じゃあ改めて!

 かなでちゃん達から離れ、目的地へと奔走する私達ご一行。

 更なる刺客や罠に警戒しながら、何故か妨害には一回しか出くわさない順調に進めてしまっていた。

 

「……えらくスムーズで気味が悪い。このままじゃ何事もなく着いちゃいますよ」

「人が足りないんじゃないかな。ほらっ、そもそも規模だって不明瞭な組織なんだしさ?」


 走る最中、私の疑問へ適当に答えたのはシルラさんではなくイルカの方。

 何がなんだしさ? だよ。どうせ相手が何人だとかも知ってんだろ、首絞めたって軽く流してくるだろうしいちいち聞かないけどさ。


 そんな諦観を抱いていると、唐突に何かを突き抜けたかのような感触を感じてしまう。

 景色が変わる。空は黒から禍々しい赤へと染め上がり、比較的自然味の強かった区画を走っていたはずなのに、街中かと思ってしまうほど整った並木通りへ切り替わってしまう。

 

 だが疑問は束の間。その刹那に肌を撫でたのは、本能に警鐘を鳴らさせるほどにまとまった魔力。

 何故今まで感じられなかったのか。そんな疑問さえ湧いてしまう、遠くの一点から零れ出すそれらでさえ空気を汚し染め変えるほどの濃さ。

 脳裏で既視感が喚く。ここはまずいと、過去の経験に基づく直感がざわめき散らす。

 想起されたのは、今でさえ一片たりとも忘れられない妖力の化身。高嶺たかねアリスに葬られる前に俺達を呑み込んだ、あの骸の鬼の復活間際の膨張だった。

 

「…………!?」

「これは……!! 何と、ここまで……!!」


 隣にいたシルラさんも驚愕を示す。ここに来て、動じていないのはやはりイルカだけ。

 ったく、とんでもないな。今からあれに挑むのかよ。腕がちょっとぶるっちまってるんだけど。



「感じるか? あれこそが我らが悲願、かの男が辿り着いた境地に他ならない。嗚呼、何と禍々しく醜悪なのだろうな」

「!?」



 そんな私達に自嘲するように吐き捨てながら、ゆっくりと近づいてくる人影が一つ。

 幽鬼のように薄く緩やかに、けれども一縷たりとも隙なく自然な歩調は、あのロンメルとかいう酒飲みおっさんとは対極の異質さ。

 けれどもあの男と違い、俺の耳は確かにその声を覚えている。以前よりも少し覇気は減っているが、それでも間違いようがない。


「グリュード……!!」

「……お久しぶり、とでも言えば満足ですか? 姿を隠していた臆病な実力者さん?」


 すぐさま臨戦態勢を整えるシルラさんをよそに、答え合わせのつもりで言葉を投げかける。

 グリュード。この一件をややこしくした第一の要因であり、俺を一方的にぼこせたシルラさんを死にかけまで追い詰めることの出来る実力者。

 先ほどのおっさんと同じような首輪を付けた因縁ある男は、胸元にある勲章以外は飾り気のない鎧を鳴らし、無骨な大剣を引き摺りながらこちらへ近づき、ある程度の距離で立ち止まった。

 

「小娘、久しいながらも手厳しいな。……そしてシルラ、異なる世界の裏切り者。よもやあの傷から舞い戻るとは。その虚しい執念だけは、我らに並ぶということか」

「……お互い様です。騎士の長を名乗りながら、無関係な者の犠牲を良しとした落伍者よ」


 一瞬だけ私に向けた視線とは異なり、刃物で刺し合うかのように睨み合う二人。

 ひええ怖っ。一触即発とはまさにこのこと。間でフラッグ振ったらすぐさま戦闘始まっちまうね。


「やあ誉れ高きグリュード騎士団長。無辜の人々を贄へと使い、ロンメルなんて犬すら利用するほど堕ちた君を拝めて光栄だよ。今の君を見れば、あの能面を貫いた聖歌女王アルマスも表情を歪めてくれるだろうね」

「……何?」


 しかしその空気を水を差したのは、水の中にいないはずなのに優雅に泳ぐぬいぐるみ。

 嘲るように、けれども愉しげに言葉をぶつけられた騎士は形相を変え、周囲に怒りという圧で埋め尽くす。


「何故、あの御方の名前を、貴様、なにも──」

「──何者だって? おいおい寝ぼけるなよ。他ならぬ君だろう? 魔法の師をしてやったこの僕に刃を向け、断罪か裏切りかすらも選べず王城から追い出した愚かな駄犬はさァ?」

「……まさか、閲覧の? あり得ない、だって貴様は、貴女はあのとき、死んだはず──」

「死んだはず。そうとも、確かに逝けたさ。あの日選ばなかった君ではなく、自らを優先したアリスのおかげで。だけど教えたよな? 他を省みることなく魔道を歩む者を常識で括るなってさ?」


 イルカの言葉に、あの強気だった男とは思えないくらい目に見えて狼狽してしまっている。

 悲しいような、怖れるような、或いは後悔するような。

 まるで言葉を交わせずに死んだ友人ともう一度会えたかのよう。いずれにしても、目の前の男の戦士の仮面は既に外れ、そこには見窄らしく立ち尽くす男がいるだけだった。


「通せグリュード。僕の興味はこの先にしかない。おまえの自暴自棄なんぞにいちいち付き合ってる時間すら惜しいんだ」

「……どの口が。貴女が終わらせたんでしょう……!? 元凶が、死後まで気ままにほざくなよッ……!!」


 淡々と吐かれたイルカの言葉に、激昂しながら片手で剣を掲げるグリュード。

 うーん、そんなにキレられても反応に困る。精々旧知の仲だってことしか察せられないから、いまいち感情面を掴みあぐねちゃうんだよね。

 それにしても、あらまあ大きな大剣だこと。剣自体からもすっげえ力感じるし、あんなん片手で持ち上げるとかありかよ?


 名称 断罪剣

 耐久値 100/100

 備考 かの龍の骨によって生まれた人の業。


 流石に見なきゃいけないと思ったので覗いてみれば、なんて仰々しい名前と備考なんでしょう。

 剣も特別とかやってられないね。私なんてホームセンターの金槌、今は縛ってるから素手だけだぜ?

 ……さて、茶化してばっかりもいられないね。皆真剣だし、私も現実逃避は止めにしないとね。


「すーちゃん。ここは私が引き受けます。抑えている間に抜けてください」

「……いいの? あいつに負けたんでしょ? 二人の方が確実だよ?」

「時間がない以上、どちらかはグリュードを食い止めなくては。それに雪辱は果たさねばなりませんので、その役目は私が適任です。……あっ、イルカは邪魔なので持っていてくださいね」


 イルカにかまけている騎士的な人に気をつけつつ、側に寄ってきて小声で提案してくるシルラさん。

 まあ確かに。こいつ倒せば解決するとかそういうわけじゃない、むしろ遠ざかる一方だもんね。

 任せることに一抹の不安と心配はあれど、まあ譲られちゃったものは仕方ない。どんなときでもリベンジってのは大事だからね、うん。


「では、任せますッ!!」

「りょうかい! ほら行くよ、馬鹿イルカッ!!」


 ハンドサインと共に同時に駆け出し、私はイルカをふん掴んでさっさとこの場を離れる。

 

「ちっ、どけシルラァ!! 通るなら貴様の方にしろッ!!」

「いいえ、こちらの因縁も浅くない。よって貴方の相手は私です」


 懐から二本の棒っぽいものを取り出し、あの化け物みたいな剣と鍔競り合うシルラさん。

 あれは……トンファー? あの謎めいてて神秘的だった懐にはそんなにも渋くて良い得物を隠し持ってたんだね。普通に短剣二本とかそんなんだと思ってたわ。


「良いタイミングだね。危うく斬られるところだったよ」

「そのまま放置でも良かったんですけどね。精々感謝してくださいなっ、と」


 そこらの茂みに投げ捨ててしまいたい衝動に駆られつつ、後ろから迫る斬撃を躱して間合いから脱出する。

 あっぶな、一応警戒しておいて正解だった。やっぱあの人、この連中の中でも別格に強そうだね。


 紙一重の回避に安堵しつつも速度を緩めず、目的地までひたすらに走り続ける。

 最早速度を気にする必要はない。最大の障壁であろうグリュードは抜いた、想定外の伏兵もかなでちゃん達が対応してくれている。ならば後は突き進むだけだ。


 走る最中、またしても風景が変わっていく。道に並んだ枯れた木に、赤紫の花弁を持ち始める。

 まるで春の満開。その花に魔力がこもっていなければ、お花見でもしたくなる艶やかな色合いだ。

 しかしあれだ、まるでゲームのラスボス前の通路みたいだ。これが演出なら、相当に凝った歓迎パレードなんだろうね。違うだろうけど。


 そうして夜桜並木を抜け、ついにこの戦いの目的地へと辿り着く。

 天まで届くかと思えるほど大きく膨れあがった大樹。そしてその根元で脈動する、夥しい魔力と判別できない何かによって創られた玉。

 あれだ。あれがあいつらの目的。私が今日打たなければならない、この一件の終止符だ。



「……ふふっ、ようこそ招かれざるお客様。私は貴女を歓迎しますよ」


 

 影から金槌を取り出し、すぐさま全力でぶっ叩いてやろうと思ったそのときだった。

 上から聞こえたのは、思ってもいなさそうな歓迎の声。そして言葉に価値を付けない渇いた拍手。

 どこからだと見回す前にそいつは空から落ちてきて、ゆらりと立ち上がりこちらを見てくる。


 濃藍こいあいの髪を後ろでまとめ、片目しかない眼鏡を着用した白衣の男。

 先の二人とは毛色が違う。戦う人間ではなく、あくまで研究者といった風貌。


 名称 ベント

 レベル 15

 生命力 70/120

 肉体力 大体35

 固有 翻訳

 称号 越えた者


 実際、ステータスから鑑みてもそう手強い者じゃない。

 だが油断は出来ない。男の方はどうにでもなるかもしれないが、隣の大玉は明らかに危険物だ。

 

「止めに来たよ。辞世の句は必要ないよね?」

「くくっ、手厳しい。ですが既に手遅れ、むしろ私は殺さない方が得策かと」


 命乞いとは違う、何か妙なことを言って命を繋ごうとしてくる白衣の男。

 気にはなるが、まあ考慮の必要はないだろう。そう思って飛び出そうとした瞬間、イルカが私を制止し前へと踊り出てしまう。


「おや、ぬいぐるみ……? ですが随分精巧な……ん? 馬鹿なっ、それは使い魔などではなく……!!」

「そうとも。とある賢者の魂の残余だぜ? 初めまして、だよね?」


 イルカを観察して、目を見開き驚愕を露わにする白衣の男。

 どいつもこいつも驚くけど、やっぱこいつって凄いのかな。私にとっては何処まで行こうがクソイルカだけど。


「恐れ入ったよ。まさか混沌マーブルの残骸の利用し、ここまでの作品を創り上げるとはね。仮にもあれの親として、その研鑽に敬意と拍手を」

「あれの親ァ……? ……まさか、そうかッ! 閲覧の愚賢者フルスペクションッ!! よもや、よもや貴様が残っていようとはッ!! なるほどッ、超えねばならない障壁はまだあったというわけかッ!!」


 白衣の男はこちらなど眼中にもなく、興奮しながらイルカを凝視する。

 

「世界を壊した調停者ッ!! 全てを視ながら役割を放棄した裏切り者ッ!! 勇者アリスを見出し、彼女に我らの世界を終わらせた張本人ッ!! そんな諸悪の根源が最後に立ち塞がるとはッ!! まったくッ!! これだから巡り合わせというものは不可解且つ数奇だなッ!!」

「……まるで勇者アリスが元凶じゃないと、知っているかのような口振りですね」

「おやっ、君も半端な訳知りかい? その答えはイエスでもありノーだ。勇者アリスは確かに世界を終わらせたが、それは避けられぬ必然であったのだよ。まあもっとも、民にとっては違ったがね」


 白衣の男は名残惜しそうにそう口にしながら、隣で脈打つ大玉を撫で触る。

 

「過去を語るのも悪くはないが、残念ながら時間がない。見ていたたまえ、そろそろ完成だ」


 彼が手を放した直後、突如として大玉は夥しいほどの魔力を膨らまし始める。

 空気中の魔力すら枯れ、それほどまでに急速な魔力のうねり。まるで自力だけではなく、どこからか魔力を引っ張ってきているようだと思えてしまうほど膨張。

 

「な、何をっ──」

「ふは、ふはははハッ!! 拝たまへッ、これこそが最終段階ッ!! 首輪にて我が同胞の命を吸い上げ、儀式はここに相成ったッ!!」


 何かおかしいのか、そんな危険物の隣で高笑いを続ける白衣の男。

 やっぱり話なんて聞かずに壊しておけばよかった。あれ、絶対完成しちゃいけないものでしょ!!


「と言いつつも、君は対象外なんだね。結局自分だけ生き残って満足かい?」

「──否。制御役が必要なのですよ。全てが終わった後、我が命を以てこの最高傑作の永久停止をせねばなりませんから」

「なるほど、覚悟ありってわけかい。徒労に終わるとはいえ、矜持は残っていたというわけだね」


 イルカはどうでも良さそうに納得を吐き捨てながら、くるりとこちらを見据えてくる。

 いつもとはどこか違う、言うなればあの風呂場で一瞬垣間見た真剣な。おもちゃで贋物だというのに、何故か力も心も感じられるこのイルカの僅かばかりの本心だ。


「──さて。ようやく此処に至ったけど、最後に確認だぜ少年君。君は死んでも戦い続ける覚悟はあるかい?」


 イルカは問うてくる。この非常時に、とは違いいつも通りの声色で。

 質問の意図は知らない。そこにどんな意味があるのか、俺には到底理解出来るとは思えない。

 けれど答えは返せる。自分の本音を、戦う理由を、ぶつけることは出来る。


「勿論。何たって、明日の文化祭は休まないって約束しちゃったからね」

「──そうとも、それが聞きたかった。そのために、柄にもなく駆けずり回ったんだからね」


 イルカは幸福と興奮を噛み締めるように頷き、それから私の胸に飛び込んでくる。

 えっ、いきなりハグ? 唐突なデレは嬉しいけど、今そんなことしている場合じゃ──。


「ならば少し借りるよ。大丈夫、服装は変えてあげるから」

「はっ? なにをっ、んッ──!?」


 何を借りるのかと、そう尋ねようとした直後。唐突に体が組み変わり男に戻ってしまう。

 制服は上は当然として、スカート含めた下も男性用へと変化している。

 俺は変身メタモルフォーゼを解いていないはず。じゃあどうして……?


「この魔法は可能性の具現だって言ったよね? それを応用して媒体に肉付けしてあげれば、不可能だって可能に変えてしまえるのさ。……そう、例えばとある賢者の残滓を仮ながら完全に戻すことだってね?」


 目の前に広がる、大玉の魔力に負けないくらい溢れる翠の光。

 イルカのぬいぐるみはポトリと落ちる。役割を失って捨てられたおもちゃのように。

 そして光は固まり、輝きを対価に人の形を為していく。足は地に着き、手は優雅に透き通った錫杖をくるくると回してから地面を叩く。


 それは完成された美。人であって人にあらず、人の形をしただけの芸術品。

 翡翠の髪を靡かせ、白磁のように滑らかな肌を晒し、愉しげに微笑むだけの女体。

 性欲なんて抱けず、されど人の欲を刺激して止まない魔性の生き物がそこには君臨していた。


「おうまさしくッ!! 貴様は、貴様は……!!」

「初めましてとは言わないさ。けれど改めて自己紹介しよう、少年君。それこそがここまで付き合ってくれた君への礼儀であり、敬意なのだから」


 高嶺たかねアリスという絶対があって尚、天秤が傾いてしまう魔性はこちら振り向き微笑んでくる。

 嗚呼、知っているさ。この声、声色、調子。風呂まで一緒に入った、理解出来ない共犯者を。


「僕の名はモド。人が閲覧の愚賢者フルスペクションと罵り蔑む者。そしてアリスの親友であり、君に魔法を与えたイルカの中身さ」

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