感想 やばい

 俺には縁遠い金持ちの家の前で、親戚のお姉さんと出くわしました。

 まあ言葉にすると単純だが、実際にそれを受け止められるかは別問題。いくら由奈姉ゆなねえのレベルが明らかな突出しているのを知っていようと、そーなんですねと呑み込むには少々時間がほしいです。

 ついさっきまで邪魔としか思っていなかったローブと仮面だが、正直今は存在自体に死ぬほど感謝している。もう大好きつくちゃん! ン~チュッ♡(投げキッス)


「…………?」


 うおっと実に冷たい視線。さては心読まれちゃったか? いやー人気者は辛いねぇ。


わたくしの客人です。此度の一件、是非協力して貰おうと思いまして」

「……なるほど。しかし何故仮面を?」

「少しシャイなんですの。そういうところもミステリアスで素敵ではなくて?」

 

 遊びに来たときは見せたことのない、まさに仕事中な真面目さの由奈姉ゆなねえ。正直びくりときちまう圧を前に、かなでちゃんは何ら臆することなく自然体でいなしていく。

 はーすっげぇ淀みない対応。やっぱりお嬢様って社交の場に慣れてるんだなぁ。


「なるほど。しかし野良ですか。この非常事態に少しばかり不用心では?」

「心配ご無用。活動証は発行しましたわ。何かあれば、こちらが全責任を負いますとも」

「そうですか。ならば口は挟みません。よろしくお願いします。……えっと」


 かなでちゃんが懐から取り出した一枚の紙。それを見た由奈姉ゆなねえはあからさまな警戒を解き、挨拶だと言わんばかりに手を伸ばしてくる。

 うーんどうしよう。せっかくシャイな謎キャラって設定用意してもらったんだし、このまま握り返すだけでもいいんだけど、それじゃちょっと失礼だよなぁ。……あ、せやっ!


『筆談で失礼。我が名はシャドウ。共に世界を救おうぞ、麗しき御方』


 刹那、脳裏を勢いよく突き抜けた妙案。

 なるべく自然な動きで懐からたまたま買っていたおニューのメモ帳を取り出し、さくっと台詞セリフを書き綴って由奈姉ゆなねえへと手渡す。もちろん当て字もきっちり添えて。

 このユーモア溢れる筆談で場を和ませる声なき仕事人。ダークカイザルシュナイダーっぽくて実に良いっ! どうです? これなら俺って可能性すら潰せる理想択でしょう?


「はっ、はあ……。で、ではこれにて失礼します」

 

 書かれた内容を読み、中々見たことない戸惑いを面をしてくれた後、由奈姉ゆなねえは早々にこの場から去っていく。

 うーん巫山戯すぎたか? いくら正体は隠せても、布団の中で悶えたくなる黒歴史ってのはそう簡単に消せないもんだよな。


「な、なんです……い、今の……ふふ。筆談って……ふふふっ」

 

 ちなみにかなでお嬢様には大ウケだったっぽい。何か腹抱えて笑ってるし。


「芝居だよ。あの人知り合いだし」

「ああ、なるほどっ。そういうことでしたのね……ふふっ。それにしても筆談って……ふふふふっ」


 どこぞのツボにでも入ったのか。かなでちゃんは未だに声を震わせながら、それでも何とか納得した素振りをしてくれる。

 可愛らしくて結構だがちょっと止まってほしい。後ろのつくさんがこれ以上ないくらい不機嫌オーラ全開にしてくるし、場所も相まって針のむしろに座っているような気分だぜ。


「失礼。では行きましょうか。ふふっ」


 少し経ち、ようやく笑いの収まったかなでちゃんの案内で敷地へ足を踏み入れる。

 先頭がかなでちゃん。真ん中がこの俺すすむちゃん。そして最後尾がつくちゃん。うーん逃げられないね。

 後ろに無言で急かされながら門を抜ければ、そこはまさに別世界。歴史の資料集とか社会科見学でしか見ることのない立派な庭と厳かな家、そして外とは異なる空気がこちらの肝を萎縮させてくる。

 これずがずが歩いちゃって大丈夫なのかなぁ。

 拉致られたとはいえ一応客の身分。この場に適した正装とかした方が良かったんじゃないかなぁ。


「そういえばあの方と知り合いとおっしゃっていましたが、一体どのようなご関係で?」

「あー、親戚の人かなぁ? 小さい頃から遊んでもらってさ。公務員ってのは聞いてたけど、まさかこんなおもしろ……緊張感のある仕事をしてるとは思わなかったよ」

「なるほど……。でしたら彼女について詳しくはご存じないと。ならば話しておいた方が良さそうですわね」


 是非お願いします。正直俺も気になっていたところです。


高月由奈たかつきゆな。彼女は国保有の退魔機関、その中でも戦闘に特化しているとされる四草しのくさ所属の退魔師です。双電蛇の単騎討伐などの功績は凄まじく、弱冠二十代にして四草の五指に入るとも噂されています」


 五指。つまり精鋭揃いの戦闘集団の中でトップ5に入るほど強いってことか。

 なるほど、確かにそれならレベル75でも頷ける。あのくらいがこの国の、或いは裏においての上位クラスって考えても良さそうだな。

 

「あの黒猫は? さっきも足下で寛いでいたけど」

「黒猫……? いえ、わたくしには猫など見えませんでしたが」


 ……まじ? じゃああれは一体何なんでしょう? 無駄に強い悪霊だったり?


「ですが聞いたことがあります。疾風はやて……高月由奈たかつきゆなには契約している使い魔がいると。恐らくはその使い魔が姿隠しを用いており、貴方があの人と近しい関係なために見えやすくなっているのでしょう」


 猫についてはかなでちゃんは少し悩むも、実にそれっぽい回答を俺に返してくれた。

 博識やなぁ。これからはかなペディアって呼んであげようか、もちろん胸中だけだけど。

 

 しばらく歩いて風流な石畳の道を抜け、屋敷に入って更に歩く。

 途中に一度、超絶綺麗なお手洗いで用を足し、それからまた奏ちゃんの後ろを付いていく。

 気分は修学旅行で行った京都の寺巡りに近しく。

 最初こそすごいだの恐れ多いだの色々思ったが、段々と飽きてきてだだっ広い家だなぁとしか思えなくなってきた頃。

 この家の使用人であろう、なんか綺麗な着物の女性と真面目に話すおっさんが目に入った。


「ごきげんよう鉄三てつぞうお兄様。どうかなされたので?」

「……かなでか。学校はどうした?」

「今日は開校記念日ですわ。ですので書類の作成、それとわたくしの協力者にを見せようと思いまして」


 奏ちゃんがこちらを紹介するよう掌を差し出せば、案の定男は訝しげな視線を向けてくる。

 スーツ越しでもわかる恰幅の良い体。どこぞの豪商が商談にでも来ているかのよう。

 しかしお兄様……ねぇ。結構年が離れているように見えちゃうけど、叔父様とかパパとかじゃないんだね。


「……ふん。兄妹とはよく似るものだな。昨日もつかさが協力者と宣いながら外部の者を連れてきたぞ」

「あら、兄様あにさまが? 一体どなたをお連れになったのかしら?」

「知らん。そこのと同じように姿を隠していたからな。だが一つわかる。お前の協力者とは違い、つかさの奴はとんでもない怪物を引き入れてしまったのはな」


 いまいち要領を得ない会話。そもそも部外者の俺には理解しようがないものなのだろう。

 しかしとんでもない怪物ねえ。最近驚いてばっかりだし、そろそろ高嶺たかねアリスクラスの化け物じゃないと俺の心臓は動じないだろうな。


「私は出るが、くれぐれも余計なことはしないように」

「どちらへ?」

鳴神なるかみの本邸にな。本来なら文太ぶんたの管轄なのだが、奴めは忌々しいことに呪骸捜索へ躍起になっているからな。まったく、あれで長男とは嘆かわしい。つかさを見習えとは口が裂けても言う気はないが、せめて野心の他に優先すべき事柄を理解してほしいものだ」


 知らない誰かへの愚痴を零しながら、この場を去っていく男と使用人らしき女性。

 かなでちゃんは男が角を曲がるまで頭を下げ、姿が見えなくなってようやく「お待たせ致しましたわ」とこちらへ優しく声を掛けてきた。

 

「……あの人は?」

獅子原ししはら鉄三てつぞう。二人いる腹違いの兄、その内の次男ですわ」


 へー。


「……興味ありませんのね?」

「まあね。実際興味持たれたくないでしょ?」

わたくしはどちらでも。ふふっ、ですが貴方はそうなのですね」


 我ながら雑極まりない対応だと思うのだが、何故かかなでちゃんには好印象のよう。

 何なんだろうなこの。いまいち掴みにくいというか、或いは掴ませないというか。

 ま、こっちはそれでもいいんだけど。所詮は持ちつ持たれつですらない、今回限りの協力関係なわけだし。


「貴方はそれでいいのです。だからこそ、わたくしは貴方を選んだのですから」

「は、はあっ……。どうも……?」

「ええ。さ、もうすぐ着きますわ。少々気を引き締めてくださいな」


 彼女が指差す方向に、この美しい和式の屋敷に合っていない無機質な鉄の扉が見えてくる。

 まるで水を通さぬ船のような、或いは危険物を妨げる研究所の扉のような。

 実際の正解なんてどちらでも構わないが、それでも一つだけわかる。わかってしまう。

 あの部屋は明らかに何かを閉じ込めている。あの先には退魔十三家なる裏の十人ですら厳重に管理しなくてはならない、とんでもない何かが置かれているということは。


「今から見ていただくのはしるべです。より迅速且つ正確に屍鬼かばねおにを発見するために必要な目印、いわば正解例です」

「せい、かいれい……?」

「ええ。何卒気を強く持って下さいまし。ここで終わってしまうような方であれば、わたくしの見込み違いだったということですから」


 扉の前に到着すると、かなでちゃんが扉に手を魔力を流し込む。

 すると扉は空気が抜けたような音を上げ、直後がちゃんと何かが外れるような音がした。


つく

「はっ」


 つくさんは扉の前に立ち、扉に着いたハンドルを回していく。

 柄にもなく緊張から唾を飲み込んでしまう。漠然とした何かを抑え込もうと、つい手を握り力が入ってしまう。

 戦闘前の緊張とはまた違う。今感じているのは言うなれば、怖いと分かっているお化け屋敷へ飛び込むような恐怖だった。


 そしてついに扉は開く。最早引き返すことなど許さぬと、まるで手を招くかのように。


「行きましょう」


 一番手はかなでちゃん。やはり慣れているのか、何ら躊躇いなく進んでいく。

 

「入れ」


 足踏み状態な俺へを急かす、淡々と告げる女の声。

 意を決して足を踏み入れる。ちっぽけしかない勇気を絞り出し、ゆっくりながら部屋へと入る。


 そこは真っ白な部屋。真ん中に置かれた以外、何一つ存在しない空間。

 だが、決して白ではない。

 むしろ真逆。中央に置かれたそれの発する気配のみ、ただそれだけでこの部屋は禍々しい。


 見るだけで心は汚れていく。意識するだけ思考を染め上げていく。

 あれこそが魔。あれこそが邪。あれこそ、人の怖れる悪そのもの。


 ──なんだあれは。あんな物が、果たしてこの世に存在していいのだろうか。


屍鬼かばねおにの呪骸とは、その怪物がこの世に残した復活の要。遠き時代に存在した神域の退魔師の手によって朽ち果てる直前、自らで縛り三つに分かつことで生まれた生きた残骸」

「これが屍鬼かばねおにの右足。供物殿にて唯一敵の手に渡らなかった、真なる化生のむくろですわ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る