ怒りの全力投擲。

 最早石切りの次元にあらず。砲弾でも落ちた水を全部飛び散らせる勢いで弾け、海底で噴火でもあったみたいな大惨事を引き起こす。ふー、すっきりしたぜ☆

 

 水に巻き込まれないために影で球体を作るという無駄を超えた無駄をしながらも、とりあえずの溜飲は下がったが、それでも新たな悩みに考え込んでしまう。

 今のはストレス発散にはなったけど、結局は振り出しに戻っちまったわけだしな。まあ今のでプールに穴が空いてしまったらしく、お水は下へと流れて完全リセットってわけではないけれど。

 

 いずれにしても、この部屋で『出会い』を探すという作業は続行ってわけだ。別に穴から降りても良いんだけど、このまま断念したらなんか負けた気になるので却下です。

 とはいえ当てもないし、何一つヒントの欠片もないので、改めて周囲を見ることくらいしか出来ないわけなんですが。


「しかしなぁ。出会いなんぞがそこいらに転がっているわけも……あれ?」


 まあ既に一回見た部屋だし、今更なんもあるわけがないと思っていたのだが。

 意外にも見つけてしまったのは、唯一動かず体育座りをしているマネキン。例え波に晒されようと決して揺らがない、まさに大岩のような安定感で一番コースの前にそいつは座っていた。


 露骨だなぁと思いながらも、こっちにとっても都合が良いので気にせず近づいてみる。

 胸からして多分女モデルのマネキンさん。別に重くはないのだが、指でつんつんしようが持ち上げようと試みようがまるで動こうとせず、瞬間接着剤で固定でもされているみたいな強度で張り付いている。他の連中と違って硬派な方のようだ。


「ふむふむ。これは中々のスタイルの良さ……おっ?」


 何かないかなと視線で舐りまくっていると、マネキンさんの右手に何かが握られているのを発見する。

 何故か指は可変式らしく、野蛮さ全開で折ることなくそれを取り出してみると、まるで水晶のように、或いは透き通った水のように透明で小さなハート型が出てきた。

 何だろうこれ。修学旅行とかで男が買う五百円くらいの剣の女版みたいな感じだけど、それにしちゃあお上品で暖かみのある気がしなくもない。エセ鑑定士でも騙すための特注品かな?


 まあ一応『出会い』なるものの最有力候補なので、とりあえず手で転がしてみた。その瞬間だった。


『……いいよ。教えてあげる。下手っぴな共犯者くん?』


 唐突に脳裏を過ぎったのはかつての断片。俺があいつと初めて会話をした、あの夜にした誘いの返事。

 いつからか思い出すこともなくなった誰かとの出会い。最早忘れかけていた、遠くて近い過去の一幕。

 だが何故今、わざわざこの瞬間に思い出す? ……まさか、これのせいか?


「なんで、あいつを……? ともかく、これで進めるか試して──」


 ともかく今は脱出が先だと、切り替えようとしたその時だった。

 静寂を打ち破り、雷鳴が如く鳴り響いた轟音。この部屋の天井を半分ほど吹き飛ばし、鼓膜を貫き脳へと伝わるほどの衝撃が俺の思考を消し炭にしたのは。

 

 急いで影から金槌を取り出し、恐らく襲撃であろう天井壊しの犯人へと警戒する。

 上から来たってことは、俺じゃびくともしなかった壁を壊せるということ。つまりはそれだけ強敵だということに他ならない。

 これが誘拐犯の意図通りなのかは知らないが、それでも本気で当たらなければ苦戦は免れない。出来れば初手で姿を見せてくれれば、対策も容易なのだが──。


「……えっ?」


 そこまで考えて。そんな俺の内心などお構いなしに、ゆっくりと降りてきた一人の少女に目が点になってしまうほど困惑してしまう。

 何故ならその少女は本来ここにいるはずのない人。確かについさっきまで会話はしていたが、それでも彼女自身は都会のベッドの上でご就寝のはずだからだ。


「た、高嶺たかねさん……?」

「良かった、無事でしたか。……上野うえのくん。貴方は何故、全裸なのですか?」


 高嶺たかねアリス。先ほどまで電話をしていたものの、夏休み中一度も会うことのなかった友人は、ほとんど見たことのない私服を身に纏い、全裸の俺へ目を向けながら心の底であろう疑問を口にしてきた。


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