初勝利!

 昼一番の体育とお休みタイムである日本史を乗り越え、無事に放課後までゴールイン。

 無駄に長いHRホームルームと七面倒な教室掃除を終えた俺は、ちょいと寄り道をしてから昨日いろいろとあった例の場所まで到着した。


 名称 穢れだまり

 レベル 9

 生命力 ∞

 肉体力 大体40

 魔力  100/100

 備考欄 負感情の結晶。核さえ傷つかなければ無敵だが、正直そんなに無敵でもない。



「お、何かレベルが上がってる気がするけどいるじゃん。やっぱり夜しか出なさそうだな」


 相変わらず通学路に溜まる黒い塊へ目を凝らしながら、自分の想像が間違ってないことに喜ぶ。

 現在空の色はほとんど黒。太陽はすっかりと仕事を終えて帰宅し、電灯に光が灯り始めた頃。大体だが昨日黒スライムと出会った時間とほぼ同じである。

 朝通ったときはこいつの姿は影も形もなく、されど自らが嘘偽りではないと誇示するように空いた煉瓦壁の穴があるのみだった。

 登校時間はいなくて今はいる。つまりあいつは時間か空の色で切り替わるで間違いない。ゲームかな?


「それにしても触手パンチ来ないなぁ。観察しているだけじゃ襲ってこないのか?」


 多分夜しか現れないこと。見えてない人はまったく気にせずあいつの体を通り抜けられること。五分くらい観察しててもまったく触手パンチを繰り出されないことetcなどなど

 わかったことや思いついた考察を忘れないよう、買ってきたメモ帳にフィーリングで書き込んでいく。きっと端から見れば街中をスケッチしているように見えているはず。だからさっきそこを通った人の怪訝な視線は気のせい。うん、間違いない。

 

 いずれも取るに足らない考察ばかりだが、まあ忘れるよりは残していた方がきっといい。

 ……さて。無償で得られる情報はこんなところか。そろそろお次の検証コーナーに入らなくては。


 前回攻撃された位置よりも十歩ほど離れた位置に立ち、ゆっくりと深呼吸して己を整える。

 

「大丈夫、大丈夫。いけるぞぉ……やれるぞぉ……」


 心の臓は最高潮の緊張を訴えかけ、額には体内の寒気を凝縮したような汗が滲み出す。

 今からやるのは文字通り、俺の命を賭け金チップにした大検証。

 昨日のような奇跡は期待しない。失敗ミスれば基本は死、けれど成功すればかけがえのないワンピースを手にすることが出来る。言い換えれば、ただそれだけの一歩目に過ぎない。

 

 ……怖い。足の震えが止まらない。気を抜けばこんな街中でちびっちまいそうだ。

 わかっている。死んだらそこまで。こんなところで命張るよりも、もっと周り道して鈍足でも安全な手段を模索した方がいいのは馬鹿でも猿でも理解出来るだろう。

 けれどそれじゃ駄目だ。俺が目指すのは、到達しなきゃいけないのは絶対的なレベル1000なんだ。こんなにちびちびやっていたら、いつまで経っても辿り着かないという確信がある。

 

 目を閉じろ。覚悟を決めろ。決心しろ。祈るように己を鼓舞しろ。

 例え俺が凡人だとしても、その心根こころねだけは挑戦者。レベルなんて非現実的な要素を求めるのであれれば、せめて弱い犬らしく虚勢を張ってイキリ吠えるべきだと。

 痛々しい厨二思考だって構わない。俺こそが高嶺たかねアリスを殺す者。上野進うえのすすむは最強無敵に傷を付け、その美しい存在に唯一無二の傷を付けるために生きる者。

 さあ進め。己を虚勢の殻で固められたのならば、たかが黒スライム如きの先制パンチに怯えている場合じゃないはずだ。


「……よし」


 未だ恐怖は拭えず。されどそれを包める己を形成し、ようやく震えは大人しくなる。

 懐から取り出すのは金槌。取っ手まで黒で塗られ後ろが釘抜きの形状な、どこにでもある小学校の授業でも使ったことのある一本。ホームセンターで買ってきた道具の中でも一番のお気に入りだ。

 さあて抜いてしまったら待ったなしだ。誰かに見られて通報されちゃうまでに、こいつとの因縁にけりを付けてしまおうじゃないか。


 ありったけの敵意を込めて、頑張って逸らしていた意識をようやく黒スライムへと向ける。

 その瞬間、黒スライムは静止を止めて僅かに震え出す。昨日と同じように。

 黒スライムの体から飛び出す黒い塊。

 避けられずとも外れた昨日とは違う。真っ直ぐに、揺らぎなく、俺の頭を貫かんと迫る槍の如く。


 だが見える。反応すら出来なかった昨日とは違う。その軌道が、この二つ目ではっきり認識できる。

 レベルが上がったせいか、それとも俺が元から持つ才だったのかはどうでもいい。

 今分かるのはただ一つ。かつては背を向けて逃げ出した恐ろしい一撃は、たった今未知の恐怖ではなくなったのだ。

 

「しゃあッ!! 行くぞごらァ!!」


 安堵と興奮に身を委ね、一気に距離を詰めるため黒スライムの元へ駆け出す。

 避けれたのは確かに嬉しい。けれど避けるまでは大前提。俺が目指すべきはあいつに勝つ、回避の成功なんてそのための一歩でしかないのだ。

 更に迫る二本の槍。一本は足、もう片方は先ほどと同じ頭蓋を的確に狙ってきている。

 

 ──問題はない。もう目は慣れた。後は思うさま体を動かすだけだ。


 速度を緩めることなく体をずらし、二本を綺麗に躱しながら更に距離を詰める。

 鉄の鎚の先が狙うは核。ステータスに記されていた、黒スライム唯一の弱点らしい場所。

 近づいてようやく見えた、あの真っ黒な体の中で僅かに光を帯びた結晶。

 あれだ。あれが噂の核なるもの。俺がこの手で獲るべき小さな小さな宝物おたからだ。


 ゴールまで一歩手前。後は突っ切って腕を振り切るだけの距離。

 だが黒スライム──穢れだまりはそんな簡単難易度イージーモードを許さない。

 反応でしかない二度の牽制を回避した脆弱な生き物。荒々しい殺意をぶつけ、自らを構成する核へ真っ直ぐ接近してくる一体の敵へ向けて、初めて本能が動いた。

 

 この目が捉えた核を守るべく、自らの体を盾のように変形させていく黒スライム。

 このままいけば間違いなく失敗する。如何に勢い任せに振り切ろうとあのの分厚さに阻まれれば必ず止まり、たちまち怪物の体内へ呑まれてしまうだろう。


「構わねェ!!」

 

 だが、それがどうした。

 敵が動くなんて危機など想定内、投げた賽は振り直すことなど出来ない。俺に出来るのはこのまま進んで勝利する、ただそれだけなのだ。

 

 勢いのまま電柱を蹴って飛び上がり、盾の越えた塀の上へ着地して思いっきり跳躍する。

 重力を味方にし、落ちるままに両手で振り下ろした金槌。

 その鉄の塊は寸分違わず黒スライムの核へと到達し、僅かに阻んだ体ごと地面へと叩き付けた。


「はァ……はあっ……はあっ」


 核を失った黒スライムの体は崩れ、まるで蒸発するかのように消失していく。

 簡素な通路に残ったのは、手から零れた金槌と疲労困憊で地面に尻を付ける俺のみ。それ以外は何もなく、変わらぬ日常の風景がそこにあるのみだ。


「勝った、勝てた。やってやったぜ……」


 大きな呼吸を三度ほど繰り返し、ようやく落ち着いた俺を包むのは安堵。勝てたという興奮や充足なんかよりも、生き残れたという生存への安心感の方だ。

 人生で初めての命の奪い合い。あれが生き物なのかは定かではないが、それでも殺し殺されに変わりはない。

 勝った。それはつまりは相手を殺した、命をったということに他ならない。

 食すためでも不快だから駆除したわけでもない、人の道を外れた己のための殺傷行為。

 けれど不思議と罪悪感は抱かない。相手が人の形をしていなかったからか、それとも俺自身がどこかおかしいだけなのか。そんなこと、俺がちゃんと人を殺すまでわかりっこないだろう。

 

 ただ一つ確実なのは、俺は今日、ようやく自らの意志で一歩を踏み出したこと。何も為せずに十五年近くのうのうと生きてきた怠け者であった俺が、自らの欲求のために一線を越えたということだ。

 生暖かいだけの風が気持ちいい。呼吸がついさっきまでと見違えるくらい美味。

 この充実、この熱情。……そうか、この熱さと心地好さこそが生きるってことなのか。


「はあぁー。……うん、さて撤収しなきゃな」


 地面に転がる金槌を拾い上げ、懐へと戻してから立ち上がる。

 随分騒いでしまったし、とっととこの場を離れた方がいいだろう。誰かに見られてはいなさそうだが、端からは何もない場所で奇声を上げて金槌を振るう通報待ったなしな異常者だしな。

 

 明日学校から注意喚起がないことを祈りながら、我が家に向けて足を動かしていく。

 家までの道のりは、今までの登下校で感じたことがないくらい軽やかなものになるだろう──。


 名称 穢れだまり

 レベル 7

 生命力 ∞

 肉体力 大体40

 魔力  100/100

 備考欄 負感情の結晶。核さえ傷つかなければ無敵だが、正直そんなに無敵でもない。


 ちょっと歩いた先に見つけてしまった、先ほどと瓜二つの黒スライムを発見するまでは。

 ……おおう。因縁だったお前、どこにでもいる汎用エネミーだったのかよぉ。

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