エンカウント!
黒スライムこと穢れだまりで討伐童貞を卒業し、栄光の一歩を踏み出した火曜日から早三日。
俺は学校で日中を過ごし、帰宅路で道を遮る黒スライムを倒す生活を繰り返し、実に充実した週末を迎えようとしていた。
名称
レベル 7
生命力 85/130
魔力 100/150
肉体力 大体40
固有 閲覧 表裏一体の片思い 影収納
称号 不可能に挑む愚者
備考 凡人卒業? けれど世界はまだまだ狭いぞ?
「うーん見違えた。きひひひっ……中々素晴らしいステータスぅ」
自室の布団を猫のようにごろごろ転がりながら、一週間の戦果につい気持ちの悪い鳴き声を発しながら顔をによによさせてしまう。
見たまえこの数値を。月曜日の戦闘力5だった俺とはまるで別人みたいじゃあないか。何か魔力にも目覚めちゃったし、自慢できるやつがいるなら是非見せてあげて踏ん反り返ってやりたいところだね。
沈ませる気のない浮かれポンチ具合に染まりながら影に手を突っ込み、好物であるミルク全開な飴ちゃんを一粒取り出して口に放り込む。
からころと口の中を転がる糖分の塊。うーん美味い、やっぱこの影便利だなぁ。
最初に黒スライムを倒してレベルアップした時、なんか追加されていた影収納なる固有。その名の通り自分の影に物を収納出来るだけなのだが、これが中々に便利で使い勝手がいいのだ。
容量は大体俺一人分くらいの面積くらいで、それ以上は投げ返されたみたいに弾かれる。魔力を消費するのは入れるときと取り出すときだけで、消費量は多分物体の大きさや重さで変化するっぽい。ちなみに飴ちゃん一粒で1程度で、生き物を入れられるかは不明。
「しかしレベル7かぁ。今日も1上がるとして……正直まだまだ足りないなぁ」
しかしちょっと浮かれれば、そのすぐ後に心を塗るのは更なる上への渇望だ。
他の人間と違い、成長している様を実際に数値として視認できる。それはつまり、間違えていればその時点で頭を回して道を修正出来るということだ。
最初はちょっと便利程度にしか思ってなかったが、一週間これと付き合ってみて十二分に理解した。別にそれ自体で特別強くなることはなかろうと、
だからこそ。そんなご大層な固有を持ってしまったからこそ、俺は未だ満ち足りない。
やはりこの飢えを消し去るにはやはりレベル1000を、
答えは未だ不明。馬鹿な俺に分かることなど、足を止めてる場合じゃないということだけだ。
……ま、いいや。結局ところ今考えても仕方ないしね。
ステ画面を消し、交際期間二年目に突入した我がスマホくんでネットの海を
前まではその日の気分次第で巡回していたが、最近はパルクールや格闘技、果てはびっくり神業みたいな動画を見るのが趣味になっていた。
「はえーすっご。……ほーこれはいけそう、これもいけるかぁ?」
昔と違ってただ口を開けて驚愕するだけじゃなく、脳内で照らし合わせながら視聴している。
最早暇潰しというよりは戦闘のための勉強に近い。学校の課題は一切やる気にならないのにな。
「明日いくつか試してみよっ。うーん、お休みって素晴らしいね!」
ある程度見て満足したので、スマホを充電器に繋いで部屋の電気を消す。
明日は土曜日。七面倒くさい学校もなく、お外で一日中でやりたい放題出来るのだから夜更かしなんてしている場合じゃない。
試してみたい
希望に満ちた次の日を夢見ながら、ゆっくりと目を閉じる。すぴぃ……。
「あー疲れた。これレベル1なら筋肉痛だったろうなぁ」
木のベンチで疲労感に身を委ねながら、今日一日を振り返って満足感に酔いしれる。
今日訪れたのは、ちょいと遠出して家から大体駅五つ分離れた大きな公園。散歩に来たイッヌのリードを離してしまえば一日中追いかけっこしてそうなくらい広いし、俺みたいな高校生でもはしゃぎたくなるアスレチックもあるしで休日も人がいっぱいな半テーマパークだ。
いやー満足満足。ただ楽しいだけじゃなく、自分にとっても実りある一日だったよ。
レベルアップによって上がった肉体力。正直試すのが怖かったし、道端の黒スライム狩りに心血を注いでいたので碌に検証しようとすらしていなかったのだ。
けれど今日、ある程度本気で体を動かしてみてよくわかった。薄々察していた通り、自分はもう明らかに学生の域を超えてしまったらしい。
とはいえ、別に見かけは変わっていない。連日の運動でちょっとくらい筋肉付いたかもなと思うけど、数値に見合うマッチョボディになったわけでもなく、あくまで
……そう、
実は今日、動画で見たテクニックを試してみたところ見事に失敗し、周りの人間に不審な目を向けられたりいたたまれない空気を作ってしまったことが結構あった。
子供に「見ちゃいけませんっ!」って親が注意するやつ、あれ自分がやられると割とショックだよね。初めて経験したけど心に来たわ。
ジャンプ力があるからといって、容易にバク転やバク転を熟せるわけじゃない。
走力が上がったからといって、走る際のフォームが無関係なんてことはない。
人より力が強かったとしても。人より体が硬かったとしても。それだけで喧嘩に勝てるわけじゃない。同じくらいの素人ならともかく、技術のある人間に勝てる保証なんてどこにもない。
結局のところ、この世は学習こそ最適解。基礎数値でのごり押しには限度がある。
例え競い合う数値が変わろうとも、高みを目指すのならやるべきことに変わりはないってわけだ。
「知れば知るほど課題は山積みだなぁ。……きひひっ、あー楽しいねェ」
課題は積る一方。けれど夏休みの宿題よりも遙かに飽きずに心地好い。
元よりレベル上げは好きな方。未だ初期仕様すら曖昧だが、それすら億劫になることはない。
……ともあれ、流石に今日は疲れた。
なんだかんだ今週は割と頑張ったし、明日はメンタルケアでごろごろしていようっと。
「よっこらしょっと」
世に疲れたサラリーマンみたいなかけ声で立ち上がり、軽く体を解していく。
公園の時計が示す時刻は六時十分。空の色も夕焼けを通り越し、夜の黒に染まりだしてきた頃だ。
周りで戯れていたはずの家族連れもすっかり数を減らしてしまった。俺もとっとと帰って、母上が作ってくれているであろう夕食にありつくとしよう。
影から飴を一粒取り出し、からころと口の中で転がしながら帰路につく。
うーん甘々。やっぱ甘味ってのは疲れた肉体のあまねくところに、五臓六腑に染み渡ってきちまうよなぁ。
「すみません。少しよろしいですか?」
糖分の暴力に身を染めながら、のろのろだらだらと歩を進め、ようやかう公園から出た辺りで声を掛けられる。
丁寧口調な声の主は別にかっこよくも汚くもない普通のおっさん、まるで自分という凡庸な人間がそのまま歳を取ったような感じだ。
俺が男なのは一目瞭然。都会で稀に起きるらしいワンナイトラブのお誘いでもないだろうし、こんないたいけな少年に何の用だろうか。
「何です?」
「赤橋駅への道を教えてほしいんだ。調べようにもスマホが電池切れでね」
おっさんは割れて真っ黒な液晶をこちらへ見せながら、申し訳なさそうな面で聞いてくる。
……ふむふむ。特に嘘はついているわけではなさそうだし、そもそも俺の容姿は自惚れられるほどの需要はない。本当に道案内するだけだな、これは。
「あーっ、それならここを真っ直ぐ進んでー、三つ目の信号で右に曲がれば着きますよ」
何にもないとそれはそれで退屈だなと、ちょっとした残念さを抱えながら、それでも懇切丁寧に駅までの道のりを教えていく。自分も帰りに使う駅なのでするりと説明出来たのは幸運だ。
「ありがとう。ついでなのだがこの辺りにウォーソンはあるかい? 支払わないといけないものがあってね」
「あー、ちょい待ってください。調べるんで」
地元じゃないし流石に知らないので、ポケットからスマホをを取り出して調べてみる。
二つも聞いてくるなと思わなくもないが、まあぶっちゃけ一つも二つも大差ないし、今日は機嫌も良いので構わないさ。
ウォーソンウォーソン。……お、狙ったように一個だけあるじゃん。ラッキー。
「えーっと、すぐそこを右に曲がればありますね」
「そうか、ありがとう。これはお礼だ。是非受け取ってくれないかね?」
道案内ごときにお礼なんていらないと、断ろうとした瞬間だった。
この目が一瞬捉えた銀の煌めき。咄嗟に後ろに一歩退き、おっさんから距離を取る。
「ほう、連れないねぇ。遠慮せずとも構わないんだよ?」
おっさんの手にあったのは刃物。都会の光が反射する、一本の包丁であった。
「……なにおっさん。もしかして通り魔的な? ここ大通りでそこそこ人来るし、荒事には向かないんじゃない?」
「そうかもね。けどいいんだ。私はね、もう逃げなくとも良くなったのだから」
先までの落ち着きはどこへやら。おっさんは恍惚とした笑みを浮かべながら、えらく饒舌に語ってくる。
何言ってんだこのおっさん。こんなところでおっ始めたら、三分後には即お巡りさんの餌食だっつーの。
持っている包丁が幼女のパンツでも違和感ない気色の悪さ。さては相当レベルの高くて紳士じゃない変態だな。
黒スライムとはまた違う、ほんまもんの殺意に冷や汗をかきながらこめかみをいじる。
さあてレベルはどのくらいか。どうせ刃物があったって、所詮は普通のおっさんでしょうけど──。
名称
レベル 7
生命力 150/200
魔力 100/200
肉体力 大体30
固有 変身 興奮原動
称号
備考 脱獄後の現在八人目。好きなのは人が苦しむ様
Oh……。なんか色々と予想外。
何かそこそこ高いレベルだし、のり子さんとかおっさんの名前じゃないんですが?
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