会議は踊り

 慌ただしく人の行き交う廊下を歩きながら、周囲を見回してつい感慨に耽ってしまう。

 獅子原ししはら家本邸。かつてはつくさんに拉致されて来たこのザ・和の貴族みたいなお家に、まさか一週間も経たずに再び来ることになるとは思わなかった。

 考えてみれば、たった数日ぽっちでよくもまあここまで状況が動いたものだよ。人生ゲームや週刊誌連載の漫画でさえ、ここまでテンポ良く進むことはそうないだろうな。


「さて。一応確認です。わかっていますわね?」

「わかってるわかってる。素性を晒したくなければ俺と由奈姉ゆなねえは知り合いみたいに接しない。基本的に話に首を突っ込まない。おーけい?」

「……すーくんに姉弟じゃない言われた。ぐすんっ」

「ええ結構。貴方は静かに立っていてくださいな」


 変なところでダメージを受ける由奈姉ゆなねえを無視しながら、かなでちゃんは改まって注意してくる。

 これから向かう先は獅子原ししはらの緊急会議らしく、関係者兼臨時の護衛ということで特別に立ち入らせてもらえることになった。ちなみに変わってくれた香雲かくもさんとなぎくんは、俺がいる分つくさんの方に付きっきりらしい。

 まあそん特別待遇でも、流石に俺に吠える権利はないらしく、会議中は大人しく直立してろのこと。くぅーん。


「大丈夫。すーくんの提案も一考の余地はある。必ずお姉ちゃん達が通すから」

「会議は基本多数決。四草しのくさわたくし、最初から二票あれば後はごり押しますの」


 仮面越しでもしょげているようにでも見えたのか、二人が励ましの言葉をくれる。

 うーん優しい。両手に花だね。どっちもそういう目で見る気は無い二人なのが悲しいところだけどさ。


 そうこう話している間に会議室に到着したらしく、かなでちゃんは足を止める。

 隣を見れば由奈姉ゆなねえも緩んだ顔の姉モードをやめ、凜々しい社会人の顔へと切り替わっている。大人になるって切り替えが上手くなるってことなんだろうな。


「ここからは口を開かないように。……失礼します」


 仮面を深く被り直していると、かなでちゃんが声を上げて真っ白な襖をずらす。

 ……こういうのも護衛の仕事だよな。なんか早速お手を煩わせてしまったしまったけどいいのかな。

 そんなちょっとした後悔を孕みながら、部屋へと入るかなでちゃんの後ろを付いていく。

 広い和室。どっかの権力者が饅頭の下に小判を隠した箱でも送り合っていそうな部屋。もしも閉めきっていなければ、きっとこの家の豪華な庭が拝めたことだろう。


 そしてその中央。俺が懐じゃどう頑張っても買えなさそうな美しい卓を囲んでいる二人。

 どちらも見たことある。片方は最初に本邸に訪れた際にいた、力士のように恰幅が良い体格を着物で覆い、厚く重みのあるため息を吐く壮年の男。そしてもう一人は学校でも見たことがあり、つい昨日も一緒に戦ったつかさ先輩だ。


「お待たせいたしましたわ。わたくしが最後ですか?」

「いやいや。例によって文太ぶんた兄さんよりは早かったよ。お疲れ様、かなで

「そうですか。……あの人も変わりませんわね」

「まったくだよ。あ、シャドウくんも昨日振り。無事で何よりだよ」


 つかさ先輩は片手にギプスを付けながらも、特に問題なさそうに手を振ってくる。

 状況があれだし、とりあえず頷くだけにしておく。先輩も元気そうで何よりだよ。


「遅くなりましたわ。申し訳ございません、鉄三てつぞうお兄様」

「見舞いであれば仕方あるまい。事態は一刻を争うが許容範囲だ。……そして先日振りです。この度は私の弟、そして部下を助けて頂いたこと感謝申し上げます。疾風はやての巫女殿」

「礼は受け取りますが、高月たかつきで結構。そういう厨二臭い通り名、むず痒くなるから嫌いなんです」


 一歩前に出た由奈姉ゆなねえは氷の柱のように鋭く冷たい声色で淡々と言葉を返す。

 うー怖っ。その無機質なトーン、小さい頃に出会って間もない頃のつくさんを思い出すね。


「さて。四草しのくさの方も到着したことだし始めるとしよう。時間が惜しい」

「……いいの? 文太ぶんた兄さんは待たなくて。どうせ待ったところで、いつ来るかなんてわかったもんじゃないけどさ?」

「構わん。あれは最初から数になど入れていないからな」


 ふかふかそうな座布団へ座るかなでちゃんと由奈姉ゆなねえ。流石に護衛の身分で座るわけにもいかず、他の付き人の方みたいに後ろでそれっぽく待機することにする。

 うーん座りたいぜ。しゃがみよりはましだけど、これでも一応退院直後の身なんだぜ?


「今回の議題は確認までもない。先日再臨した屍鬼かばねおに、そしてそれに呼応する形で発生した“千妖行せんようこう”についてだ」


 せんよーこー? 何それ? 知らねえ単語だぁ。


「悪いんだけどさ。千妖行せんようこうについてそこまでは詳しくないんだ。悪いんだけど是非教えてもらえないかな、鉄三てつぞう兄さん」

「どうせ情報の再共有はするつもりだが、お望みならばそちらから話すとしよう。……ふん、お前も身内の話し合いで質問できんほどバカではなかったか」


 なんでだろう。この表面は棘まみれだけど実は褒めてるみたいなノリに聞こえるのは。

 けどありがてぇ。こっちも中身まで蚊帳の外で案山子になるのだけは勘弁だったからな。


つかさ達が屍鬼かばねおにと交戦し、結界が破壊されてから数時間後。京都にてあやかし共が徒党を組み、この東京へ向かって進軍を開始したと報告があった」

「妖怪ねぇ……。連中の規模は?」

「数にしておおよそ千。その内百は大妖クラスだと観測され、脅威度は完全復活ではない屍鬼かばねおにをも凌ぐと結論づけられた」


 告げられた規模の大きさに、思わず仮面の内の顔を歪めてしまう。

 千体とか馬鹿じゃねえの? 規模がおかしいだろ。あれより脅威になるってもう終わりじゃねえか。


「彼らの目的は? 徒党を組んで国家転覆を働こうというのであれば、当然ですが相応の理由があるのでしょう?」

「無論。大妖たいよう共の言葉から、連中の目的は完全な屍鬼かばねおにを頭目として迎えこの国を手中に収めることであると推測。つまりは単純至極。我ら人ではなく、怪異が台頭する時代を築き上げるつもりなのだろう」


 ……怪異ばけものの時代か。きっとそれは、人にとってどうしようもないほど暗黒でしかない世界なんだろうよ。


「京都って言うと朝霧あさぎりでしょ? 念法師ねんほうしとかいる十三家の中でも最古参じゃん。まさか負けたの?」

「それについては私から。本日午前一時十三分、京都にて突発的に行われた防衛戦にて朝霧は壊滅。また同日十時二十七分に名古屋にて三浦みうら家と四位率いる四草しのくさ戦闘班による共同防衛線も敷かれるも、それらもまた同様に壊滅しました」


 由奈姉ゆなねえが淡々と、けれども俺には分かる程度に怒りを声に滲ませながら補足する。

 

「……第四位、確か志村葵しむらあおいだったか。癒やしの飾り手までも最前線とは、四草しのくさの方針も焼きが回ったものだ」

「返す言葉もありません。この上なく間の悪いことに、現在一位から三位は海外にて任務中。総責任者オーナー供物殿くもつでんの改修工事に参加しています。私が屍鬼かばねおにに当たることとなった以上、彼以外この規模の任務を指揮できるものがいなかったのです」

「……ふん。ならば現在、我が国の最高戦力は貴方というわけか。若い内から苦労しているな、巫女殿」


 沈黙が走る。由奈姉ゆなねえかなでちゃんも、果ては残りの男共も口を閉ざしてしまう。

 この国の実力者がこぞっていない間に起きた大事件。対処出来る残りの大駒は十三家ってやつと由奈姉ゆなねえって感じなのか。……やっぱりもう無理では?


「こちらが計算した結果、東京への到着時間は約二十時と予測された。そちらは?」

「概ね同じかと。彼らの気分次第ですが、どれだけ遅くとも日が変わるまでに決着がつくでしょう」

「……ふむ。幽熊める含め、奴らの侵攻に与しない大妖たいようどもは我関せずか。この国の終わりも近い、か」


 駄目じゃん。もう一番諦めちゃいけないおっさんが憂いのため息を零しちゃってるじゃん。

 頑張れ頑張れ負けないで! 頼むから諦めないで! ここを切り抜けないとみんな死んじゃうんだから!


「ならさ。千妖行せんようこうについては俺に一任してくれないかな?」


 だが現実は非情。俺なんぞが心の内でする応援なぞまったくもって無意味でしかなく。

 そんな手詰まりかと思われた状況の中、おもむろに手を上げたのはつかさ先輩であった。


「……一応、理由を聞いておこう。お前がどうしようもないほど馬鹿だとしても、打開策を提示できるほどの戦力など有していないのは理解していると思ったが?」

「うん。確かに俺の部下にはそんな強さを持った奴はいないよ。そうとも、部下にはね?」


 自分の手札じゃどうにもならない。そう言ったにもかかわらず、つかさ先輩は不敵に笑うのみ。 


「俺が今回手を貸してもらっている協力者がそれはもう強くてさ? 多分片方は確実に沈めてくれると思うんだよね? ほら、この前鉄三てつぞう兄さんも会ったでしょう?」

「……あれか。確かに底が知れなかったが、それだけで一件を任せられるはずもない」

「そこは俺の言葉とここ一週間の報告を信じてって頼むしかないな。一週間足らずで三体の大妖たいよう、そして二体の深霊しんれいクラスを軽々と葬ったって眉唾な報告をね?」


 つかさ先輩の言葉を聞き、かなでちゃんと由奈姉ゆなねえの表情が驚愕で染まり上がる。

 ……ふむ。どうにも俺には凄さを掴みにくい戦果だが、どうやら専門家からすると目から鱗が出てしまうくらいとんでもないものなのだろう。由奈姉ゆなねえはその辺素直だからな。


「っていうか、どのみちそれしかなくない? 四草しのくさは手札切れで残りの十三家もぼろくそ。なら切るしかないじゃないか、希望を託すのが狂気染みた博打の切り札ジョーカーでもさ?」

「……一つ聞かせろ。屍鬼かばねおにと直に相対あいたいしたお前としては、その胡散臭い協力者のどちらが勝る?」

「僕の協力者さ。そこは断言いたしましょう。獅子原ししはらの名と血において」

「……はーあっ」


 先ほどとは比較にならない大きな大きなため息。少しの間、この場に沈黙と緊張が走り回る。


高月たかつき殿。それでよろしいですか?」

「構いません。最悪、私が屍鬼かばねおにの後にそのまま怪異共の数を減らします」

「……ならば任せよう。ただし俺も同行する。それ以上の譲歩はない、いいな?」

「おっけい! なーに心配いらないさ。こっちは多分大丈夫だし、屍鬼かばねおにの方も自慢の妹達に妙案があるっぽいしね?」


 自信に溢れたつかさ先輩に、少しだけ場の空気が軽くなったような気がする。

 それにしても、きっちり自分の意見を通しつつ妹へ繋げてくれるとは。やっぱりチャラいけど凄い人だな、先輩は。

 しかし千体の怪異を容易く葬れる凄い奴かぁ。……えっ、まさか本当に高嶺たかねアリスだったりする?


 ふとあの超絶無敵の美少女が脳裏を過ぎったが、まあ今は置いておくことにする。

 最近は疲れていてあんまり話せていなかったな。はあっ、とっととこの件を片付けて清々しい週明けを迎えたいものだよ。


「では次に屍鬼かばねおにだ。呪骸より再誕した大化生。つかさの証言により不完全な復活だと前提に置いて対策を練るが……かなで、何か案があるらしいな」

「はい、鉄三てつぞう兄様。兄様あにさまの言葉を判断材料に高月たかつき様と話し合った結果、一つ策を思いつきました」


 ひどく懐かしく感じる学校生活を思い出していると、ついにかなでちゃんへと話が回ってくる。

 ようやく巡ってきた俺らのターン。柄にもなく、少し手に力が入ってしまう。

 さあ二人とも。頼んだよ。

 残念ながら俺が助けられることは何もないけれど、どうにか案を通して最終決戦へと洒落込んでくださいな?

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