いざ進め

 高嶺たかねさんと別れて混雑した鉄箱で揉まれた俺は、不調ながら目的の駅へと辿り着く。

 苦手な人混みによる若干の気持ち悪さが辛い。戦闘前に抱えちゃいけない不調だよこれ。

 まあそれでも何とかコンビニのトイレに飛び込み、休憩しながらメタモっておにゃのこへと姿を変えて制服を着替えていく。


 うーん、イルカに用意された制服スカートなんだよね。大人なパンティも相まってすーすーしちゃう。

 まあでも仕方ない、無料ただで貰った物だしけちはつけられん。それにパンツだけそのままというのも、今を生きるJK女子高生っぽくなくて許容出来ないしね。


 そんなこんなで準備完了。いらない物は影に詰め、堂々とトイレから出る。

 入った人間でも覚えているのか、目を見開く勤勉な店員に微笑みと共に手を振りながらコンビニから出る。

 俺を探して監視カメラとか確認されたらどうしよう。……ま、一バイトにそんな権限ないだろうし、いちいち気にするだけ意味ないことか。


 そんなどうでもいいことを考えつつ、スカートなんかお構いなしに目的地まで駆け抜ける。

 周辺の野郎共にラキスケを振りまいてる気もするが、まあ純正の雌じゃなくて俺だし問題ない。灰色の日常に落ちてきた純白の奇跡を噛み締め、今後の生きる糧にでもするがいいさ。


「お待たせ。待ちました?」


 そんなこんなで無事に到着した私は、公園の入り口で待つ一人と一匹に声を掛ける。

 私を見て何やら嬉しいのか悲しいのか分からない顔をするシルラさんと、こんな往来でも遠慮なしにふわふわと浮遊しちゃってるクソイルカ。うーん、実に変わらない絵面ですね。


「来たんですね、すーちゃん。元気そうで何よりです。……少し、変わりました?」

「もちろん。リフレッシュして元通り、むしろ前より快調ですね。シルラさんはどうです?」

「私も療養は済みました。ここが正念場と、尽力する所存です」


 互いに目を合わせ、そして頷き合う。今の私達に、それ以上の言葉は必要なかった。


「来たね。覚悟は決まったかい?」

「ええ、貴女の意志に関係なくこの件は私が片付けます。あの人には何も知らず、文化祭を謳歌してもらいたいので」


 私の断言に、イルカは「……そうかい」と、小さいながらも満足気に頷きを示してくる。

 こいつがどんな気持ちなのか、そんな寄り添える人間みたいなことを考える気はもうない。

 ただの一人間に、この途方もない人外の理解など無駄。私は私のしたいことを為すだけで、利害の一致こそが私達最大の繋がりなのだ。


「じゃあ行こうか! それぞれが目的を果たすため! いざ出陣アリメネンスってね?」


 気取った調子で高らかに言葉を吐きながら、イルカは力強くヒレを叩く。

 すると目の前の何の変哲もない唐突に弾け、公園全体が半透明な膜に覆われてしまう。 

 ……なるほど、ここでも結界ってわけか。まあどんだけ準備が整っていようと、押っ広げに事を起こすのは阿呆のやることだもんね。


 周りに変化のないことへ勝手に納得しながら、ぴょんと軽く結界内へ進入する。

 膜を突き抜けた途端、想像以上に空気が変わるのを肌で感じてしまう。

 今まで入ったことのある結界とは何か根本的に異なる気がしてならない。適当に例えれば、赤とオレンジってくらい別物な感じなんだよね。


「何ておどろおどろしい気配。これは、魔素が充満しきっている……?」

「ふむ、異界化しているね。これは少し急いだ方が良いかもだ」


 後から入ってきた二人の何か知っている風な口から推測するに、やっぱり普通じゃないんだろうと見当づける。

 似ていると言えば、姫宮ひめみやの作ったダンジョンの最下層だろうか。充満している力の質自体は異なるが、それでも人が居続けていいとは到底思えない空気感だ。


「二方向に強く禍々しい力……左がやや強めですね。二手か左か、どうします?」

「いやいや。この僕がいるというのに、どうして相手好みに踊ってやらなくちゃならないんだい?」

「……というと?」

「ここは右手一択、あっちは陽動ダミーだから気にしなくても問題ないさ」


 イルカはやれやれと首を振り、右側の大きな目掛けて真っ直ぐに進み始めてしまう。

 信じるべきか独断行動に走るべきか。……ま、この局面まで来て嘘で台無しは流石にないでしょ。

 

 一秒にも満たない思考の後、私とシルラさんはすぐさま駆け出してイルカの横を追走する。

 見渡した公園は外から見たよりも明らかに広大。だが少し自分達の進歩に違和感が生じてしまう。

 なんていうか、私達の速度ほど進んでいないかのよう。この中が広がっているというのもあるのだろうが、そもそも進行自体を阻害されてしまっている的な、そんな感じだ。


「……空間が捻れていますね。意図的……でしょうね」

「そうだね。想像以上に君たちを警戒しているのかもだ。無駄なのに健気だね」


 何か二人で話してる。理解はとうに捨てたけど、それでも置いてけぼりでちょっとジェラシー。

 しかし警戒ねぇ。もしもそうだとしたらちょっと手薄すぎない? 本気で事を為したいのなら、もう少し雑兵とか雑魚を用意して時間稼ぎするんじゃ──。


「──おっと」

「くそっ、がっ──!!」


 そう考えたのも束の間、まるで俺の考察を裏付けるかのように後方から振りかざされた刃。

 だが隠密も速度もまるで足りない。くるりと反転しながらその手を掴み、腹に一発入れて意識を落として放り捨てる。


「……囲まれましたね。邪魔ですね」

「あ、僕は戦えないからね。よろよろ~」


 同様に二人刈り取ったシルラさんと背中合わせになり、闇夜の茂みに紛れる敵に意識を割く。

 全員同じ数は十以上。木の上や茂みに隠れたりと、正確な数はちょっと不明。憶測だが、恐らく二十程度。


 名称 ジュンラ  名称 ユーバス   

 レベル 14    レベル 6   

 生命力 100/140 生命力 50/76  

 肉体力 大体40  肉体力 大体75 

 固有 翻訳    固有 限定捕縛 翻訳

 称号 越えた者  称号 天賦 道間違い  越えた者

 

 名称 マルギス    名称 カクナ

 レベル 26      レベル 18

 生命力 135/200   生命力 65/85

 肉体力 大体84    肉体力 大体24

 固有 黒蛇創造 翻訳 固有 翻訳

 称号 越えた者    称号 栄誉画家 越えた者


 とりあえず目に付く限りのステータスを覗いていくが、どれもまばらで微妙なものばかり。

 中にはレベルや肉体力が一桁のものいるし、片方が高かったりと噛み合わないパズルピースのようにちぐはぐに感じてしまう。

 多分この数でも問題はないが、それでも固有や称号を鑑みるに油断は出来ない。ったく、地球の民衆が統一感あるだけで異世界ってのはみんな多種多様なのか? 


「時間の無駄ですね。押し通りますよ」

「りょーかいっ。じゃあ後ろはお任せをっ!」


 言葉は一瞬だけ。後尾はそれぞれ次第だと、互いに弾かれるように駆け出す。

 当然相手は私ではなく進むシルラさんに集中せざるを得ない。だがそれこそ明確でどうしようもない隙。

 ぐるぐると回る最中、魔力を影と同じ要領で捏ね、遠心力でどんどんと引き延ばし絡め取っていく。

 

 影さえ使えれば広げて下からドーンで終わりなのだが、そうもいかないのが縛りプレイの妙。

 正直もうバレたって構わないのだが、それでも手の内を隠せるならちょうど良い。相手の陣地だし、監視でもあったら良い錯乱になってくれるかもね。


「黒ならぬ白鞭しろむちってね? じゃあ、グッバイ皆さんっ! 良いお年を!」


 あらかた捕縛し、残って私を狙いに来る残党共を潰しながら前ゆく二人を追いかける。

 ちらちらと道に転がっている敵が上手く道しるべになってわかりやすい。この分だと、結構な数紛れて機会を狙ってやがったな。雑魚敵処理の方が楽で良かったぜ。


 桟橋で池を通り抜け、ちょっと高校生でも楽しめそうな遊具を無視して走ること少々。

 休憩所だろうか、ちょっとした施設に着いた私は、大柄な黒装束を三人ほど地面に転がしているシルラさんを視界に捉えた。


「シルラさん! お疲れ様です! そいつらは?」

「すーちゃん。ええ、少しタフでしたが特に問題はなく。所詮はですので」


 顔が見えないので、生きているのか死んでいるのか確かめようがなく地面に転がる三人。

 どっちにしろ南無南無。ちょっと体格あるからって三人じゃ無理よこの人は。

 だが言葉の意味は少し分かりかねる。こいつらを歯牙にも掛けていないのは何となく察するが、それにしても前座とは一体……?



「呵呵っ、やはりこいつらでは荷が重かったか。あの聖騎士くずれの言葉通り侮れんな、貴様らは」


 

 意味を尋ねようとした直後、からからと、喉を鳴らした笑い声が辺りに響く。

 すぐさま声の方向──上を向けば、瓢箪片手に街灯にあぐらを掻いて座る男がこちらを見下ろしている。

 

「よっと。……ひっく、あー渇くなぁ。飲んでも飲んでも呑まれちまう。おっ、今来た嬢ちゃんも中々に別嬪さんじゃねえか。こんな状況じゃなきゃ抱いてやりてぇぜ、ひっく」


 立つことなく落ちてきたかと思えば、そのまま地面に着くことなく浮遊する男。

 枷にしか見えない首輪を付けたその男は、言動とは異なる太く大きくたくましい壮年の猛者。

 おうっ、隠すことなき捕食者の目。生憎おっさんに性欲向けられても悦びはないんだよね。むしろ真っ直ぐすぎて寒気出ちゃう。


 名称 ロンメル

 レベル 56

 閲覧不可


 とはいえ相手は超強敵。さっきまでの雑兵と比較にならない、久々の俺超えな高レベル。

 ステータスなぞ見なくとも、佇まいと肉体から理解出来てしまう。

 そのレベルはハリボテなどではない。影縛りなどさっさと諦めて、全力を賭してぶつからなければ勝利すら難しい怪物クラスの敵だ。


 そらまあいるとは思っていたよ。けど、こんなに上玉な輩だとは……厄介極まりない。


「真っ直ぐこっちに来たってことァ、頑固マルギスの献身も無意味に終わったってわけかい。ま、あの偏屈正義厨にはお似合いの末路じゃねえか。呵呵、ざまあねえな」

「……一つ聞きたいんですけど、なんで貴方は顔隠してないんです?」

「あ? ああ、別に必要ねえからな。だが悪く思うなよ? 連中はよその人間の犠牲と自らの憎悪、その板挟みでようやく戦えた弱者カス共なんだ。もしもお前らが頭巾を剝いでいれば、酔いと酔狂だけで逸らせねぇ最期への涙ぐましい抵抗ってやつを拝めただろうよぉ」


 何がそんなに面白いのか、男は人の不幸を笑いをこみ上げさせながら瓢箪に口を付け、そして飲み干したのか地面へと放り投げて立ち上がる。


「さあろうぜ。なに、あの臆病者共みたいな時間稼ぎはしねえさ。遠慮も加減も必要ねえ、自己紹介もなしでここで全部終わらせてやるよ。お嬢ちゃん達?」


 瞬間、空気が塗り変わるように充満する濃密な戦意。

 それは殺す相手に向ける鋭い殺意ではなく、戦う前に鉄槌で押し潰すかのような重圧感。

 

 本命前にこれに抗うのかよ。ったく潤沢な手札だなァ、前哨戦にしちゃカロリー高すぎるぜ?


「さあ行く──」


 男が獰猛に牙を剥き、俺達二人へ襲いかかってこようとした、その時であった。

 突如男の背後に現れた人影が男を蹴り飛ばし、飛ばされた先にいた二人によって空へと弾かれる。

 そして空へと上がった男を貫く紫電。回避も迎撃も不可能な、音すら置き去りにする光の一矢。


 この魔力。この力。忘れるはずもない。つい最近、骨身に染みるほど味わったの稲妻の暴力は──!!



「まったく、随分とわたくしを置き去りにするのがお好きですこと。ふらりと出れば女を捕まえ、厄介事の中心に飛び込んでしまう。その上頼るのもつくだけだと、いい加減我慢の限界になってしまいますわ」



 可愛らしい桃色の傘を揺らしながら、ふらりふらりとこちらへ歩いてくる少女。

 来たんだかなでちゃん。……どうやらつくちゃんへの伝言は役に立ったらしいね。


「また女か。貴様も懲りんな」

「うーんお姉さん的には元の君が好きだぞー?」

「……趣味であればどちらでも構いませんが、お嬢さまの教育に悪いので遠慮してもらいたいものです」


 いつの間にかなでちゃんの周囲に戻っていた三人から投げかけられる、何ともまあ厳しいご意見。

 とうの奏ちゃんはこちらへ微笑むだけ。だが何故だろう、今宵の天使は少々お怒りな雰囲気だゾ?


「か、かなでちゃん……?」

「あら、あらあら。これはこれは。わたくしじゃなく犬を頼って、その上女に現を抜かしているすすむさんではありませんか。嗚呼、それともすーちゃん、でしたか?」


 こっわ、このどこまで知ってんの? もう小学生の目じゃないんだよね。


「あーあー。い攻撃だ。悪くねえ。呵呵っ、少し冷めてきたぜ」


 一瞬弛緩しかけた空気だが、その安堵を打ち消すかのように男はゆっくりと立ち上がる。

 まじかよ、今のを直撃してそこまで効いてないのか。最早筋肉が鎧じゃねえか。


「おいそこの二人。俺はこいつらと遊ぶことにするからとっとと行きやがれ。邪魔だ」

「……時間稼ぎが共通の目的では?」

「良いんだよ。どうせ終わりは近えんだ。てめえら如きに阻まれるなら、あの馬鹿共の執念とやらもその程度だったってこったろうよ」


 さっきまでとはまるで逆。私達には興味の一切を失ったかのように、鬱陶しげな目を向けてくる。

 ……嘘ではない、多分マジ。例え背を向けようが、こいつは追撃してこないだろう。


「お行きなさい。やるべきことがあるのでしょう? お話はその後で充分ですわ」

「……ありがとう。じゃあ頼むよ、かなでちゃん」


 かなでちゃんに任せ、シルラさんと共に男の横を抜け先へと進む。うわ酒くせっ。

 つくちゃんがめっちゃシルラさんを睨んでいたが、今は構っている暇はない。そうだよね、あっちからすれば彼女こそ因縁づけて追いかけていた罪人だもんね。拗れそうだったので事前に説明しなかったけど、絶対悪手だったねこれ。


獅子原奏ししはらかなでを呼んでいたのかい。ふーん、少しは相談ほしかったね」

「煩いっ! 結果的に足止めされなかったからいいでしょう!?」


 ひたすらに存在感を消していたかと思えば、人が減った途端に口を開くイルカに強めに返す。

 じゃあ代案出せよ代案っ! あの場で全力ファイトやってたらゴールしてもガス欠で死んでたぞ!?


「……任せて丈夫なのですか? 一人の強さは知っていますが、あんな幼子も交えてなど──」

「当然! 心配するだけ無駄っ! 強いですからねっ!」


 心配そうに後ろを振り返るシルラさんに、ばっさりと問題ないと宣言する。

 そういえば、かなでちゃんの顔は知らないんだっけ。なら不安になるのも無理はない。

 けれどそれは杞憂。何なら失礼を通り越して、彼女達への侮辱になってしまう。

 獅子原奏ししはらかなでは強い。俺が知る限り最も強く聡い小学生で、余計な言葉なんて必要ないくらい信頼出来る女の子だ。


「シルラさんっ! 後強そうなのはどのくらいかわかる!?」

「マルギス座長は遠くだと言っていましたので、恐らく後はグリュードのみ。ですが先の男を私は知らなかったので、まだいてもおかしくありませんっ」

「おっけー! なら依然ダッシュだね! 突っ切っていこー!」


 頼りになる知人の登場で謎に上がったテンションのまま、ひたすらに目的地へ向かっていく。

 嗚呼、昂ぶってきたァ。さて、走った先には何が待ち受けているのかねェ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る