だから俺はこの人に

 日曜という休日を晴れ渡った正月の青空のような爽やかさで満喫した俺。

 実に一週間分くらいの疲労を体と心からゴロゴロして体から抜ききり、面倒なことを全部置き去りにして久々の学校を謳歌し、気付けば文化祭前日──計画決行日にまで差し掛かっていた。


「へい部長、お久っ! 進展どーう?」

「……再三この私の召集を無視し、あろうことか学校までサボっていたドラ部員が随分調子に乗ってやがるわね?」


 部員たちがせっせか準備やら話し合いをする中、少し離れた位置で優雅に紅茶しばいてる三滝ヶ原みたきがはら部長に声を掛ける。

 おいおい、そんなに眉間に皺寄せてちゃ端正な面も台無しじゃん。そんなそそる顔してちゃあ彼氏も夜を待ちきれなくなるぜ? ヒュー!


「……何こいつ。いつにもましてテンションおかしいんだけど。高嶺たかね、こいつ朝からこんなうざキャラに拍車かけてんの?」

「は、はい。ここ数日は授業も真面目に聞いてましたし、クラスの準備の方も意欲的に行っていました。控えめに言ってちょっと変です。まあ新鮮なので、私的にはありなんですけど」

「……ありなのね。やっぱり貴女も変わってるわ」


 お側にいた高嶺たかねさんの反応に、部長は呆れを見せてから紅茶をぐいっと流しこむ。

 そんな奇行してるみたいに言わなくてもいいのに、まるで俺が根っからの変人みたいじゃないか?

 非日常を飛び込んだりしてると、戻ってきた日常や学びが意外と楽しかったりするんだぜ? ま、今回は一時的なんだけどサ!


「じゃあ俺あっち飛び込んでくっから! 報告はこれで終わりで後勘弁でお願いっす! アデュー!」

「あ、ちょ、待ちな──」


 というわけで部長へのサボりの報告言い訳タイムは終わり。

 皆で楽しく前日準備に勤しんでいる、同年代やら先輩方の輪に紛れ込んで作業に紛れ込む。


「へい裕太ゆうたっ! 進捗どう?」

「順調だよ。えーちゃ……部長のお説教終わったの?」

「応とも。是非とも後でフォローしてやってくれ。ソファの上でもベッドの上でも構わないからさ?」


 せっせと整える裕太ゆうたを話しかければ、頑張るぞいと決意めいて奮起してくれる。

 まあ色々求めていた反応ではないけれど、後の面倒事はこの乗り気な部長の鬼畜ベッドヤクザ彼氏に任せれば平気だろう。何せ一見こっちが完全受けっぽいあざとい男だけど、実は逆だろうなってステータスなぞなくても部内で察せられ始めてるしね。


「と、ところでさ? 上野うえの君こそ高嶺たかねさんとはどうなの?」

「……どうとは?」

「え、付き合ってないの? すっごく仲良いよね?」


 唐突な質問に俺が反応に困っていると、裕太ゆうたはこてんとあざとく首を傾げてくる。

 なんでぇこいつ。んな意外そうな面しやがって。付き合ってるなんてあるわけねえじゃんかよ。


「ないよ。んな奇跡を超えた不可思議あるわけないじゃん。何言ってんの? あ、さては自分に彼女がいるからって調子乗ってるなこのこのー!」

「そ、そんなことは……!! あ、やめ、くすぐったいよぉ……!!」


 仕返しに脇腹をつんつんしてやると、部長が釣れそうな反応してきやがる。

 なんかすっごく官能的。ただのじゃれ合いに過ぎないのに、いけないことしてる気分になる。

 けど何だろう。俺の中に眠っている嗜虐心が疼いちまう。……もう一回つんつんっと。


「ぴよっ! あひぃ♡」

「……なにやってんだ? うちはBL男同士NTR略奪愛のコラボなんて許容出来ないぞ?」

「誤解っ! 誤解っすよ副部長! こいつの感度が異常なだけっすよ! 部長のせいっす!」

「……はあっ。火遊びはほどほどにしろよ、二人とも。本命の側でやると痛い目……嗚呼、もう手遅れか」


 ……にょ?


「なあ上野うえの君。私の男を傷物にするとは、君は随分良い度胸してるよな?」

「愉しそうで何よりですね上野うえのくん。ですが、流石においたが過ぎるかと」


 なんということでしょう。背後には先ほど撒いたはずの美少女二人が、鬼に等しいオーラを漂わせてこちらに寒気がしそうな微笑みを晒しているではないですか。

 笑みとは本来何かを威嚇する際に用いられる表情だったのだと、いつかの誰かから聞いたことはある気がするのだが、まさかそれを体験することになろうとは。

 ……ってか部長はわかるけど、高嶺たかねさんは何故なにゆえお怒りになられてるので? 意外と風紀に厳しいタイプだったり?


「今度は本気でお説教ね。大丈夫、まだまだいくらでも時間はあるわ。これを機に二人とも、骨の髄まで理解わからせてあげるわ」

「べ、弁明の余地を……。裕太ゆうたぁ、何とかしろぉ……?」


 頼みの綱の裕太ゆうたを横目で見るも、残念ながら碌な期待は出来ないご様子。

 お前がそんなえっちな声出したからじゃんかぁ。男のくせに、リア充のくせにぃ……!!


「ほら別室行きますよ。他の方に迷惑かけたくありませんので」

「誰かぁ……。お助けぇ……」


 高嶺たかねさんにドナドナされる最中、助けを求めてみるが結果は悲しみの首振り。

 何とも言えない同情と哀れみの視線で送り出されながら、これから待ち受ける不当(自己分析)なお説教に連行されていく。

 ……これが長引いて間に合わなかったらイルカはどんな顔するのかな。ちょっと気になっちゃうね。






 いやー怒られた。途中からあのバカップルのいちゃいちゃ見せつけられながら怒られたぜ。

 空はすっかり茜と黒の混合色。スマホに示された時間は十八時十三分。

 うーん、結局明日の準備とその後部長がお疲れ様と作ってくれたおにぎりに付き合って遅くなっちまった。まあ集合時間は二十時なので、全然余裕でセーフなんだけどさ。

 

「いやーまいっちゃうよね高嶺たかねさんー。あいつら終盤では俺らを出汁にしてただけだぜ? も少し非リアに配慮ってやつをしてほしいものだよねぇ」

「…………」

「あれ、どったの? さては怒り疲れちった感じ? まあ盛り上がったもんねー最後の一つを賭けた争奪じゃんけん」


 無言で隣を歩く高嶺たかねさんに声を掛けてみるが、結果は芳しくなく無言のまま。

 うーん、さてはおにぎりじゃんけん負けたのに落ち込んでるのかなぁ。まあ食べ盛りだもんなぁ。

 俺的にはそもそも高嶺たかねさんが参加するのも意外だったけど、いざやるならじゃんけんくらい勇者パワーでどうにでもなっただろうに。さては卑怯だと思っちゃったのかな?


「まあ仕方ないよ。おにぎりなら味は落ちるけどコンビニで買えば──」

「……やっぱり、おかしいです。何か隠してますよね、上野うえのくん」

「──え?」


 ふと足を止めた高嶺たかねさんに放たれた言葉。

 その一言は俺の足を止め、思わず反応してしまうには充分過ぎる力があった。

 

「……何を言ってるのやら。そりゃ思春期だし隠し事や悩みは豊富さ。それこそ君には言いたくない、春の来ない男子高校生の鬱々とした下心、とかね?」

「嘘ですね。貴方はいつもそう、話せないことを抱えていると饒舌になる。隠すという行為が下手すぎます」


 なるべくいつも通りを装おうと努力してみるが、高嶺たかねさんにそんな抵抗は無駄だとにべもなく切り捨てられてしまう。

 やれやれ、お見通しってわけね。嬉しいような気まずいような、どっちにしろドキドキで心臓が暴れちゃってるよ。


「別に隠したいならそれでいいです。口惜しいですが、無理に聞き出すほど貴方を縛れる権利はありません。私達は……今はまだ友達ですから」


 高嶺たかねさんは胸に手を置き、揺れる宝石みたいな翡翠の瞳でこちらを見つめてくる。

 そのはどうしてか、俺の中の罪悪感を駆り立てて仕方ない。

 例え神やイルカや友人を欺こうと、彼女にだけは嘘や偽りではぐらかしたくないと、心の中の良心と名前を付けられない何かが、頑なに訴えかけてくるのだ。


 ──嗚呼。きっとここで全部話してしまえれば、後はどうしようもなく楽になるんだろうな。


「ねえ高嶺たかねさん。学校楽しい? 文化祭、楽しみ?」

「え、ええ。楽しみ、ですけど」

「そっか。……うん、そうだよね。それが当たり前で、普通なんだよね」


 質問に困惑する彼女の顔を見つめ返しながら、自分の中で整理が付いていくのを実感してしてしまう。

 

 ああそっか。そういうことか。あいつの言っていた意味が、ようやく理解出来た。出来てしまった。

 俺はきっと、この人に笑っていてほしいんだ。余計なごたごたなど気にすることなく、この何気ない日常の中では幸せであってほしいんだ。

 高嶺たかねアリスには、勇者なんてものではなく高嶺の花であってほしい。それだけのことだったんだ。

 

「実はさ、これからちょっとドンパチやるんだ。先週休んだのもそれが原因だったりするんだよね」

「……そう、ですか。でしたら私が手を貸せば──」

「駄目だよ高嶺たかねさん。それは許さない。君にはこの一件、何一つ関わってほしくないんだ」


 高嶺たかねさんの協力の申し出を突っぱねる。不思議とそれは、随分軽く口に出来た。


「これは俺の問題なんだ。俺が勝手に足を突っ込んで、自分で中心に上がる覚悟をしたんだ。それを他ならぬ君に頼ってちゃ立つ瀬がない。そんな様じゃ、二度と君の友達を名乗れないだろうよ」


 そうだ。きっかけはともかく、関わると決めたのは俺自身だ。

 こんなくそどうでもいい復讐劇に君を巻き込みたくない。あいつら如きのせいで、君の日常が少しでも曇ってほしくない。役目を終えた勇者様には、もう勇者に戻ってほしくない。


 喜びも悲しみもこの日常で感じてほしい。その上で俺という存在を、君に刻みつけたいんだ。

 この気持ちに不相応な名前なんて必要ない。少なくとも今はまだ、考えなくていいことだ。


「……ずるいですね。そんなで言われてしまえば、私は貴方を尊重するしかないじゃないですか。自覚済みでないところが特に性悪です」


 数秒の沈黙の後、目を逸らして折れてくれたのは高嶺たかねさんの方であった。


「その代わり、一つ約束してください。明日は必ず学校に来ると、何事もなく私と文化祭を迎えると」

「いいよ。もし守れなかったら、そのときは土下座でも首輪でもなんでもしてあげるさ」


 高嶺たかねさんの言葉に、俺は少し顔を緩めながら首を縦に振る。

 無論、死ぬつもりなど毛頭ない。守れない約束なんて、俺はもう二度としたくないからね。


「じゃあ行こうぜ。俺も十分後くらいの電車乗りたいからさ」

「……絶妙に締まらないですね。そこは私に背を向けて駆け出していくところでしょうに」


 高嶺たかねさん呆れるように首を振り、ゆっくり歩くのを再開した俺に追いついてくる。

 

 ごめんね。けど俺ってばそんなもんだよ。君が思うよりもずっと低俗で格好悪い人間だよ。

 夜道に女の子を一人にするわけにはいかない、なんてキザな台詞セリフは吐けないし。

 君との下校時間を大事にしたいから、なんて場違いなことも考えちゃったりしてるんだからさ。


「ところでさ? 最近の学校事情とか知らないんだけど、噂のミスコンとかに出たりするの?」

「……まあ、乗り気ではないですが。貴方も見に来るのですか?」

「君が出るなら候補かな。あっ、でも二年にデラックスチョコバナナ売ってる場所あってさ? カップル限定のやつもあるからメタモって上手く買おっかなーって。後ついでに──」


 そうして俺達は日常でよくある無駄な会話をしつつ、隣り合わせで駅まで向かっていく。

 この後のことを考えると、柄にもなくちょっとだけ緊張していたけれど。

 今は不思議と不安を覚えることもなく。ただ迎えるであろう明日への想像が、俺の心を占めるのみだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る