なんでだろう?

 あれから夕食を取り、全部ほっぽり投げて睡眠を貪って無事に月曜日を終えた後。

 現在火曜日の朝。実に心地好い朝の日差しを受けながらも、俺の気分は困惑に満ちていた。


 名称 上野進うえのすすむ

 レベル 2

 生命力 75/110

 肉体力 大体10

 固有 閲覧 表裏一体の片思い

 称号 不可能に挑む愚者 

 備考 雑魚オブ雑魚 まさに凡人


 なんかレベルが上がっているんだけど。

 寝ぼけ瞼を擦っても、パソコンみたいに再起動しても変わることのない数値。正直喜びよりも何故という気持ちでいっぱいだ。

 いやまじでどういうこと? 別にそれらしいことなんて何もしてないんだけど?


「……ま、いいか。上がる分には問題ないし」


 花粉の抜けた五月の爽やかな朝風を浴びた頭で少し考えた結果、出た答えは実に単純明快。

 つまりは面倒臭いので思考停止。お腹も減ったし朝ご飯食べてから考えよっと。

 あんなに運動したのに筋肉痛の一つもない体に感謝しつつ、あくびをしながら布団を畳んで部屋か出る。今日はたまごサンドが食べたいな。






 さて、茶番はここまでにしておこう。

 仮眠を取ってお昼を迎えたところで、いよいよ考えるときだ。一体何故、何もしていないはずも俺のレベルが上がったのかを。

 とはいっても、考えられる要因なんて一つか二つしかないのだが。逆にその二つ以外が理由だったらちょっとを通り越して結構怖いんだけどさ。


 まあ何はともあれ、母君が作ったランチを食べながらとりあえず考察していこうか。

 まずレベルアップの理由は単純。あの黒スライム、或いは大穴で全力疾走によるものだろう。

 とはいっても。別にあいつに勝利したわけでもなく、ただ無様に敗走しただけ。それでレベルが上がるなんてこと、ゲームよりも都合が良くて個人的にはまったく納得出来ないわけだが。

 まあ上がってしまったものは仕方ない。仕様の説明チュートリアルのない現実における数少ない救済措置として受け取っておこう。どうせならレベルアップの条件を教えて欲しかったが。

 しかし負けながらも上がってしまった現状、肝心なHowどうやってという部分が不明瞭なまま。

 考えられるとすれば、一定以上のレベル差があれば挑んで生き残るだけでレベルアップの要因になるという可能性。それかやっぱり全力疾走で限界を超えた的なあれのどちらかだが、正直これ以上絞り込むのは難しいかな。


「……よかった、上野うえのくんですか。お昼ご一緒してよろしいですか?」

「あーびっくりした。って、高嶺たかねさんじゃん。もぐっ、別に構わないけどさ。話題の人がこんな陰気な場所でいいの?」

「ええ。その話題が煩わしいので、今は人から離れたい気分なんです」


 弁当箱をつつきながら考え中であった俺に、いつの間にか接近していた高嶺たかねさんは、ちいさく会釈をしてから何故か俺の隣へ腰を下ろしてくる。

 びっくりした。まさか人の足音一つ気づけないとは、我ながら意外と集中していたらしいな。

 

「大変そうだね。最近は落ち着いたように見えたんだけど」

「昨日から急に増えたんです。先月断った人にもされるので流石にまいっていました」

「あぁなるほど。高嶺たかねさん、確かに先週よりも魅力的だもんね」

「魅力的……? 生憎私はいつも通りですがね」


 いつも毅然と、それか鉄仮面みたいに硬い表情の彼女には珍しい疲れ顔。

 しかしそうだとしても、こんな屋上前の辛気くさい階段にわざわざおいでになるとは。如何に根っからの美少女といえど、昨日から巻き起こった告白フィーバーは堪えたらしい。

 まあ仕方ないか。ただでさえ元がいいのに、先週とは見違えたと言っていいほど存在に輝きが増したからな。思わず俺の脳みそをボンして人生の目標を芽吹かせちゃうくらいに。

 

「あれ、今日はお弁当じゃないの? 高嶺たかねさんといえば、いつも美味しそうで手の込んだ手作り弁当だったよね?」

「……貴方は平常運転ですね。そういうの、他の人には言わない方が良いと思いますよ」


 ビニール袋を千切り、どこにでも売っていそうな総菜パンを咀嚼し始める高嶺たかね

 うーん残念。厚かましいと自覚はあるが、せっかくなのでちょっと分けてもらおうと思ったのにな。

 しかし何だ。食べる様にも磨きが掛かっている気がする。彼女が持てば、たかが総菜パン一つですら酷く魅力的に思えてしまう。これがモデルの差というやつなのだろうか。


 ……そうだ。いい機会だし、せっかくだしもう一回ステータス見ておこうっと。


 名称 高嶺たかねアリス

 レベル 1000

 閲覧不可


 ありゃあ見れないぞぉ? 昨日は確かにでたらめな数値共が飛び出てきたのになぁ?


「……何か?」

「あーごめん。ちょっと見惚れちゃってた。やっぱり雰囲気変わったよ、高嶺たかねさん」

「……はあ。まあ貴方が言うならそうなんでしょうね」


 怪訝そうに目を細めてくる高嶺たかねに、少し慌てながら適当に誤魔化しを入れる。

 危ない危ない。ただでさえよく思われてないだろうに、更に変な子扱いされちゃうところだったぜ。

 俺の完璧な言い訳に高嶺たかねも納得してくれたのか、視線を戻して食事を再開する。

 ……それにしても気まずい。高嶺たかね的には俺は置物と化していた方がいいんだろうが、生憎こんな窮屈な空間で考えごとをしながら沈黙ってのは難しいんだよな。

 

「そ、そういえば今日は遅刻してたね? 困っているおばあさんでも助けてたの?」

「……私用です。昨日の夜、少し忙しかったもので」


 そうなんだ。バイトでも始めたのかな? 或いは道行くイケメンとランデブー的な?


「なるほど。ま、学生なんだし夜の活動はほどほどにね?」

「心配いりません。生憎貴方より強いですから」

「……確かにそうだ。ちょっとお節介だったね」


 まあそうでしょうね。なにせレベルが1000もおありになるんですから。

 ちなみにレベルは関係ない。レベルなど微塵の関係もなく、昔から護身術で強引なナンパ野郎三人組をあしらえるくらいには高嶺たかねさんは強かった。

 

「……ごちそうさまです。私はそろそろ戻りますが、貴方も早めに次の授業の準備を」

「そうするよ。次、食後にはきつい体育だしね」


 ご丁寧に口を拭き、袋にパンの包装を片して立ち上がった高嶺たかねさん。

 こちらも食べ終わったお弁当箱を鞄に放り込み、彼女へ軽く手を振りながら食休みに勤しむ。

 ちらりと確認した携帯画面に示された時間はおおよそ予鈴から五分前。せめて予鈴が鳴り響くまでくらいはごろごろしたいのだ。

 それに体育着はそこにある鞄に入ってるからね。今日みたいな例外でもなきゃここには誰も来ないし、高嶺たかねさんが帰ってから最速で着替えるつもりだ。


「それと上野くん。最近は物騒なので、夜はあまり出歩かない方がいいですよ」

「んー? 先月脱獄した美倉のり子みくらのりこの最終目撃証言がこの辺だから? それとも現場からスマホだけ持ち出すっていう連続殺人犯が彷徨いてるかもしれないから?」

「……ともかく気をつけてください。いくら興味が湧いたからって不審な人や物へ不用心に近づかないように」

「はーい」

「返事をふざけない」

「……はい」


 わお。相変わらず手厳しいね、他人にも自分にも。

 クールに去りゆく高嶺たかねさんを眺めつつ、心の中で彼女に手を合わせて謝罪する。

 ごめんね高嶺たかねさん。残念だけど、君との約束は守れそうにないかな。

 だって今、俺が動ける時間は限られているんだもの。今日中にあの黒スライムにリベンジするには、それこそ夜遊び徘徊でもしなきゃ間に合わないからね。


「……ふう。しっかしなんでステ見れなかったんだろ? 不思議だなぁ」


 ごそごそと鞄から服を引っ張り出し、誰にも需要はないのでぱっぱと着替えながら、何故高嶺たかねさんのステータスが閲覧できなかったのかを考えてみる。

 ……いや、そんな考えることないな。こんなの長ったらしく考察しなくとも、レベルが足りなかったで片付くもん。

 ステータスを見る条件は今日の授業中に試した検証でおおよそ察した。自分とレベルが同じ、或いは下なら閲覧可能になるってシンプルな答えだ。

 だから考察するなら逆。何故昨日に限って高嶺たかねアリスのステータスを閲覧出来たのか、それに尽きる。


「うーん。……わっかんね」


 ま、そんなの考えたってわかるわけがないんですけど。

 何せ考察材料が致命的に欠けているのだ。どんな天才だって要素の不足した問題は解けないだろうし、凡人筆頭がそれを覆せるわけがない。それこそわざと見せていたなんて頓珍漢な発想くらいしか思い浮かばないしな。


「ま、いいや。昨日が奇跡だったってことで。それより大事なのは放課後だしな」


 わかんないことはどんなに頭使おうが解読不可能。

 ちょうど鳴った予鈴を区切りにそう結論づけ、鞄に脱いだ制服を放り込んでから持ち上げる。

 さあて腹ごなしの運動にちょうどいい体育。放課後のメインイベントさんの前に、ちょっとだけ上がった肉体力を試すとしましょうかね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る