おーにさーんこちらー

 夕焼けを背に飛び去る鴉の鳴き声が無駄に雰囲気を匂わせ、割と不安を仰いで仕方ない高井山たかいさん

 現在時刻は十八時十分ジャスト。スマホくんがそう言ってるからから間違いはない、多分。

 ただ今昨日散々歩いた森の中。電池の尽きかけたスマホをぼんやり眺めながら、疲労の詰まった大きな欠伸を漏らす俺がいます。


 暇。めちゃんこ暇。それでいて別に気を抜いていいわけでもないので、退屈且つ緊張の同時に攻撃されているような気分になってしまう。

 あー眠い。寝ちゃいそう。まくらがなくともぐーすかぴーしちゃいそう。ちょうどお誂え向きってくらいにだしー。みんなのいるに戻るわけにもいかねえけど、それでもなぁ……。

 

「あっち残れば良かったかな~。あ~ひま~。誰かあっちむいてほいでもしよ~」


 付いては空へ消える愚痴の全ては、溶けかけのかき氷みたいなべたべたな声色で。

 それでも状況が変わることはなく。ついには光を失ったスマホくんを影に投げ捨て、今か今かとその時を待ち続ける。


 そもそも何故結界外でソロキャン!(強制)をやっているかと言えば、単純にデートの待ち合わせである。

 いやねぇ。俺の愛しの彼女っぴ(性別不詳)にプレゼントちらつかせて、是非とも一緒に遊ばないかって誘ってる最中なんですよぉ。

 あ、ちなみに由奈姉ゆなねえ達は結界内で待機中。かなでちゃんも戦闘のためにお色直しだって。きゃっ☆ おませな表現しちゃってもー。

 

 そういうわけで、みんなきちんとやることやってるわけで。俺もサボるわけにはいかんのですよ。

 俺達で組み上げた作戦、この最初の一手が失敗すると本当におしまいなんですよ。見栄張ってあまりに責任重大すぎる役に就いちゃったから、ちょっとでも意識したら両手両足が緊張で震えて溶けちまいそうだぜ。

 まあで知り合いには大丈夫、一人でやれるって宣言しちゃったからね。ここでやれなきゃはじめてのおつかいに成功している幼児達にすら笑われちゃうからな!


「まーだっかなー。まーだかなかな、まっーだっかなー」


 せめてスマホの充電をくれ。同情するなら暇潰しの道具をくれ、そこのレベル200な黒猫さんや。


『…………』


 そうは願ってみるものの、ふてぶてしいあいつはぷいと顔を背けて去っていく。

 あの黒猫は野良猫ではない。由奈姉ゆなねえに憑いている謎のバチクソ強力お猫さんだ。

 そんなに強いなら手伝ってくれれば良いのに。ついでに倒してくれれば万々歳なんだけどさ。

 この猫について尋ねてみたらめちゃくちゃ驚かれたが、由奈姉ゆなねえ曰く「今回は人が乗り越えるべき業なので自分は関与しない」だとかそんな感じらしい。


 まったく。上位存在ってのがどいつもこいつも自由気ままなのはお約束過ぎるよね。

 もう少し慎みと協調性とやらを覚えてほしいものだよ。この品行方正な俺みたいにさ?


「お腹減ったー。もうそろ──」


 一人帰っちゃおうかなコンテストでも開催しようかと思った、まさにその時だった。

 あらかじめ出して指に巻いておいた影の糸が、体ごと引っ張られそうなほどの振動を俺に伝えてくる。──そら来たッ、食い付いたぜ。


「はいゲットォ!!」


 自らが纏っていた影をはぎ取りながら糸を結んだの方向を、そして昏くなった空に浮かぶ愛しの待ち合わせ相手に視線をぶつける。

 糸を伝って肌を爛れさせてきそうなほど濃密で悍ましい力の感触。忘れもしないぜ、この妖気は。


「よう屍鬼かばねおにィ!! 半日ぶりかァ!? 元気してたかァ!?」


 糸の先にあるローブを掛けたある物体を腕の触手で喰らう、愛しい愛しい仇敵へ挨拶しておく。

 良かった、作戦通り。案の定、あれに誘われてやってきてくれた。まずはほっと一安心だぜ。


 今回の作戦。ネックだったのは初撃をどう回避するかという単純な難問だった。

 いつ来るかは不明。どこから来るかも分からない。何なら気配を漂わせながら来るかも定かではない。

 あちらが自身の呪骸を感知出来るという一点を逆手に取った、呪骸をちらつかせての釣り。奴が来てからが肝心なのに、その最初の襲撃を回避できなければ話にならないのだ。

 

 ──だが、これを釣りと例えるのであれば。当然ながら、解決策は容易に思いつくというもの。


 屍鬼かばねおにもすぐに気付くだろう。参加記念で俺が貢いだ贈り物プレゼント。それは自身が最も求めている力を発しながらも、本物とは異なるニアピン賞だと。


 屍鬼かばねおにがそれを喰らう最中、それの正体を隠すべく被せたローブが剝がれていく。

 露わになったのは骸であって屍の一部にあらず。かつて俺によって葬られた、ただ一人の女の亡骸。

 そう、美倉のり子。屍鬼かばねおにへ無償で差し出したのは強敵だった殺人鬼の死体。捨てようにも捨てる場所のなくて困っていた、俺の殺人を裁ける唯一の証拠だ。


 俺の影に入れた物は、例外なく取り出すまで変化せずに停滞するという性質がある。

 氷であれば溶けることはなく。熱湯が水に変わることもなく。弁当箱を入れておけば昼間に冷めきった弁当を食べなくてもよく。そして肉が腐ることもなく。

 つまりあれは死んでから結構経つのに、未だ死にたてほやほやの死体というわけ。呪骸を骸と呼ぶのであれば、そこらの肉より圧倒的に餌として親和性が高いってわけだ。


 やだっ、俺ってばちょーかしこい。もう天才っ!

 

 ま、当然それだけで寄ってくるわけでもなし。人間社会でちょっと名を馳せた程度の女の亡骸じゃあ、あの化生への招待状としては釣り合いが取れるわけがないわけで。

 当然細工はしたけどね。封印を解いた呪骸じゅがいを妖力的なそれを少し染みこませ、モノホンの呪骸っぽく仕立て上げたりしてさ。

 いやーなんだかんだ上手くいって良かったわ。死体処理の目的もあったから一人で準備したんだけど、途中呪骸が死体にくっつきそうになったって事件は皆には内緒だぜ。


 ……え、外道? 人の皮を被った鬼? 倫理とか知ってるかって?

 おいおい、笑わせないでくれたまえ。こちとら人を殺め、更には憧れの美少女を殺したくて化け物退治にひた走るちょっと変わった程度の小市民だぜ? 

 どんなに非人道的だろうと、使える物は全部使わなくちゃ格上に食らい付くことなんて出来っこない。足りない頭を振り絞ってようやく思いついた作戦程度こなせなくて、自分に納得出来るわけなだろうがよ?


「おーにさんこちらッ! あーしある方へ! さあさこちらへおーこしやすッ!」


 最早何度目かも分からない、自分の理性と常識と良心に言い訳しつつ。

 自分を意志あるけだものと言い聞かせながら、手を鳴らしてちらりと影から当たりをちらつかせる。

 やっべ力強っ。魔力使って全力で固定してないと、あいつ目掛けて今にもかっ飛んでっちゃいそう。やっぱり予想通り、封印を解いた呪骸同士は引き合うっぽいな。

 

 ようやくこちらを認識したらしい屍鬼かばねおには、昨日とはまるで違う勢いで触手を向けてくる。

 おうおう必死こいちゃってまあ。そんな欲しいか? 我が儘ないやしんぼめっ。

 けど、俺だって昨日とは違う。思い出すだけで口と頭がしょっぱくなるが、それでも糧になっちまったんだぜ?


「這え。黒刃くろは


 影で自身を囲み、先端を刃にすることで、四方から迫る触手をすぱすぱと切り落としていく。

 更に自在になった魔力操作。そのおかげで以前のような守るだけの生易しい盾ではなく、反撃すら可能になったお好みな新技ってやつだ。

 個人的には一回死んでからってのが非情に癪なのだが、まあ使えるならば何でもいいさ。大事なのは今だって、どっかの誰かが言ってた気がしなくもないもんね?


「ほら来いよー。へいへいピッチャーびびってるーゥ?」


 意味のあるかはともかく、多分無意味なんだろうなと思いつつも。

 昨日ぼこされた仕返しで死ぬほど野次りながら、結界を目指して森の中を走っていく。

 そうとも。別に目的を見失ってるわけじゃない。こちとら最初から誘導役、気分はバスガイドのお姉さんなのよ。

 ほらっ、用意したツアーの案内をするのは当然だろう? 何事もまずは誠意ある対応ってね?


 埒があかないと踏んだのか。触手を引っ込め、数本残しながら本体が空を弾くように蹴りつける。

 今の俺でさえ何とか視認できる程度の速さ。捕まれば死へ一直線間違いなしの鬼ごっこ。

 

 ──関係ない。そんなのは先週他の鬼で経験済み。進研ゼミで習ったってやつさ。


 優雅に! 華麗に! 煌めく一筋の星のようにっ!

 そんな花のある舞台俳優の芝居みたいな品なんてどこにもないけれど。

 それでも体を揺らし、速度を切り替え、更には木を蹴ったり枝を伝ったりして健気に回避に勤しみ続ける。

 知性がないのか知らないが、こいつの動きは頭に血が上った猪並に単純明快。スペックに差はあれど、策を凝らして追ってきたあの変態女の方がまだ手強かったね。


 ノーミスでひた走り、そしてようやく結界前へと到着する。

 さあてここが大一番。自らの半身を求める本能とそこに入ってはいけないという本能、果たしてお前はどちらが優先するのかな?


 微塵も速度を緩めず、なおも呪骸を求め向かってくる屍鬼かばねおに

 どうやら答えは前者らしい。もしくはここに入るよりも先に俺の元へ到達できると踏んでいるのかだ。

 どちらにしろ、天下無敵の屍鬼かばねおに様は警戒心なんて持ち合わせていないらしい。まったく大した胆力だよ、お前は。


「そら起きなッ!! 影人形ドッペルッ!!」


 結界直前で横に飛び退きながら、影を集めて自分の体格そっくりな人形を作り出す。

 ちょうどへそに当たる部分から呪骸をちらつかせた影の人形。屍鬼かばねおには俺のことなど眼中になく、黒マネキンに躊躇なく突っ込んで自身の一部を取り返そうとしてくる。

 

 だが残念。一歩遅い。俺が仕舞う一瞬の方が早く、影にお前は入ることを俺は許さない。

 影はまさしく影の如く。触れぬ霧のように霧散し、屍鬼かばねおにの手から離れ散り散りとなる。

 止まる。怪物の体が。動揺か、困惑か、それとも警戒か。──あァ、どうでもいいなァ!!


「一名様、ご案内ィ!!」


 助走を付けて、思いっきり屍鬼かばねおにの背を蹴り飛ばし、強引に結界に放り込む。

 足に痛みが滲む。鉄の塊を蹴ったみたいな反動が、馬鹿みたいに俺を蝕んでくる。

 けれど問題ない。別に折れたわけじゃないし、砕けたわけでもない。死んで無駄に上がったステータスが、そんな程度で壊れることを許してくれやしない。

 だから例え相手が格上だろうと。相手が俺よりレベルが倍高い由奈姉ゆなねえと戦える程度の化け物だったとしても。

 ほんの一瞬、相手が俺のことなど歯牙にもかけないのであれば。作った隙を突くことくらいこなせずに男の子は名乗れまいて。


「お届け物だッ!! 任せたぜ由奈姉ゆなねえッ!!」

「ええ。流石は私の弟です。後はこの姉に任せてください」


 結界内に広がるのは、明らかに昨日と異なる圧倒的広さの世界。

 その中央に佇むスーツ姿の女性は、役目を果たした少年へ微笑みながら、自らの内で暴れ狂う霊力を一気に膨れあがらせる。

 

 巻き起こる風。それは屍鬼かばねおにを、俺が僅かに飛ばすだけで精一杯だった怪物の体を意図も容易く空へと放り投げる。

 

 ほんの一瞬、まるで時間でも止まったかのように制止する結界内。

 風もなく、音もなく、何もかも嵐によって吹き飛ばされたかのように。この場の一切合切が、真空の中だと錯覚させられてしまう。

 

 だが、それはあくまで予兆。あくまでこれから行われる大技の前兆に過ぎず。

 そこに溜めがあるのであれば。その先に比例する解放があるのもまた、必然に他ならない。



轟乱風とどろきのかぜ



 凪を掻き消す大嵐。巨大な風の蛇の突進が、空高くに置かれた屍鬼かばねおにを呑み込む。

 ここにあるのは自然の暴威、その凝縮。人が畏れた怪物よりもなお恐ろしき現象もの

 もしもそれを引き起こす個人がいるのであれば。その存在こそ、大化生に匹敵する紛れもない災いなり。


 高月由奈たかつきゆな。災厄の骸に立ち塞がるのは、この国きっての実力者。

 厄災と災害。人智を超越する二人の激突の幕開けは、奇襲に成功した彼女に軍配が上がった。

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