ようやく終わる

わたくし達が提示する案。それは当家で保管している呪骸の封印を解き、かの化生を誘き寄せるための餌にするという手です」

「…………何を馬鹿な。お前ともあろうものが、まさか部下をやられて気でも触れたか?」

「いいえ鉄三てつぞうお兄様。確かに腸が煮えくりかえるほどの思いを抱えておりますが、わたくしは至って正気ですわ。この作戦自体、あまりに突拍子のないものだと理解していますもの」


 かなでちゃんがそれを口にした直後、場の空気が一気に張り詰めたものになる。

 華麗にこっちへバトンパスをしてきたつかさ先輩ですら自身の驚きを隠せず、かなでちゃんの方に向けていた目を大きく見開いてしまっていた。


「……一応、聞こう。つかさでもなし。お前がいて、四草しのくさの方がいて、それでなおこの場でそう進言するのであれば、そこには確かな理由があるのだろう?」

「寛大な判断、誠に感謝申し上げます。それでは、順を追って説明いたしますわ」


「そもそもの話、復活した屍鬼かばねおにわたくしの部下を含め、三名を容易く蹂躙したその大化生。ですが当事者である兄様あにさま、そして直に目撃した高月たかつき様の証言により、あれは完全な復活を果たしていないと推測いたしました」

「……その根拠は? 実のところ、私は未完での復活という前提すら懐疑的なのだが」

のです。神域の退魔師がいて尚、かつて都を落さんとばかりに畏れられた怪物。その伝説を担う存在にしては、あまりにと」


 ……どうやらかなでちゃん的にはあれで弱すぎたという見解らしい。

 行きの車でも言ってたけど、改めて断言されちゃうと傷つくよなぁ。俺、つくさんに救われながらも一度死んじゃってるんだぜ? 

 

つかさ高月たかつき殿、そして後ろの仮面付き。その見解に間違いはないか?」


 げ、俺にも振りやがったぞあのおっさん!? 油断しすぎてまじでびっくりしたんだけど!?


「はい。負傷者の救護を優先し、逃亡に専念した屍鬼かばねおにを取り逃がしましたが、もし余波を考慮せずに交戦していれば討伐出来ていたと思われます」

「俺もかな。確かに強かったけど、国単位をどうにか出来るってほど埒外じゃなかった。あくまで特殊な上位の大妖たいよう程度でしかなかったと思うよ」

「なるほど。……仮面付き。貴様は?」


 急いでメモ帳とペンを取り出して、思った事をそのまま紙に書き出していく。

 ちょ、ちょっと待って。今書いてるから! 急かされると文字がぐちゃぐちゃになっちゃうから!


『おふたかたにどうい。あれはばけものだが、かてないどうりはなかった』

「……汚い。せめて読めるように書け」

「では私が。……二方に同意。あれは化け物だが、勝てない道理はなかったとのことです」


 慌ただしく書いたそれに苦言を呈され、代わりにかなでちゃんが読み上げてくれる。

 ごめんねかなでちゃん。余計な手を煩わせちゃって。けど、変なキャラ付けの漬けがここで響いてくるとは思わないじゃん。


「恐らくですが、あれは未だ自立している呪骸の範疇でしかないのです。この本邸に置かれた最後の一つを自らに取り込まない限り、その真価は発揮されないと思いますわ」

「……ふむ。なるほど、そこは理解した」


 おっさんは眉をひそめながら、この上なく深さで悩む素振りを見せてくる。

 とりあえず掴みは上々……なのかな? こういうの本当に苦手だから測りかねるんだよなぁ。


「だが、それがどうして封印の話に繋がる? そもそもの話、屍鬼かばねおにめが呪骸に食い付く確証がどこにあるというのだ?」

「ではお尋ねしますわ、鉄三てつぞうお兄様。先日起きた供物殿くもつでん陥落の一件。あの事件は誰が首謀者だとお思いですか?」


 空気が変わる。否定一色であったそれは、困惑と疑問が染め上げていく。

 すげーよかなでちゃん。最早かなでさんって呼んだ方がいいだろこれ。

 疑問に疑問で返す。そんなレスバでなければ認められない会話のタブーを躊躇なく犯しながら、たった一言で場の流れを自分の物へと切り替えちまったぜ。


「……無論、外部からの──」

「そこです。そこが異なるのです。その前提こそ、この一件をややこしくした元凶なのですわ」


 ぴしゃりと断言するかなでちゃん。

 年端もいかない少女から繰り出された世迷い言は、瞬く間に獅子原ししはらの才女による一見解へと駆け上がっていた。


わたくしの協力者。屍鬼かばねおにと一戦を交え、それでも協力を惜しまぬと手を握ってくださったこの御方の意見にて、その可能性は浮上しました。歴史と伝統を重視する退魔師だからこそ思いつかなかった、所謂盲点というやつですわ」

「……手を握っただと? いやそこではない。盲点とはなんだ?」

「侵入者など存在しなかった。つまり、屍鬼かばねおにが自らの手であの領域から脱したのですわ」

「……なに?」


 先ほどの比ではなく、おっさんの顔が驚愕で歪んでしまう。

 それだけじゃない。おっさんの後ろにいた側付きの美少女も、そして他の側付き達も、俺達三人以外の人間全てが何かしらの動揺を外に出してきた。


「……馬鹿な。有り得ん。屍鬼かばねおにに封印を施したのは白狐はっこだぞ? かの退魔師の神業に不手際があるはずなど──」

「違います。そうじゃないのです。その前提こそ、今回我々が犯した最大の罪なのです」

「……どういうことだ」

「我々は白狐はっこを、伝説の退魔師を神格化しすぎていたのです。どれほど精巧な術式であろうと、永久不変を掲げる大妖たいようでさえも摩耗し劣化するのが世の摂理。誰もがそれを理解しているにも関わらず、白狐はっこだけは例外だと、当たり前のように括りから外してしまっていたのです」


 かなでちゃんも一度僅かに顔を俯かせてしまうも、すぐさま顔を上げて話を続けていく。


「……つまりはかなで。お前はこう言いたいのか。屍鬼かばねおにの封印はとうの昔に緩み始め、外に干渉可能だった呪骸自らの手で供物殿くもつでんは破られたのだと、そう言いたいのだな?」

「ええ。如何に難攻不落の供物殿くもつでんと言えど、予期せぬ内側からの破壊など対応出来るわけもないのです。もちろん屍鬼かばねおにほどの存在でなければ、その隙間を突くことすら叶わないのでしょうけど」

「……筋は通っている。なるほど、単純だが確かに盲点だ。白狐はっこ供物殿くもつでん。この二つの絶対性への過信、か」


 おっさんは顔に手を当てながら、納得したように絞り出したように低い声を漏らす。

 実はこの仮説を考えたのは俺だ。耐久値の減少を思い出したからそれっぽく教えてみたら、かなでちゃんも由奈姉ゆなねえも同じくらい驚いていたし、専門家ほど考慮しない未知の可能性だったんだろう。

 俺からすれば伝説なんてそんなものくらいとか思うだけど、やっぱり伝統を背負う人達はそこら辺を重んじているのだろうか。何たら文明の予言とかの捉え方が現地の人と一般人で違うみたいな、多分そんな感じだよね。


「追加で証言します。かなで様の考察を元に高井山たかいさんにて採取した妖力と供物殿くもつでん破壊跡に残った残滓を照合したところ、約九十九パーセントが一致。屍鬼かばねおにによるものだと断定されました」

「……最早疑いでは済まされんか。いいだろう。認めよう。かなで、この結論によくぞ辿り着いた。その智賢に感謝する」

「賞賛ならばこちらのシャドウ様に。一目で封印の劣化を見抜き、自立という可能性を提示してもらえなければ、わたくしとて囚われたままだったことでしょう」


 あ、そんなうっきうきでヨイショを振んないで。俺はステータス見て適当に意見しただけで、戯れ言に九割の肉付けしてくれたのはかなでちゃんなんだからさ。


「偽りはないのだな。仮面付き……いやシャドウ殿」

『我に語れるのは言葉のみ。故にあなたの決断へ委ねる他になし』

「……では信じるとしよう。妹が見出し、弟と共に死線を乗り越えた協力者の言葉を」


 焦らずにゆっくり書き上げたそれは、今度は彼の手元へジャストミートで届く。

 おっさんは最早投げやりにすら思えるほど脱力しながらも、その厳つい顔を少しばかり緩めてくれたので、こちらも安心から胸を撫で下ろす。

 あー良かった。ここまで行けば後はごり押しでどうにかなるし、何とか前哨戦は無事乗り切ったなぁ。


「それでどうする? どこに誘き寄せる?」

高井山たかいさんに大規模拡張結界を敷きます。せっかくあちらが開けてくれた都合の良い場所があるのです。活用しない手はありませんわ」


 場所については由奈姉ゆなねえが提案してくれた。

 確かに広かったけどそこまでの大きさではなかった気がするあの一帯だが、なんか拡張結界というのを使えば結界内がとんでもなく広くなるらしい。凄いね、そういうの。


「というより、承認していただけなければ困りますわ。四草しのくさの方々と既に準備を始めてしまっていますもの」

「ハハハッ! 自慢の妹にしてやられたね。兄さんも」


 え、そうなん? 俺も知らなかったんだけど。どっかで聞き流しちゃったかなぁ。


「……申請を国へ通すのは俺なのだが」

「そこは頑張ってくださいまし。獅子原ししはらの次期当主様?」

「……はあっ、兄弟揃ってじゃじゃ馬め。体格以外はクレア殿にそっくりだよ。お前達は」

 

 何かを思い出すようにため息を吐くおっさん。この人ため息はいてばっかりだなぁ。かわいそっ。


「最後に一つお願いがありますわ。どうか“”の使用許可を頂きたいのです」

「なっ、何を言っているんだかなで!! あれは──」

「申し訳ございません兄様あにさま。もう覚悟は決めてしまいましたの」


 という言葉を聞き、取り乱すつかさ先輩を一言で黙らせるかなでちゃん。

 はて、何の話をしてるんだろうか。由奈姉ゆなねえも知らないみたいだし、これ以上のアドリブは俺の脳みそころころしちゃうから勘弁だゾ?


「……覚悟はあるのか。捨てる覚悟が」

「無論、矜持以外ならいくらでも。わたくしわたくしであるために。そのためならば、他の全てなど惜しくもありませんわ」


 かなでちゃんの真剣な声色。ごめんこれ茶化して良いやつじゃないっぽいな。


「……良いだろう。それを望むのなら、最早止める言葉もあるまい。好きに持って──」

「──おいおいそれはないだろォ。こんな小娘にを使わせるなんて、馬鹿なこと言ってんじゃねえぞ鉄三てつぞうォ!」


 おっさんが少し声を沈ませながら何かを言おうとしたが、突如大きな音と共に遮られてしまう。

 雑に襖を開け、声を荒げながら部屋に入ってきたのはおっさんによく似た中年の男。

 短めの傷んだ黒髪で、大柄ではあるがおっさんのように恰幅の良いわけではなく、どっちかと言えば裏道でイキっているチンピラをそのまま老けさせたよう。なんかこの前の由奈姉ゆなねえよりも酒臭いし、侮蔑の意味を込めて大人になりきれなかった大人みたいな外見とでも言ってしまおうか。


 誰だろう。せっかく円満に終わりそうだったのに、この人来てからめっちゃ空気悪くなったな。


文太ぶんた。今更何の用だ。もう会議は終わり──」

「おいおい。まさか当主がいないまま勝手に進めてたのかよ。長男であるこの俺様をよォ!!」

「……当主ではなかろう。父上はまだ生きておられるのだから」


 この場の全員を見下ろしながら嘲りまくるおっさんと、一切動じずに顔をしかめるおっさん。

 ははーん大体読めたぞぉ。さてはこれ、見たくもないから詮索しなかったお家のごたごたってやつだな?


「うるさいよ文太ぶんた兄さん。遅刻してきたんだから相応の態度取ったら?」

「誰に物言ってんだつかさよォ。てめえもかなでも妾の子の分際で一丁前に意見してんじゃねえぞごらァ!!」


 うへー品がなーい。こうまで典型的テンプレなろくでなし見ちゃうとさ? 自分の情けないところ直視させられてるみたいで嫌になっちゃうよねー? 

 嫌だなー。チンピラ嫌いだなー。当たんないでほしいなー。……あ、そうだぁ。

 そもそも身内だからって子供に怒鳴るとか恥ずかしくないんかなー? まあそんなにも空気読めない悪ーいおっさんだから、こうして後ろで舌を出す悪い子に素性を覗かれちゃうんだぜ?


 名称 獅子原文太ししはらぶんた

 レベル 20

 生命力 120/150

 肉体力 大体65

 備考 凡々ぽんぽん。所詮は親の七光り。


「……よっわ」


 え、やだ……。覗けちゃった? もしかしてあの人の数値、低すぎ……?


「大体かなでェ。なんててめえ如きが使って良いものなわけねえだろ。あれは獅子原ししはらの正当な家宝。薄汚ねえ血の混ざったてめえが触ることは愚か、その提案をすること自体が烏滸がましいと省みたことはねえのかよォ?」

「……子供みたいな駄々をこねないでくださいな。仮にも獅子原ししはらの退魔師として、今がそうすべき非常時だと理解出来ないのですか?」

「口答えしてんじゃねよォ!! 仕置きが必要だなァ!? アァ!?」


 野蛮極まりない言動で拳を振り上げ、かなでちゃんへと迫る駄目な方のおっさん。

 ……はあっ。真面目に邪魔だし退場してもらおうっと。足引っ張られても困るしな。


「なっ──!?」


 影を適当な長さの棒の形にし、かなでちゃんとチンピラの間に滑り込ませる。

 おいおい反応すら出来ねえのかよ。驚き顔も別にかわいくねえし滾んねえなぁ。

 

「な、なんだてめェッ!? この俺に刃を向けやがったなァ!?」

「……失礼。臨時ながら護衛を仰せつかった身なれば、お嬢さまを不埒な輩から守るの当然のこと」

「あァ!? この俺がかなでの護衛風情が獅子原ししはらの次期当主である俺に楯突いて、無事でいられると──」

「生憎無知な部外者故。これ以上は語るに及ばず」


 おーピキってるピキってる。わろすわろすー。……いやこれくそつまんなねえわ。

 

「上等だ。ぶっ殺して──」

「そこまでだ。身内大半とは言えここは会議の場。発言は記録されていると心得よ」

「……ちっ」

「加えて命じる。文太ぶんた、貴様は退場だ。これ以上、この場を乱すことなぞ獅子原ししはらとして看過出来ん」

「は、はあっ!?」


 いえーいざまぁ。真面目な方のおっさんナイスゥ! 後由奈姉ゆなねえステイステイッ!! せっかく他人って体で来てるんだから風出して立とうとしないでッ!!


「巫山戯たこと言ってんじゃ──」

「戯け。巫山戯ているのは貴様だ。再三の失態、女遊びにしけ込み責務を放棄した上で尚その傲慢。どうせ此度の一件ですら、獅子原ししはらの名を損ねる不祥事程度の想像力しか持ち合わせていないのだろう?」

「はっ、はあっ!?」

「最早貴様には愛想が尽きた。疾くね。文太ぶんた、貴様はいるだけで邪魔だ」


 かなでちゃんやつかさ先輩に向けていたそれとは違う、他人事なのに底冷えしそうなほどおっさんの冷酷な宣告に、思わず鳥肌が立ってしまう。

 ……おっかなぁ。単身赴任しているうちの父親とは覇気が段違いだわ。今回は敵じゃなくて本当に良かったわぁ。


「くそっ!! 後悔するなよっ。鉄三てつぞうの分際でッ!!」

「……阿呆が」


 何かに当たることも出来ず、去り際まで露骨な三下ムーブで部屋から出ていくチンピラ。

 最後に来て最初に帰るとか、あの人来た意味あったのかな? 


「いいのかい鉄三てつぞう兄さん? あれ、絶対根に持つよ?」

「構わん。どうせ今は非常時だ。……それに、どうせ奴が復讐する日など訪れまいよ」

あるじ様。それ以上の発言は」

「……そうだな。最早語る意味などあるまい。……愚か者めが」


 後ろに付いていた女性から窘められたおっさんは、数秒目を閉じた後、先ほどまでの冷静な姿へと戻る。

 ま、いろいろ思うところはあるんだろう。兄弟なら一言じゃ言い表せないほど複雑な思いを抱えていたりするんだろう。例え片方がどうしようもない愚図だったとしても、だ。


「すまない高月たかつき殿、そしてシャドウ殿。身内の事情で会議を妨げたこと、ここに謝罪させていただきたい」

「どうぞ気になさらず。さしたる問題ではございませんので」

「……同じく。解決したなら結構だ」


 頭を下げたおっさんに気にしていないと言葉を返す。

 ……つい流れで声出しちゃったけど、まあもう面倒いからいいや。それよりビジネスマナーとか知らないけど、こういう場合ってこれでいいんだよね多分。


「では改めて方針をまとめる。つかさは私と共に千妖行せんようこうの対処。そして屍鬼かばねおにはそちらのお三方で処理する。違いないか?」

「はい」

「ええ」

「……ではこれより任務に当たれ。獅子原ししはらの名において、如何なる手段を用いようとこの事態を鎮圧せよ。以上、解散だ」


 締めの言葉が終わると同時に、全員一切の淀みなく立ち上がる。足とか痺れないのかな?


「お待たせいたしました。さあ行きますわよ。決着の舞台へ。お付き合い願えるかしら?」

「もちろん。夜明けを迎えるまでは貴方の協力者。地の果てまでお供いたしますよ、お嬢さま」

「……ふふっ、頼もしいですわ。やはり貴方は、自ら話す方が魅力的ですわ」


 差し出されたかなでちゃんの手を握り、これ以上なくかっこつけた言葉で誘いを受ける。

 さあ長くなったがやっと本番だ。泣いても笑ってもいいように、精々全力を費やすとしますかね。

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