無幻色盤
時刻は十八時二十三分。世界は昏く赤く染まり、怪異の力が増す闇夜へと近づく頃。
山梨県のとある平原にて、何かを待つかのように待機している三人の姿があった。
「……素顔を晒して良かったのか。
「いえ別に。どうせ契約は今回限り。その後に私とその周囲へ仇なすと言うのであれば、それ相応の対応を取るだけですから」
着物姿の恰幅の良い男──
上品な墨のように長い黒髪を靡かせ、宝石が如く碧い瞳で正面を見据える姿は少女というには完成されきっている。
まるでこの世に降りた黒髪の天使のようだと。誰もが口を揃えて賛美を掲げるであろうその圧倒的黄金比。生物として、美を求めるものとしての到達点。
「何故待たねばならないのでしょう。侵攻経路で襲われる方々を考慮するならば、早々に出向き片付けるべきでは?」
「此度の目的は掃討。一体の逃走も許さず、周辺に気遣うことなく戦闘出来るのはここだと判断した。よって我らの手でここまで誘導し、その上で貴方が戦闘を行う。それが最低限の被害で済む方法だ。質問は?」
「何も。
会話は生まれず。場に走るのは沈黙と、一方のみが抱くとてつもないほどの緊張。
(なんという力……。これでまだ、表面でしかない力だというのか……!!)
だというのに。戦闘前の、平時と大差ない力でしかないはずなのに。
感じるのは桁違いの存在感。彼女の力の片鱗でしかないそれだけで、明らかに自分を凌駕しているという現実味のない確信だ。
決して
ただ、それでも懸念はあった。
いくら強いと豪語されようが、やはり
甘かった。自分の想像力が足りていなかった。
そんな生温い考えで彼女の前に立ったことを、
京都の奥底にて人々を愛でる、幽かなる熊を直に拝んだことのある自分だからこそわかる。
人に頼り、準備を整え、奇跡を重ね、その上でなお死の手前まで辿り着きながらも、どうにか
──こいつは別次元の存在であると。
「まったく、あの小僧といい厄介なものを拾ってくるものだ……」
「そうでしょ兄さん? 褒めてくれたって良いんだよ?」
「……はあっ。これほどまでにお前の前向きさが憎いと思ったことはないぞ」
「なんで!?」
つい昨日に片手をギプスで固定しながらも何ら気にせず笑顔を見せる弟に、
なんと気楽な。そういう楽観的な思考は弟の長所で嫌いではないだが、やはり
「わかっていますね
「わかってるわかってる。兄さんも聞いてることだし、うちの力で出来る範囲なら完璧に叶えてやりますよ! あ、何なら俺と遊園地にデートでも──」
「死んでください。貴方となんて、例え魂が腐ってもお断りです」
表情を変えず、相手を見ることなく一刀両断する
「そろそろ来ますね。数えるのも嫌になる程度の数が」
おもむろにそう呟いた
何が、と問う前に
こちらは追跡班からの情報を基にしたというのに、何故それよりも早く気づけたと、今そんなことを問う気など
索敵一つをとっても常識外。理から外れた怪物というのは、得てしてそういうものなのだ。
「では始めましょう。巻き込まれたくなければ、そこから動かないように」
「……ああ。念のため聞くが、手助けは必要か?」
「必要ない。ただまあ、もしもあぶれる個体が出たらそちらで処理を。追うのは面倒なので」
心底どうでも良さそうに、朝ゴミ捨て場に袋を運ぶような億劫さで数歩前に出る
彼女は感じる。どんどんと近づくと悪しき群れの進軍を。それはかつて乗り越えた異世界の魔物達と比較しても、人々にとっては何ら遜色ない脅威になるであろうことを。
さっきは見捨てられた人を哀れみを見せたが、
何処まで行こうがこの場にいるのは報酬のため。それ以上でもなくそれ以下でもない。
最早世界を救った勇者の心などどこにもあらず。慈善に満ちた救世主などではなく、不幸に惑う人々のための無償の矛になる気などないのだから。
──されどその力に衰えなどなく。その身は未だ、単騎にて世界救済を為した勇者なれば。
「閉じよ。満たせ。覆え」
魔力は溢れる。世界は彼女の気配に染まる。地球は今、その埒外の怪物の存在を知覚させられる。
大仰な結界など必要なく。彼女が動けばそれだけで、この場は
新たな主の元へ進む怪異もようやく気付く。目の前に、恐るべき敵が待ち構えていることを。
だが間に合わない。彼らが認識し、理解し、思考する一瞬などより早く。
此度
だが一人一人切り伏せるのは手間。そう考えた彼女が、今回取ろうとしている戦略は一つ。
数による暴力。自身の最も基礎的な戦術を用いた、単純明快な蹂躙であった。
「
直後、世界は色に染まる。
「な、んだ。これは……」
まるで夢でも見ているのかと、
突如として現れ、空を覆い尽くす数多の色。百や千、万など馬鹿らしい、数多無限に浮かぶ色の玉。
あれは一つ一つが力の凝縮。
恐ろしいのはその玉の数。百や千、万などくだらない、夥しいほどに溢れた数。
まるで止むことなき流星。色で満たされたキャンバスが如く、彼女が閉ざした空間を埋め尽くしていた。
そもそもの話、
だが、彼女を見出し育て上げ、後に唯一の弟子によって殺された龍の魔女は断言した。
確かに彼女の適性はただ一つ。だがそれすら極めてしまえば、自らが歩んだ三千年の研鑽ですら容易く凌ぐであろう、終わりなき究極の一であると。
彼女が操るものは色。自らを色板とし、自身の魔力を色に変えて世へと放つ。ただそれだけの魔法。
色とは力の符号。一度目の異世界においてそれは魔法属性を区分するもの。
故に全七属性。複合属性も合わせれば十二属性の色で括られた魔法を学び、自らの物とした
色とは数多の組み合わせ。色とは人の認識、知覚を遙かに超える尽きぬことなき可能性。
人にはほとんど同質に見えようと、それは確かに別の存在だと言える確固たる個の分類。全てが違う意味を持つ、一つ一つが異なるもの。
一にして無限。無限にして夢幻。夢幻にして一なれば。
それが
彼女が出会ってきた超常現象や魔法の中で再現出来ないのは、かつての友が有していた
消されていく。千に近い人へ仇為そうと試みた怪異達が。
大元の色は数色なれど、その全てが微細に異なる無限の変化に抗うことなど叶わず。赤に燃やされ、青に凍らされ、緑に抉られ、黄色に打たれ、白に浄化され、黒に押し潰され、無色に捻られるのみ。
もしもこの場に彼女の命と唯一無二を狙う少年ががいれば、改めて舌を舐めずり興奮を露わにしただろう。
何せ屠られていく怪異達。その半数は彼の基本スペックを凌駕し、更にそのうち十数体は未完の呪骸にも引けを取らないレベルを持った怪物なのだから。
戦闘時間は十分と二十三秒。負傷者、周辺損害共に零。
全千四三体の怪異は全滅。国の終わりを想像させた大災害は、得物すら手に取ることのなかった一人の少女の手によって鏖殺され、黄昏が夜の染まるよりも早く沈黙してしまう。
──そして。
「ついでです。本命の方も片付けましょう。……あれですね」
そのまま
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